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第17話 ドレスの効果
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シエナのドレスと顔を、食い入るようにかわるがわる見ていたジョージまでもが、カーラ嬢の答えに神経を集中した。
「だって、確かな筋から聞いたんですもの」
カーラ嬢は渋々答えた。
「伯爵家が窮迫しているって?」
高価なドレスを手で撫でながら、シエナは聞いた。
とても似合っている。
カーラ嬢としては悔しい限りだった。
「確かな筋って、もちろん、そこにいるゴア家のご子息からではありませんわよね?」
「いや、違う。信じてくれ、シエナ!」
突然、ジョージが叫び出した。
ジョージのことは最初から嫌いだった。
話もあまり合わなかった。
それに、婚約者と言っても形だけ。
数週間前だったか、実家が貧乏だからとそれを理由に手ひどくシエナをののしったうえ、一方的に婚約を破棄すると通告したのはジョージの方だ。
シエナなどと気安く呼ばれるいわれはない。
シエナは固い表情でジョージに警告した。
「もう、婚約者でも何でもありません。ゴア家から連絡いただきました。名前呼びはご遠慮ください」
ジョージはなぜかつらそうな顔になった。
「僕からも聞きたい。伯爵家が窮乏していると言う噂はどこから出たのだ」
シエナはあれ?と思った。ジョージはカーラ嬢と結婚したかったのではないのか。
そのために、どんな理由を付けてでも、婚約破棄に持ち込みたかったのではないのか。
「立ち入ったことをお尋ねするようですけれど、今、お二人は婚約されているのですよね?」
二人は、なんとも言えない苦々しそうな顔になった。
「そんなことどうでもいいでしょ?」
カーラ嬢が答えた。
「ええ。どうでもいいわ。それより、誰から聞いたか答えてちょうだい」
カーラ嬢は本当に渋々話し始めた。
「ベイリー氏と言う人よ」
「誰なの?その方」
「よく知らないわ。父の商売の関係の方」
「あなたのお父様に教えていったの?」
「いいえ。直接私に」
「何か証拠は?」
「証拠って?」
「リーズ伯爵家のことよ。噂だけなのか、それとも証拠を何か教えてくださったのですか?」
「見ればわかると言われたの。リーズ伯爵令嬢の身なりを見ればわかるでしょうって」
「まあ、これを?」
シエナは、そう言って、ドレスを広げて見せた。
「このドレスが貧乏の証拠?」
カーラ嬢は、光沢からして違うような上質の絹の生地で作られたシエナのドレスから目をそらした。
「でも、そう言われて初めて私はあなたが在籍していることに気がついたのよ! 探してみないとわからなかった。どんな下女よりひどい恰好だった」
シエナは黙った。なんと返事すればいいかしら。
「その時は事情があったのよ。でも、今は持ち直したわ。大体、他人のあなたや、伯爵家と全く関係もなさそうなベイリー氏がどうして正確な情報を持っていると思ったの?」
「でも、あの時は本当に見るも無残な格好だったわ」
カーラ嬢は弱々しく反論した。
「とはいえ、あなた方はもう関係がないでしょう。なぜ、私に会いに来たのですか?」
「考え直してほしい」
ジョージが言いだした。カーラ嬢が爪を噛み出した。
「僕は騙されていたことに気がついた。ハリソン商会だなんて。それだけの余裕があるだなんて、さすがは伯爵家だ。君は長い間、僕に惚れていた、そうだろう?」
シエナはあっけにとられた。
そんなことはあるはずがない。
「そのために伯爵家が無理を承知で、ゴア家に婚約を申し込んできたんだ。その気持ちを無碍にしてしまってすまなかった。誤解さえなければ、あんな冷たいことを言って、君を悲しませることはなかったんだ」
ひどい凄い誤解だ。すごい。
「君みたいにきれいな女の子は見たことがない。それに免じて、僕の母にとりなしてあげようと思うんだ」
どこからこの誤解を解いたらいいのかわからない。
ついでに見ない方がいいとわかっていたが、カーラ嬢の顔をチラリと見ないではいられなかった。
「ゴアさま……」
シエナは言いかけたが、その時後ろから近づく人の気配がした。
「ゴア殿」
落ち着いたその声は、リオだった。
