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6.ライムの正体

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「危ない!」
「――うわあぁあ!」

「……な、なんだこれ」

 巨大化した、プルプルの青い魔物。
 大量発生中の魔物とは、スライムのことだった。

 氷青(ひょうせい)の洞窟は、スライムやセイレーンなど、水の魔物のすみかだ。
 透明なツララや溶けない氷でできた壁は、とても神秘的で美しい。
 しかしいま、そんな美しさに見とれている余裕のある者は誰ひとりいない。

「スライムが集まってひとつの巨大なスライムになり、冒険者を踏みつぶすんです!」
「しかもそんなのが何匹もいて、とてもCクラスの僕らじゃ倒せない……!」

 負傷者が何人も床に転がり、スライムに踏みつけられている。

「大丈夫だ、俺とリリアナが来たからには、全員無事で帰れるぜ」

 アーロンは自分の身体ほどの大剣を構え、巨大スライムを一匹ずつ駆逐する。

 リリアナはというと――

「≪治癒≫」

 前線から少し離れたところで、負傷者の手当をしていた。

「ああ、リリアナさん! このご恩は一生忘れません……!」
「大袈裟ですよ」

 スライムに押しつぶされ、もう終わりだと思った人も少なくない。
 彼らがリリアナに猛烈に感謝するのは、全く大袈裟なことではなかった。

「きゃあ!」

 聞き覚えのある声がしてリリアナが駆け寄ると、ギルドで難癖つけてきた男女四人パーティが見事に倒れこんでいた。

 いま来たばかりのようだが、すでに傷を負っているみたいだ。
 さらにすぐそばには巨大スライムが迫ってきており、彼らを踏みつぶそうとしている。

「あぶな――!」
「うっ、苦し……っ」

 残念ながら、リリアナが助けるには間に合わず、全員まとめてしっかりスライムに押しつぶされてしまった。
 万年Cクラスということもあり、彼らは弱かったのだ。

「大丈夫ですか!? ≪裁きの光≫」

 巨大化スライムに一筋の光の刃が刺さる。
 プルプルと身体をよじり、最後には消滅してしまった。

「あ、ありがとう……」
「いえ、皆さんが無事でよかったです」

 ≪治癒≫をかけたあと、去っていくリリアナの後ろ姿を見て、男女四人パーティはリリアナのすごさを実感した。

「あの子、大したことあるヒーラーだね……」
「うん、しかも強かった」
「Bランクっていうのも、納得だよな」
「僕たちも、頑張ろう……」

 そんな会話が繰り広げられていたが、当の本人は知らない。


「ライム、ごめんなさい。あなたの仲間を――」

 リリアナが治癒に専念していたのは、ライムと同じ姿のスライムをほふることに抵抗があったからだ。
 しかし、必要に駆られて倒してしまった。
 リリアナはやってしまったことを深く後悔するが、

「えっ? あ、そうか、僕スライムの姿だから」

 と、リリアナには理解できないことを言っていて、なにやら気にしていない様子だ。

「ライム、ごめんね――」
「リリアナ危ない!」

 胸元からライムを出そうとかがんだ瞬間、後ろに迫っていた巨大化スライムがのしかかろうとジャンプした。
 もうだめだとあきらめかけたが、その時。

「ぷるるんっ」

 ライムは巨大化スライムの前に立ちはだかり、何やら胸を張って威厳を出した(ように見える)。
 それを目でとらえた巨大スライムは、その直後に分裂し、地面にいつものサイズのスライムが落下した。

「ど、どういうこと……?」

 さらに、普通サイズに戻ったスライムは怯えたように洞窟の奥へ逃げてしまった。
 周りのスライムも同様に、散り散りになってしまったようだ。

「リリアナ、ライム、大丈夫か」

 アーロンがきても、リリアナはまだ状況が把握できていなかった。

「ライム、あなた一体――」

「リリアナさん、すごいです!」
「……へっ?」

 ふと周りを見てみると、憧れのまなざしでリリアナを見つめる大勢の冒険者が、彼女の周りを囲っていた。
 いつの間にか、ライムは胸元に戻っている。

「なにをしたのか分からなかったんですが、リリアナさんのおかげで魔物も消えたし、みんなも無事です!」
「リリアナさん、ありがとう!」

 実際はライムの威圧のようなもので追い払ったのだが、どうやらリリアナが追い払ったように見えていたらしい。

 しかし、リリアナは囲まれている間も、ずっと頭が混乱していた。

 そしてギルドに帰って報告を済ませても、まだ理解が追いついていなかった。


「リリアナ、聞いたよ! Aランクになったんだって?」

 居酒屋麦のジュース。
 マデリンはいつものように、リリアナにはオレンジジュース、アーロンにはビアを出し、そう言った。

 今回の功績を聞いたギルドのお偉方は、リリアナをAランクに昇格させた。
 何匹もいた巨大化スライムを追い払ったことだけではなく、彼女の治癒によって死者が出なかったことも昇格の後押しとなった。
 これでリリアナは、EからAランクまでの最短記録を更新したことになる。

「え? うん、そうみたいです」
「そうみたいって、あんた今日ぼーっとしてるね。疲れたかい」
「え? ああ、はい……」
「ずっとこの調子なんだよ。もう宿に戻るか?」

 リリアナは頷き、ふたりが心配の視線を送る中、宿に帰宅した。



「ライム、あなたは一体何者なの?」

 宿の部屋へと帰り、さっそくリリアナはライムに向かって尋ねた。
 

「僕、スライムじゃないんだよね」

 リリアナは突然の告白に驚く。
 ライムがスライムじゃない、それならライムは何者?

「僕は、水の精霊王なんだ」
「精霊王!? ライムが?」
「失礼な。スライムの姿は仮の姿……ってわけでもないんだけどね」

 プルンとのんきなことを言うライムに、リリアナは説明の補足を催促する。
 ライムの話によると、ライムはスライムの姿をした水の精霊王だそうだ。
 波長の合うリリアナと出会い、仲良くなり、そして今に至ると。

「でも、精霊王ってローアレス聖教国を守る存在でしょう? 私とついてきて、あの国は大丈夫なの?」

 火・水・風の精霊王は、リリアナの言うように、ローアレス聖教国を守る存在だと言われている。
 

 事実、水の精霊王がいなくなったリリアナの母国は、今少しまずいことになっている。
 ――が、そんなことはリリアナに知るよしもない。


「ローアレス聖教国なんて思い出さなくていいよ。僕は嫌い。だからリリアナと一緒にあの国を出たんだ」
「ええ? そんなの、他の精霊王たちに許されるの?」
「さあ?」
「さあって……」

 水の精霊王だとリリアナが知ったからと言って、ライムののんきな性格が変わるわけじゃない。
 リリアナだって、唯一の友達が偉大な精霊王のひとりだと知っても、接し方は変わらない。

「もう、そんなこと言って」

 リリアナが静かに微笑んだのを見て、ライムは聞いた。

「リリアナ、黙っててごめんね。でも、僕は君の友達だよね?」

 リリアナは、今度は面白そうに破顔した。

「やだな、友達に決まってるでしょ!」
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