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第41話 シンデレラ・パーティの夜 

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待ちに待ったシンデレラ・パーティの日がきた。

私には関係ないと思っていても、やっぱりちょっとドキドキしてきた。

お城に続く馬車の長い列。

王宮に来たことはあるけれど、あの時は寝たきりになっていた国王陛下の治療のためだった。なんだか暗いイメージだった。

だが、今見る王宮は、煌々と明りが灯され、遠くからでも輝いて見えた。

心を浮き立たせるような明るい音楽が、王宮に近づくにつれだんだん聞こえてくる。

「伯母様! とても華やかなところね?」

思わず私は言った。

「そりゃそうよ。お城のダンスパーティですもの」

伯母が笑った。

次代の王太子殿下のお妃さまを探すパーティが、現実にあるだなんて信じられないわ!

王宮のエントランスの階段を、長いドレスを引きながら上がっていく。

「わああ」

言葉にはならなかったが、ロビア家の邸宅よりも、マラテスタ家よりも、ずっと華やかだ。

王宮の大広間の華やかさにも、続く庭園の美しさにも目を奪われた。
庭園にはかがり火がたかれ、そのほかにも木々には、オレンジ色の光に瞬く提灯が点々と幾つも幾つも吊るされていた。

「ね? 来てよかったでしょ? 素晴らしいわ。これ、全部、たった一人の王妃様候補者のためのものなのよ」

伯母が言った。

私は、ロビア家で磨きに磨いて、マグリナから持参の素晴らしい衣装を身に着けていた。

「絶対に、絶対に、お嬢様が一番の美人ですわ!」

屋敷では、興奮したハリエットが手を叩いてそう言ったが、私は笑った。一体、何人の令嬢たちが参加すると思っているの。


大広間ではものすごい数の人たちが集まっていた。これだけ大勢いたら、どんなに素晴らしい美女でも埋もれてしまいそうだわ。

でも、見ている分には楽しい。

本人たちは必死かもしれないけど、とりどりの趣向を凝らした衣装や髪飾り、やはりみんなかわいい。愛らしい。美しい。

私は、垂れ下がる一筋の青いリボンの端をちらりと見た。
それは他の豪華な装飾品の中に紛れていて、目立たなかった。でも、私にとっては大切な品物だった。
私にはイアンがいた。だけど、イアンの行方はわからない。

でも、いいの。

私は、この先、ギルドに所属して仕事をする。きっと私のすることは無駄にならない。人の役に立って、誰かが喜んでくれるだろう。

あの日々は夢だったかもしれない。

唯一、残っていた証拠の品が、この青いリボン。ただの布切れだけど、私はこのリボンと一緒に過ごすのだ。

いつか、私もイアンを忘れられるかもしれない。その時には、この青いリボンも箱にしまおう。



伯母がせわしなく扇で顔をあおぎながら言った。

「庭にいても大丈夫らしいわ。王子自身が必ず希望者全員にあいさつするからって」

希望者全員? いったい何人いると思っているのかしら。

「一次審査は済んでいるのよ」

伯母の言葉に、私は心底仰天した。

「どうやって?」

「わからないけど、ダンスパーティ申込書に身長、体重、髪の色と目の色、学歴と職歴、趣味と特技と志望動機を書く欄があったわ」

申込書? そんなものあったの? でも、貴族令嬢の職歴って何?