すっかり大人の声になっていて、しかもリオの家でもある伯爵家にこんなひどい話をしている最中なのに、落ち着いた調子だった。
それにもかかわらず、シエナは、リオが最大最悪に怒っていることに、気がついた。
「それは誤解だよ」
リオは指摘した。
「シエナは、あなたを好きだったことなど全くない。そうだね?シエナ」
「ええ。その通りよ」
シエナも落ち着いて答えることが出来た。
「この婚約の理由はあなたの母上だ。伯爵家の令嬢と縁を結びたかっただけだ。おそらく、男爵家より家格が上でありさえすれば、どこの家の令嬢でもよかったのではないかな」
その通りだわと、シエナは内心納得した。
「そこの、ご令嬢」
リオは、明らかにカーラ嬢を指して言った。
「あなたのおうちは、子爵家だとか……そういうおうちですか? ぶしつけで失礼かもしれないが、あなたもシエナにずいぶんひどいことを言っていたと思うので……」
「……爵位なんかありません。私は平民で特待生です」
「え?」
世の中には、こんなこともあるのか!
シエナは本気で驚いた。
「だって、あなた、私のことを特待生のくせに、とか貴族らしくないとか、散々罵ったじゃありませんか!」
なんだか特待生なんか、人じゃないみたいな論調でしたよ?
そのくせ、自分が特待生なのか!
特待生に誇りを持て!誇りを!
シエナは余計な説教をしたくなった。
それからあることに気がついて思わず聞いてしまった。
「それなのに私より成績が悪いのですか? 私は特待生ではないのですが?」
聞いてしまってから、聞かなければよかったと後悔したけど、あんまりなので、思わず質問してしまった。
真っ赤になったカーラ嬢は言い返した。
「でも、あなたの家よりはお金持ちよ! 少なくとも私は、あんな恰好で人前に出たりしないわ!」
「今日のシエナのこんな恰好なら人前に出るなと? あなたのドレスならいいんですね?」
リオは薄ら笑いを浮かべて、カーラ嬢に聞いた。
すっごい皮肉!
カーラ嬢は返事しなかった。
「まあ、カーラ嬢、それとゴア家のジョージ殿、どうしてシエナに話しかけにきたりしたんですか? それも二人一緒に」
リオは軽い調子で聞いたのだが、二人は気まずそうになった。
「一緒なんかではない。この女は僕の後を付けてきただけだ。僕はシエナ嬢と再婚約してもいいと伝えにきたんだ」
ジョージが勢い込んで言い出した。
リオが眉をひそめた。
「リーズ伯爵家は、ゴア家と二度と婚約したくないと考えていますがね」
「なぜなんだ? 一度婚約解消したことは謝ろう。全て、このカーラ嬢が偽情報を流したからだ。僕は悪くない」
「信じたあなたが悪いのでしょう。それから、あなたはシエナが大事なわけではない。伯爵家の娘だと言う点と、それからお金だけが大事な人だからね」
シエナは本当にその通りだと思った。
二人がかりでやってきたせいで、シエナも少し圧力を感じてしまって、言いたいことをはっきり言えなかったが、リオに言われるとほんとにその通りだと思った。
「どうせゴア夫人に、カーラ嬢の話をしたら、拒絶されたんだろう。家格がどうのとか言われて」
リオはジョージに向かって言った。
どうやら図星らしかった。二人とも何も言わなかった。
「私は家の家格なんかどうでもいいと思ってる」
リオは言った。
「だが、家格の話をするなら、シエナは侯爵家以上に嫁がせるつもりだ。したがって、ジョージ殿、あなたの家では失格だ」
シエナはリオの発言にびっくりした。突然、何を言い出すのかしら。家柄なんか持ち出して。
リオはシエナの手を取ると、優しく向きを変えさせた。
「戻ろう。もう一曲お相手をお願いします、シエナ嬢」
リオが冗談めかして言うので、一挙に緊張が解けた。
「まあ、リオったら。何を言うの!」
二人は、ジョージとカーラ嬢に背を向けた。
絶対にもう会わない。
会う理由がない。
「だって、確かな筋から聞いたんですもの」
カーラ嬢は渋々答えた。
「伯爵家が窮迫しているって?」
高価なドレスを手で撫でながら、シエナは聞いた。
とても似合っている。
カーラ嬢としては悔しい限りだった。
「確かな筋って、もちろん、そこにいるゴア家のご子息からではありませんわよね?」
「いや、違う。信じてくれ、シエナ!」
突然、ジョージが叫び出した。
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シエナは固い表情でジョージに警告した。
