恋の魔法はAAA

波奈海月

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「うー、ひどい目に遭った」
 翌日、出社した純玲は自席で溜め息をつく。スーツの脇ポケットには妖精アイテムの恋乳バージョン1.41がしのばせてあった。今朝、出かけにリリに持たされたものだ。
「何でこんなことに」
 昨夜のことは思い出したくない。人として。しかし、そういうことほど思い出してしまうのが道理か、純玲の脳裏には昨夜のことが鮮やかによみがえってくる。
 リリとまたキスをしてしまった。それも自分からだ。リリもさすがに驚いたらしく目を白黒させていた。
『まあ、既に一回しているからな。今さらまたしたってどうってことないが――まさかこんなに効くとは』
 恋乳の効き目は人によってまちまちで、特に誰とも肌を交えたことのない童貞者にはかなりの効果が期待できると報告されているらしい。
「くそ、どうしてこんな目に」
 リリと出会ってから怒涛の展開だ。
「おはようございます。お茶、どうぞ」
 ことりと純玲の前に湯飲みが置かれた。千種だった。
「ありがとう三ノ宮さん」
 純玲は横を向き、千種を見上げる。相変わらず可愛い笑顔は癒しだ。
 もし恋乳を誰かに嘗めさせて自分を好きになってもらうなら、千種のような女性がいい。同じ会社で働くもの同士の御縁だ。
「あの、三ノ宮さん」
「はい」
 湯飲みを運んできたトレイを胸の前に抱きかかえ、千種が小首を傾げた。その仕草も可愛かった。
「これ――…」
 純玲はポケットに手を突っ込み、恋乳を指で探った。リリを百パーセント信じているわけではない。でももし恋に堕ちてくれる効果があるなら、渡してみてもいいだろうか。
「おはようございます、藤代さん、三ノ宮さん」
「えっ? 不破さん?」
 背後から声をかけられ純玲は振り返る。一体いつ来たのだ。物音一つしなかった。
「あらおようございます、不破さん。今不破さんの分のお茶を淹れてきますね」
「いえ、教えてくだされば自分でやりますよ」
 そう言って、千種と不破は二人で給湯室に行ってしまう。
 残された純玲はポケットに手を入れたまま、何かすっきりしない。
「何だかいいタイミングで邪魔された気がする。不破に」


