どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語

buchi

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第95話 がんばれ!パトリック

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「そのほかには何が?」

「娼館の連合会がついに訴訟に踏み切りました。相手はボリスで非公開です。さすがに内容は非公開にせざるを得なかったらしいです」

娼婦の連合会!

それはなんだか笑えなかった。

「彼らは必死なんです。売り物をダメにされた娼館は一件や二件じゃないらしいです」

「事情を知って、教会や貴婦人たちが動いています。そんな男は許せないと」

「うん」

少し暗くなって、パトリックは言った。

「ありがとう、エドワード。リリアスを助けてくれて」

エドワードはその手を握り返した。

「今から考えたら、ボリスから逃れてラッフルズの庇護に入るなんて、リリアスは最善の手を尽くしたわけだな」

「義兄上」

エドワードは呼びかけた。

「あなたのその考えが世間に広まるよう、努力をお願いしたいのです。私には、社交界のことはわかりません。でも、リリアスと、私たちの子どもたちが、倫理に外れた駆け落ちの結果だなんていわれたくない」

「それは真実の愛だ」

独り言のようにパトリックは言った。

「真実の愛でも、倫理に外れていると言われることはあるでしょう。でも、リリアスは命の危険にさらされていたのです。今、リリアスは、日陰者の身です。友人、親族とも連絡することすらできない」

エドワードは必死になって続けた。

「リリアスの子どもたちが大きくなった時、貴族学校でも、騎士学校でも、入学が許されるようにしたいのです。子どものことを思うと、少しでも可能性を広げてやりたいと思うのです」

結婚してもいなければ子どももいないパトリックは、そこまで考えたことがなかった。

エドワードの言う通りだった。
今、子どもはまだ幼い。だが、いずれ学校に行く年になる。このままだと、エドワードとリリアスの子どもは、親が通っていた学校にも、友人にも、親族にも知られないまま成長しなくてはいけなくなる。

「でも、私は、社交界に詳しいわけではない。今回のことだって、リオから手紙が来たので、休暇を取って王都に来たのだ。また、辺境の地に戻らなくてはならない」

「ですから、パトリック様、私はシエナ嬢にお願いしたいのです。姉のリリアスを助けてくださいと」

レイノルズ侯爵は叩きのめした。ボリスは二度と人前を歩けないだろう。リーズ伯爵は今後、平民として貧しい生活を送る予定だ。

主にエドワードが練った計画だ。パトリックも手伝ったが、こんなにうまくいくとは思わなかった。

「シエナ嬢は賢くて、正義感のある方です。ブライトン公爵令嬢やダーマス侯爵令嬢と親友で、名家のマクダネル侯爵家のテオドール殿や、宰相のご子息アーネスト・グレイ殿とも親交があります。それから聞くところによるとアラン殿下とも」

超大物である。

「そして、リオがいる」

パトリックは遠い目をした。

その昔、リオは汚れた格好で、まるで下男の子どものような服だった。

それが剣の腕を磨き、自分で騎士学校の願書を書いた。
そのリオが惚れこんだシエナは、難しいセドナ王太子の接待を見事すぎるくらいにやり遂げた。見事すぎて、問題が発生してしまったくらいだ。

「そのほかにイライザ嬢や、コーンウォール卿夫人もいます。みんな、シエナ嬢の味方です」

エドワードは言った。

「シエナ嬢なら、リリアスを助けることができます」

これまではエドワードがシエナ嬢を助けた。今度はシエナがリリアスを助ける番だ。

「パトリック様にも、お願いしたいことがあります」

「え? でも、俺は剣をふるう以外できることがないが?」

「いいえ。ございますとも」

エドワードは真剣だった。

「パトリック様も社交界にデビューなさってくださいませ」

「俺が? 何にもならないと思うが」



「お任せください」

そして、計画を聞いたイライザ嬢は真剣だった。
年若いイライザ嬢に何ができるんだろう。しかし、パトリックはエドワードからの依頼というのを無下にするわけにはいかなかった。

「まずは、パトリック様におかれましては、客人として、ラッフルズ家ではなく、アッシュフォード家にご滞在なさってくださいませ」

「え?」

何のために?と聞きそうになったが、とりあえずイライザ嬢の助言は聞くことにした。

正直まだ婚約者ではない(はず)の妹の婚家先(予定)に居候するだなんて、よくわからない。
それなら、ラッフルズにいた方が気楽だし……と思ったがそうは問屋が卸さなかった。

甥のリオも鋭い目つきでパトリックの滞在を歓迎してくれた。

「シエナの兄上なら、義兄に当たります。ご遠慮なく」

格式ばった侯爵家への滞在は、気が張り、どうも居心地が悪かった。

リオは騎士候補生だし、最近調子がいいらしい侯爵は騎士部隊上がりの元・騎士団長なので、会話は弾んだのだが、長く辺境の警備部隊に所属し、王都風ではないと自分では思っていた。