「私、そんな申込書、書いた覚えありませんが?」

「リナは、マグリナにいたじゃない。代わりに書いたわよ」

伯母が涼しい顔をして答えた。変なことを書いたんじゃないでしょうね。

それにしても、その申込書、どこが判断基準なんだろう。

だが、ハッと気が付いた。

「どうして、私、ここにいるんでしょう?」

絶対、一番先に落とされるはずだ。すでに、却下済みなのに。


だが、その時、ざわざわと奥の方が騒がしくなった。いよいよ、イアン王子殿下が来られたらしい。
回り中が王太子殿下の入場を見つめていた。

殿下の周りに人が大勢いてよく見えないけど。

イアン殿下ねー。まあ、どんな人なのかな。
相当背は高いらしい。取り囲んだお付きたちより、頭一つ分高かった。
それしかわからない。

「非常に有能で……」

切れ切れに噂話が耳に入って来る。

「妃殿下選びが結構な騒ぎになったので、面倒くさくなったんでしょうか。あまり女性に興味なさそうでしたから」

なんだ。好色で開いたパーティじゃないのか。

聞くともなしに聞き耳を立てていると、殿下は、カサンドラ夫人が相当うっとうしかったらしい。

「結婚しろ、結婚しろって、大騒ぎだったらしいですものね」

「カサンドラ夫人にすれば、権力を保持したままにするためには、他に方法がないですものね。強気で押してこられるので、殿下がすっかり嫌になってしまって、それほどまでにアレキサンドラ嬢が王家の嫁にふさわしいと言うなら、国内外の希望者全員を集めて、大パーティを開き、アレキサンドラ嬢が圧勝したら結婚しようとおっしゃられたそうですわ」

なんだか、殿下の口が滑った感があるけど、その結果、壮大な美人コンテストの開催になってしまったわけね。

だけど、これだけたくさん適齢期の女性がいたら、絶対目移りして決まらないと思うわ。

一人のご婦人が指し示した先には、令嬢方が列を作っていた。

「殿下にアピールしたい令嬢方、全員とお話しすると殿下は保証されていましたからね。希望者はああやって並んでいるのですわ」

そう言えば希望者全員と話をするって伯母が言っていた。要は希望しなければ、話をしなくてもいいわけだ。と言うことは、並ばなければいいのよね。

気になって、チラチラと周りを見回すと、周辺に令嬢は少なかった。みんなあっちへ並びに行っているのだろう。

でも、ゼロではない。残っている令嬢方は、私と同じく、見物に行きたいおばさま方の犠牲者と見た。もしくは、私と同じく、行き遅れ連中が一応婚活の努力はしていますアピールのために参加しているに違いない。



「そして、ほら、あそこにおられるピンクのドレスの令嬢がアレキサンドラ嬢ですわ」

ほうほうほうほう。

どんな方かしら?

「でもねえ、あの方、美人でもなければ性格も悪いって評判ですわ。もちろん、私が言ったのではありませんわ。あくまで他人様からのまた聞きですけど」

最後のフレーズはややあわてて付け加えられた。
それはそうだ。
招かれた先で、人の悪口など言うものではない。とはいえ、その勇敢なご婦人の周りが全員フンフンと深くうなずいているところを見ると、周知の事実なのだろう。

アレキサンドラ嬢をよく見ようと、私はできるだけ首を伸ばした。

そばで全部聞いていた伯母がちょっと意地が悪そうに言った。

「あなたも行ってらっしゃいよ。何のためにここへ来たの?」

「あッ」

でも、私はあまりのことに、小さな声でだが、叫んでしまった。

「なんなの?」

アレキサンドラ嬢の後ろ数人のところにいる小さな姿の令嬢は、絶対にエミリだった。間違いない。

「来ていたんだわ……」

私は、エミリのことは忘れていた。

このパーティの話を聞いた時、エミリなら来るかもと思ったけれど、そのまま忘れていた。

列に並ばなくてよかった。会いたくない。

伯母様とセバスは、出て行ってもらいましたの一言で済ませて、細かいことは教えてくれなかった。私も知りたくなかったので、今、彼女たちがどうしているのか全く知らない。
だけど、ドレスを買うお金はあったのかしら?
近くに行ったら、絶対ロクなことにならないわ。

私は伯母に一言断って、出来るだけ目立たないところを探しに行った。エミリに見つかりたくない。バーバラ夫人もエミリの近くにいるのだろう。


私は座る場所を探して座り込んだ。

なんて華やかな世界なのだろう。美しい。
私には無縁だけれど。

これだけ参加者が多ければ、殿下にあいさつしなくても、分かりっこない。挨拶希望者が減れば、手間が省けたと喜ばれても、文句はないだろう。

やがて、ダンスパーティは王子の嫁探しとは関係ない世界に変わっていった。

この前、マーゲート夫人のお茶会で出会った方がおっしゃっていた。

「パーティで誰かを探しますよ。全員独身ですからね」

やがて、次々とパートナーが決まっていって、大広間や庭で踊り始める。

マグリナの星祭りの晩に踊ったっけ。

私のところにも、相手のいない気の毒な男性がさまよってきた。こんな隅っこでいかにも所在なさげな女性ならきっと大喜びで……でも、ごめんなさい。気が向かないの。

一曲目を断り、二曲目を断り、三曲目を断った。けど、なかなかしつこい人が現れてしまった。

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