「俺やっぱり恋愛に縁がないのかな」
 口から零れたのは我が身を嘆く言葉だ。
 恋乳を渡すのは昼の休憩時がチャンスと、外に食べに行く千種を追いかけようとしたときだ。社長の野瀬に呼び止められ、ショールームのディスプレイを頼まれた。あとでは駄目なのかと思う気持ちもあったが、昼からの商談に使うからと言われては急いでやっておくしかない。
「結構数あるな。ダンボールにいっぱいだ。はあ、どっこいしょ」
「楽しそうだな」
「楽しいわけないだろ。腹は空いてるし……って、リリ!?」
 聞こえた声につい言い返せば、目の前にリリが降り立った。商品を包装しているビニールを剥がしていた手が止まる。
「どうやってここに?」
「お前のあとをついて来たに決まってるだろ」
 それがどうしたと、相変わらず態度が偉そうだ。
「んな、誰かに見られたらどうするんだよ」
 背中から翅を出して飛んできたのだと想像がつき、純玲は焦る。見咎められ、騒ぎになったらどうする気だ。
「大丈夫だ。そんなヘマをこのオレがするわけないだろう」
「どうだか」
 鼻で笑ってやる。
「なあ。これを出すのがお前の仕事なのか?」
 リリは純玲の手元を覗き込んできた。アクセサリーが興味深いらしい。
「普段は違うよ。これは社長に頼まれたんだ」
 営業なのだ。それこそ得意先を回り商談して注文を取り、必要とあれば店頭にも立って販売の手伝いだってする。
「人の仕事も面白そうだな。その包みから中身を取り出せばいいのか?」
「ああ、そう。ビニールからこうやって出して、こっちに並べる。これが終わらないと昼メシに行けないんだよな」
 純玲は作業を再開した。
「分かったスミレ。手伝ってやる」
「え、手伝うってどうや……リリ?」
 リリの腕が輝いていた。今まで気づかなかったが、手首にリングをしていた。それが光っているのだ。
「わっ」
 光が強くなり眩しくて目を瞑れば、シュルシュルという音が聞こえ出し、パタパタと物が置かれていく音がした。
「終わったぞスミレ」
「終わっ……た? もう?」
 リリの声に目を開けた純玲は驚く。目を閉じていた時間はそんなに長くない。けれど目の前の光景は先ほどと大きく変わっていた。
「……どうやったんだ?」
「妖精魔法の『ぐ』と『動かす』、『並べる』だ。これでいいのだろ?」
 梱包されていた商品は箱から出されディスプレイ台に陳列されていた。
「うん。いい。――そうか魔法が使えるのか、お前って」
「契約も済んだことだしな。制御されていた力がすべて使えるようになったんだ」
 ショールームを見回し自分の魔法のできに満足したリリは、これがその証、と腕に嵌ったリングを見せてくれた。
「きれいだな、それ」
 一見して精巧な作りの宝飾品だと分かる。シルバーの台座に緑色の石が据えられ、周囲に緻密な模様が刻まれていた。あの眼鏡ケースに施してあった文様と同じ意匠だ。
「当然だ。オレが身につけるものだからな。ここにもたくさん石はあるがオレのこのリングよりも価値があるものはないな」
「そりゃね、うちが扱っているのは宝飾貴金属とは違うからね」
 もっとカジュアルに身につけられる安価なものだ。リリの言うことは事実でも、相変わらずのその偉そうな態度はいただけない。
「あれ? 藤代さん、お一人ですか?」
 梅木戸だった。話し声がするから誰かと一緒なのかと思った、とショールームに顔を見せた。咄嗟にリリが物陰に隠れる。
「あ、いや、その、独り言、俺の独り言だよ。でも、梅木戸。どうしたんだ? 休憩行ったんだろ?」
 ちょっと苦しいが、そう誤魔化すしかない。そして話題も変える。
「ええ、そうなんですけど。藤代さんがショールームで、一人で作業してるって聞いたから手伝おうと思って戻ってきたんですよね」
 梅木戸は新製品が陳列するディスプレイ台に目を遣る。リリが魔法で並べたものだ。
「もう終わったみたいですね。せっかく藤代さんと作業できると思って張り切って来たのに。結構あったでしょ商品」
 梅木戸は残念そうにじっと見る。そんな顔を向けられても返事に困る。
「う、うん、あったけど。早いとこメシ行きたいから、が、頑張ったんだよね。こう、ぱぱっとちゃちゃっと」
 いつもなら、「いいとこあるな」と感謝するところだが、隠れているリリが気になり言い訳がましい言葉になる。
「じゃあ、藤代さん、メシ行きましょう。今日のランチセットは唐揚だそうですよ」
 怪しまれたかと、純玲の心配は杞憂に終わったようだ。普段の調子で梅木戸が行きつけにしている近所の定食屋に純玲を誘った。
「そうだな、終わったことだし。――よし行こうか」
 立ち上がった純玲は隠れたリリの様子が気になったが、早くコイツを連れて離れるほうがいいと、梅木戸を促しショールームを出た。
「あそういえば、三ノ宮さんですが」
 社を出た純玲は、梅木戸と定食屋に向かう。
「え、彼女、がどうかした?」
 どきりとする。昼前に事務室に戻ってくるまで、社長に呼ばれてずっと席を外していた。だから昼休みに、と――。
「三ノ宮さん、どうも不破さんに気があるみたいですね」
「不破?」
 今朝二人で給湯室に向かって何かあったのか?
「ええ。朝だって楽しそうに話していたし、社長室に机を運んだとき三ノ宮さんもいたんですが、いい感じだったんですよね」
 せっかく恋乳を渡そうと思ったのにこれはない。
「どうかしたんですか、藤代さん?」
「いや、何でもない。何でもないよ」
 またしても、御縁は純玲から遠のいていった。
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