「もう、婚約者でも何でもありません。ゴア家から連絡いただきました。名前呼びはご遠慮ください」
ジョージはなぜかつらそうな顔になった。
「僕からも聞きたい。伯爵家が窮乏していると言う噂はどこから出たのだ」
シエナはあれ?と思った。ジョージはカーラ嬢と結婚したかったのではないのか。
そのために、どんな理由を付けてでも、婚約破棄に持ち込みたかったのではないのか。
「立ち入ったことをお尋ねするようですけれど、今、お二人は婚約されているのですよね?」
二人は、なんとも言えない苦々しそうな顔になった。
「そんなことどうでもいいでしょ?」
カーラ嬢が答えた。
「ええ。どうでもいいわ。それより、誰から聞いたか答えてちょうだい」
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「誰なの?その方」
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「あなたのお父様に教えていったの?」
「いいえ。直接私に」
「何か証拠は?」
「証拠って?」
「リーズ伯爵家のことよ。噂だけなのか、それとも証拠を何か教えてくださったのですか?」
「見ればわかると言われたの。リーズ伯爵令嬢の身なりを見ればわかるでしょうって」
「まあ、これを?」
シエナは、そう言って、ドレスを広げて見せた。
「このドレスが貧乏の証拠?」
カーラ嬢は、光沢からして違うような上質の絹の生地で作られたシエナのドレスから目をそらした。
「でも、そう言われて初めて私はあなたが在籍していることに気がついたのよ! 探してみないとわからなかった。どんな下女よりひどい恰好だった」
シエナは黙った。なんと返事すればいいかしら。
「その時は事情があったのよ。でも、今は持ち直したわ。大体、他人のあなたや、伯爵家と全く関係もなさそうなベイリー氏がどうして正確な情報を持っていると思ったの?」
「でも、あの時は本当に見るも無残な格好だったわ」
カーラ嬢は弱々しく反論した。
「とはいえ、あなた方はもう関係がないでしょう。なぜ、私に会いに来たのですか?」
「考え直してほしい」
ジョージが言いだした。カーラ嬢が爪を噛み出した。
「僕は騙されていたことに気がついた。ハリソン商会だなんて。それだけの余裕があるだなんて、さすがは伯爵家だ。君は長い間、僕に惚れていた、そうだろう?」
シエナはあっけにとられた。
そんなことはあるはずがない。
「そのために伯爵家が無理を承知で、ゴア家に婚約を申し込んできたんだ。その気持ちを無碍にしてしまってすまなかった。誤解さえなければ、あんな冷たいことを言って、君を悲しませることはなかったんだ」
ひどい凄い誤解だ。すごい。
「君みたいにきれいな女の子は見たことがない。それに免じて、僕の母にとりなしてあげようと思うんだ」
どこからこの誤解を解いたらいいのかわからない。
ついでに見ない方がいいとわかっていたが、カーラ嬢の顔をチラリと見ないではいられなかった。
「ゴアさま……」
シエナは言いかけたが、その時後ろから近づく人の気配がした。
「ゴア殿」
落ち着いたその声は、リオだった。
すっかり大人の声になっていて、しかもリオの家でもある伯爵家にこんなひどい話をしている最中なのに、落ち着いた調子だった。
それにもかかわらず、シエナは、リオが最大最悪に怒っていることに、気がついた。
「それは誤解だよ」
リオは指摘した。
「シエナは、あなたを好きだったことなど全くない。そうだね?シエナ」
「ええ。その通りよ」
シエナも落ち着いて答えることが出来た。
「この婚約の理由はあなたの母上だ。伯爵家の令嬢と縁を結びたかっただけだ。おそらく、男爵家より家格が上でありさえすれば、どこの家の令嬢でもよかったのではないかな」
その通りだわと、シエナは内心納得した。
「そこの、ご令嬢」
リオは、明らかにカーラ嬢を指して言った。
「あなたのおうちは、子爵家だとか……そういうおうちですか? ぶしつけで失礼かもしれないが、あなたもシエナにずいぶんひどいことを言っていたと思うので……」
「……爵位なんかありません。私は平民で特待生です」
「え?」
世の中には、こんなこともあるのか!
