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5.魔物の大量発生

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 ギルドで依頼を受け、洞窟へ赴き、依頼を達成する。達成報告にギルドへ行った帰りに、居酒屋麦のジュースで杯を交わす。
 その日々の繰り返しだった。

 同じことの繰り返しのようで、全く違う。
 豊富な依頼のなかから、その日やりたい依頼を受ける。
 リリアナは自ら進んで魔物の討伐依頼は受けなかったが、採取、納品、護衛依頼を中心に様々な依頼をこなした。


 ローアレス聖教国から追放されて二年。
 十八になったリリアナはあどけなさを捨て、玉のような美女、完全体になっていた。

 リリアナ自身、ローアレス聖教国を追放されたことなんて根こそぎ忘れ、すっかり冒険者暮らしを楽しんでいた。


「リリアナも、いつの間にかBランクか」
「あたしたちと同じランクになるのもすぐってとこね」

 リリアナは異例の速さで冒険者ランクをかけのぼり、二年でEランクからBランクになっていた。
 彼女の実力を知らない冒険者たちは「アーロンのテコ入れで依頼をこなす美女」と噂するが、もちろん違う。
 むしろ一番近くでリリアナを見ていたアーロンは、自分たちよりよっぽど強いのではないかと睨んでいるくらいだ。

「Sランクなんてまだまだ先。気が早いですよふたりとも」
「リリアナの気が遅いだけだよ」

 居酒屋麦のジュース。
 いつものようにギルドへ依頼を報告したリリアナたちは、カウンターに座ってだべっていた。

 いつからかライムもカウンターに居座り、プルプルと話に入ってくるようになっている。
 魔物を寄せ付けないためにふりまく清らかな水を、なぜかおいしそうに飲んでいるのだ。

「ほら、清らかな水のおかわり」
「ありがと!」
「にしても変なスライムだよな。清らかな水を飲む魔物ってなんだよ」
「僕は良いヤツだからね、間違って攻撃してこないでよ」





「おい、大変だ!」

 翌日、ギルドの掲示板で依頼を探していると、慌てた様子の男性が入口で大声をあげた。

「魔物、魔物の大量発生だ!」

 魔物の大量発生。
 それは、冒険者が最も恐れる自然災害だ。
 突然どこからか大量に現れた魔物は、普段はどれだけ弱い魔物であっても冒険者の脅威となる。

「緊急依頼発生、緊急依頼発生」

 警告音とともに、ギルド内にアナウンスが響き渡る。
 Cランク以上の冒険者は、魔物が大量発生している”氷青(ひょうせい)の洞窟”へゆき、魔物討伐に参戦しろという内容だった。

「魔物討伐か。リリアナ、どうする?」
「そうですね……」

「はっ、アーロンさんの手を借りてBランクになった女が出る幕じゃあないよな」

 そこに、嫌味な四人の冒険者が通りかかった。
 最近よくリリアナに絡んでくる男女パーティだ。

「ほんとほんと。ヒーラーっていっても、かすり傷を治せる程度でしょ?」
「そんなんでもアーロンさんとパーティ組めるなんて、ヒーラーって楽な仕事よね」

 女性ふたりは二十代後半くらいだろうか。
 明らかにアーロンに気があるようで、チラチラと視線を送っている。
 一度パーティを解散したあと誰とも組まなかったアーロンが、ぽっと出の小娘を突然仲間にしたのが気に入らないのだ。

「モテる男も辛いねえ」

 アーロンはリリアナに対してそうおどけて見せたが、男女パーティには鋭い睨みをかましている。
 ライムもリリアンの胸元でひっそり彼らを睨みつけていたが、それは誰にも見えていない。

 アーロンは確かに色気のある素敵なダンディだ。
 女性に人気なのも頷けるが、リリアンは彼が居酒屋麦のジュースのマデリンとイイ感じなのを知っていた。

 つい、女性を純粋に憐れんだ目で見てしまう。

「ちょっと、なによその目!」
「まあ、落ち着きなよ」

 と、今まで黙っていた男が女性をなだめる。
 彼はこの冒険者たちの中で一番嫌なやつだと、アーロンとライムは思っていた。

「なに言っても、どうせ全く聞いてないんだから。ほんと、いいご身分だよね」
「おいっ!」

 アーロンが険しい顔つきで吠えるも、「怖い怖い」と小バカにする。
 彼らはCランクの冒険者で、リリアナに先を越されたことも頭にきていた。

「ま、君はアーロンさんの後ろで怯えてるだけなんだろ。それなら来ないほうがマシだね」
「リーダーもめちゃくちゃ言ってるし」

 (笑)が語尾につきそうな、そんな口調で話し続けるCランク冒険者たち。
 リリアナは小さくため息をつき、「私も魔物の討伐に行きます」とアーロンに言った。

「えー? 足を引っ張るくらいなら、来ないでって言ってるんですけど」

 まだ食いついてくる女に、アーロンはさすがに我慢の限界がきたようだ。

「おい、お前ら誰の仲間に言ってんのか分かってるか? それにな、十年近くもここにいてCランクって、よっぽどじゃないとありえねえ。おまえらこそ、足引っ張るなよ」

 近くにあった荷台をけり上げ、怒りをあらわにする。

「アーロンさん、落ち着いてください。そろそろいきましょう、ね?」

 リリアナはアーロンをたしなめ、彼を連れてギルドから去っていった。

 その場に残ったのは、ぐちゃぐちゃになった荷台と、アーロンの殺気に圧倒されて固まった冒険者四人だけだった。
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