パトリックは両親とそりが合わなさ過ぎて、自分から志願して辺境の地の隊長をしていた。伯爵家の嫡子なら、本来ならもっといいコースを選べていただろう。
だが、父親や母親が彼の稼ぎのほとんどをせびっていくことは目に見えていたので、送金の方法がないような辺境ばかりを選んで点々としていた。

「パトリック君、君も、王都勤務に代えてもらってはどうかな?」

老元・騎士団長が意外なことを言い出した。

「え? でも、自分は辺境地ばかりを歴任してきましたので、今更そんなエリートの歩む道など、無理でしょう」

「だけど、あなたが、辺境の地ばかりを選んできたのは、親のリーズ伯爵のせいでしょう? 今やあなたがリーズ伯爵なのですよ?」

コーンウォール卿夫人が言った。

「そう。何も気にすることはない。それより、現場を知っている人間は貴重だ。爵位持ちなら、誰にもバカにされることはないだろうし」

パトリックはあいまいな微笑みを浮かべた。

伯爵家と言っても、あの惨状である。

ラッフルズが全力を挙げて、領地改革を進めると言っていたし、また同時にレイノルズ侯爵からもぎ取れるだけ賠償金だか不当利子だかを返してもらうのだと言っていたが、いつになることやら。
辺境の地の隊長の給与は安くはなかったが、王都と田舎で屋敷を維持することなんかできない。

「それでも、義兄上、当面こちらに滞在してくださらねば」

リオが意外なことを言い出した。

「休暇は一か月だけなのですが」

ちょっと当惑しながらパトリックは返事した。

「弁護士が付いているとはいえ、訴訟や爵位継承にはそれなりに時間がかかりますわ。一ヵ月ではすみますまい。その間、ご遠慮なくこちらでお過ごしくださいませ」

見た目が少々怖いコーンウォール夫人が、にこやかに言った。

それは困る。訴訟関係はそれこそ自分は役に立たないので、ラッフルズのエドワードに丸投げする気だった。

「スミス夫人が、即日で済むと言っていたのですが」

「それは爵位移譲の話だけ。財産の書き換えや、ラッフルズとの契約は急ピッチで進めていますが、契約以前に状況調査もありますし、この際、王都勤務を希望なされてはいかがでしょう」

「え?」

パトリックは目を丸くした。
人の運命なのに? 何、勝手、言ってくれちゃってんの?

翌日、パトリックはエドワードに会いにラッフルズに向かった。
しかし、会えたのはリリアスだけだった。

リリアスとは4つ違いだ。シエナほど年が離れているわけではないので、急に王都勤務を進められたことなどを愚痴った。

だが、リリアスは言った。

「私としては、お兄様がお好きな方で構いませんわ。辺境の地では責任者なのでしょう? 残されてきたお仕事も気になるでしょうし、お知り合いも大勢おられるでしょう」

そう言われて、パトリックは初めて気が付いた。

パトリックには今や伯爵としての責務がある。それだって、重要なのではないか。
ラッフルズに領地経営を任せっぱなし、リリアスとシエナを捨てて辺境の地に戻るのは、父の伯爵と同じなのではないかと。

パトリックは、王都への転属を願い出た。仕方ない。父から爵位を移譲されたのである。妹の結婚も見届けなくてはならない。
自由と責任はワンセットだった。

後になって、ラッフルズの屋敷に行ったとき、エドワードに会わなくてよかったと思った。
エドワードのことだ。別に非難などしないと思うが、きっと、父の伯爵と同じような奴だと思われたに違いない。

パトリックの王都勤務は休暇の終わった日からと決まった。
やたらに早く受理されたが、きっとハーマン侯爵が裏で手を回しているのだろう。

不気味さを覚えつつ、パトリックはラッフルズ家へ出頭した。
そして、領地経営の今後の方針を聞き取り、裁判の進捗状況を尋ねた。
彼の義務である。

エドワードは大歓迎してくれた。

「パトリック様。リーズ家の領地は決して悪い場所にあるわけではありません。ゴア男爵家がやっているように、商業作物に切り替えて販売ルートに乗せていけば、あなた様がもし奥方様を娶られたところで、何不自由なく暮らしていけます。それから、レイノルズ家に先代がだまし取られた金額ですが、これも全額という訳にはいきませんが、大部分が戻ってくる見込みですよ」

エドワードが明るい調子で答えた。

「リオに返さなくてはならない」

「でも、王都勤務になれば給料は上がります。伯爵なのですから、爵位を利用しない手はないでしょう。早晩、社交界にもデビューなさいませ」

「自信がない」
パトリックは白状した。

「ダメですよ。あなたが出世すればするほど、リリアスには希望が生まれます。立派な兄が後ろ盾となってくれるのです。何かほかにしたいことがあれば別です。応援します」

ちょっとだけパトリックは反省した。つまり、これは親戚一同の圧力だった。
ラッフルズ家も、ハーマン家も、嫁や婚約者の生家が立派であればあるほど都合がいいのだ。
そのために全力を挙げてパトリックを応援してくれているわけだ。
ちょっとだけパトリックは、ヘタレかけた。

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