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第39話 エスコ―ト依頼

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モンゴメリ卿とボードヒル子爵は、バーバラ嬢が帰ったあと、テーブルにかじりつくようにして、シルビア嬢に迫った。

「手紙の送り主がわかったって……誰だったんです!?」

彼らは叫ぶように尋ねた。狭い客間がビリビリ言いそうな勢いだった。

「あら、誰だかまではわかりませんの」

涼しい顔でシルビア嬢は言い、男二人はますます呆気にとられて、シルビア嬢の綺麗な顔を見つめた。

何を言っているんだ。

「手紙が出された時期は、今日から十二日ほど前ですわ。でないとあの日、ピアに届きません。
その時点でジャックとシャーロットは結婚していることになっていましたが、手紙にはそのことは書かれていないので、手紙を出した人物は知らなかったのでしょう。
そして、あの手紙の目的は、シャーロット嬢をロストフ公爵の愛人にすることでした。だから、それによって利益を受ける者が犯人の可能性が高い」

「それで?」

「それだけですわ」

ボードヒル子爵が苦い顔をした。

「それだけじゃ何にもならんだろう!」

「あら、そんなことありませんわ」

シルビア嬢は答えた。

「まず、ロストフ公爵が連れ帰りたいと声をかけた令嬢は十人います。この中で本当に婚約済、または婚約秒読みだった方々、この方たちはロストフ公爵のお声掛りで一挙に婚約してしまったのですけれど、これが三人」

シルビア嬢は名前を挙げた。

「残り七人の家を取り調べるのです」

「いや、待ってください。なぜそんな取り調べをするのですか? 何の権限もないのに?」

「陛下のまたいとこで、帝国の大公爵を不愉快にした人物を探しているのよ。それは接待役のあなたの役割ですわ」

「私?」ボードビル子爵は口ごもった。

「ですから、その方たちにご協力をお願いするのですよ」

「誰も協力なんかしませんよ」

「つまり、怪しいわけですわね?」

「え?」

ボードヒル子爵とモンゴメリ卿は一足飛びの結論に呆然とした。

「目的は送り主を明らかにするためではありません。あの手紙を読んだ公爵が、送り主に対して怒る可能性がある。皆様にそれをお知らせするのです」

「あ、あのう、そんなことをして何か良いことがあるとでも?」

「ほほほ……みなさま、潔白を証明できるでしょうか? とてもむずかしいと思いますわ」

「そりゃ、無実の証明は悪魔の証明って言うくらいですから」

「それまで自分は関係ないと傍観を貫いてきた人たちも、巻き込まれを恐れてロストフ公爵を排除する側は回りますわ」

「そ、そうかな?」

「そう。ロストフ公爵は手紙に激怒して、犯人を捜し始めていると言えばいいのですよ、ボードヒル子爵が」

「え? 私?」

「あなたがそう言って聞いて歩けば、書かなかった人たちも、ロストフ公爵を恐れ始めます。誰もちゃんと調査しないのですから、無実の罪は晴らしようがありません。物騒な公爵を、なんとか早く祖国に帰らせようと試みるでしょう。味方は多い方がいいとおっしゃってませんでしたか? モンゴメリ卿?」

それを言ったのはジャックだった。

だが、モンゴメリ卿はしぶしぶ頷いた。

誰が言ったにせよ同じである。

「ハミルトン嬢、それだと、まるで恐喝のようですが……」

「あら、人聞きの悪い。子爵は気の毒な接待役を務めているだけですし、ロストフ公爵から感謝されると思います。ただ、残念ながら、これでロストフ公爵は恨みがましくて、社交界向きではない人物だと評価が浸透しますわ」

世論操作という言葉がモンゴメリ卿の頭にチラリと浮かんだ。

子爵はリストを無理矢理渡され、更にセリフまで付けられた。そして、今すぐ出かけるよう命令された。

「そして、モンゴメリ卿には、次の公爵が出席する夜会にバーバラ嬢をエスコートしてロストフ公爵に紹介していただく役をお願いします」

「え? なんで、そんなことを?」

出来ることなら、ロストフ公爵などとは永遠に知り合いになりたくない気分だった。

大体、その晩は公爵が出席しない方の舞踏会に出る予定だった。公爵が出ると聞いた途端に、社交界は全員その会には行かない。公爵が行かない方の会に出席するのである。

「マッキントッシュ夫人から、涙ながらに頼まれましたのよ」


翌日には、モンゴメリ卿とは面識のないマッキントッシュ夫人まで、モンゴメリ卿のもとを訪れた。

モンゴメリ卿は当惑しきりだった。

自分が何をできると言うのだ。

「どうかシャーロットを助けてやってくださいませ」

そんなことを言われたって、モンゴメリ卿はただの遊び人である。

宮廷に顔が利くわけではないし、貴族の端くれに籍があるに過ぎない。社交界では確かに顔だったし、ちなみに夜の街や芝居や女優やオペラ歌手なんかにも親交は厚いが、それはこの際、何の役にも立たないだろう。

「そんなことはございませんわ!」

マッキントッシュ夫人が叫んだ。

「私どもが、バーバラ嬢を社交界にお連れするわけにはまいりません。誰の差し金かすぐにばれてしまいます」

ああ、そう言うわけね。
シャーロット嬢が偶然とはいえ、モンゴメリ卿のパーティで見染められたのは事実だから、モンゴメリ卿としても完全に無関係とも言いにくい。

「ハミルトン嬢も、モンゴメリ卿が最適任だとおっしゃてました。どんな最貧層の女でもモンゴメリ卿ならお連れになると、みんな知っているからと」

「………」

シルビア・ハミルトン嬢の解説は極めて的確だが、含むものがあった。

モンゴメリ卿が一瞬断ろうかと思った程度には。

しかし翌々日には、ウッドハウス家とメイソン家、それとは別にグレンビー家とスペンサー家が同じ用件で来た。
いずれもバーバラ嬢をエスコートして欲しいと言う要望だった。

「あなたほど、適任の方はおられませんわ。バーバラ嬢をエスコートして行かれても全く自然で、誰も何も疑いませんわ」

褒められているわけではないような気がする。

しかし、そのあと別の三家が訪問してきた時点で、モンゴメリ卿は音を上げた。

「行けばいいんですね? 彼女を連れて行けば?」

子爵の恐喝は猛烈に効いた。ロストフ公爵にではなく、モンゴメリ卿にだ。子爵の訪問を受けた七家は全員モンゴメリ卿のもとへバーバラ嬢のエスコートを頼みに来た。

「シルビア嬢……」

モンゴメリ卿は内心シルビア嬢を恨んだ。絶大な効果が上がっている。

「見事過ぎる手腕だぜ」
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