シエナは本気で驚いた。
「だって、あなた、私のことを特待生のくせに、とか貴族らしくないとか、散々罵ったじゃありませんか!」
なんだか特待生なんか、人じゃないみたいな論調でしたよ?
そのくせ、自分が特待生なのか!
特待生に誇りを持て!誇りを!
シエナは余計な説教をしたくなった。
それからあることに気がついて思わず聞いてしまった。
「それなのに私より成績が悪いのですか? 私は特待生ではないのですが?」
聞いてしまってから、聞かなければよかったと後悔したけど、あんまりなので、思わず質問してしまった。
真っ赤になったカーラ嬢は言い返した。
「でも、あなたの家よりはお金持ちよ! 少なくとも私は、あんな恰好で人前に出たりしないわ!」
「今日のシエナのこんな恰好なら人前に出るなと? あなたのドレスならいいんですね?」
リオは薄ら笑いを浮かべて、カーラ嬢に聞いた。
すっごい皮肉!
カーラ嬢は返事しなかった。
「まあ、カーラ嬢、それとゴア家のジョージ殿、どうしてシエナに話しかけにきたりしたんですか? それも二人一緒に」
リオは軽い調子で聞いたのだが、二人は気まずそうになった。
「一緒なんかではない。この女は僕の後を付けてきただけだ。僕はシエナ嬢と再婚約してもいいと伝えにきたんだ」
ジョージが勢い込んで言い出した。
リオが眉をひそめた。
「リーズ伯爵家は、ゴア家と二度と婚約したくないと考えていますがね」
「なぜなんだ? 一度婚約解消したことは謝ろう。全て、このカーラ嬢が偽情報を流したからだ。僕は悪くない」
「信じたあなたが悪いのでしょう。それから、あなたはシエナが大事なわけではない。伯爵家の娘だと言う点と、それからお金だけが大事な人だからね」
シエナは本当にその通りだと思った。
二人がかりでやってきたせいで、シエナも少し圧力を感じてしまって、言いたいことをはっきり言えなかったが、リオに言われるとほんとにその通りだと思った。
「どうせゴア夫人に、カーラ嬢の話をしたら、拒絶されたんだろう。家格がどうのとか言われて」
リオはジョージに向かって言った。
どうやら図星らしかった。二人とも何も言わなかった。
「私は家の家格なんかどうでもいいと思ってる」
リオは言った。
「だが、家格の話をするなら、シエナは侯爵家以上に嫁がせるつもりだ。したがって、ジョージ殿、あなたの家では失格だ」
シエナはリオの発言にびっくりした。突然、何を言い出すのかしら。家柄なんか持ち出して。
リオはシエナの手を取ると、優しく向きを変えさせた。
「戻ろう。もう一曲お相手をお願いします、シエナ嬢」
リオが冗談めかして言うので、一挙に緊張が解けた。
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