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7.戦勝国ノーヴィア王国の王太子
しおりを挟む「くっ……」
ドーバン王国から少し離れたところに、ノーヴィア王国という巨大な国があった。
ノーヴィア王国は少し前に隣国との戦争に終止符を打っており、とある青年は王族として国民の戦争被害調査に赴いていた。
診療所のひときわ大きな病室で、静かに精神が蝕まれていく多くの民を目の当たりにした青年は、自分がいかに無力な存在なのかを実感する。
ノーヴィア王国は、侵攻してきた隣国を圧倒的な実力差で撃退した。
確かに、勝利を収めたはずだった。
しかし敵対国は卑怯にも”呪魔法”を使い、戦争が終結した現在でも、ノーヴィア王国の民を苦しめている。
「どうにかせねば……」
青年は旅に出た。
呪魔法をとける唯一の魔法、聖魔法の使い手を見つけるために。
*
「ちっ、今日は依頼を受ける気にならねえ。リリアナ、悪いが俺は行かねえ」
「そういう日もありますよ。じゃあ、ひとりで行ってきますね」
リリアナがAランク冒険者になって数週間が経ったある日。
アーロンは不機嫌そうに顔をこわばらせ、ギルドを去ってしまった。
「あの話を聞いてから、明らかに様子が変ね」
リリアナはぽつりと呟いた。
すると胸元から、プルプルのスライム――もとい、水の精霊王ライムが話しかける。
「あの話?」
「ほら、四人組の冒険者が教えてくれた、ノーヴィア王国の呪魔法のこと。ノーヴィア王国はどんな国よりも大きいって聞いてるけど、さすがに聖魔法の使い手はいないものね……」
ローアレス聖教国は、聖魔法を聖なる女神を信仰する自国の特権だと主張し、その情報を隠している。
ただでさえ強引な布教活動に他国はうんざりしていた。
それに加えて聖魔法の情報を少しも教えない聖教国は、実はだいぶ嫌われている。
治癒の魔法は他国にも使い手がいるが、呪いや死に近い負傷・病気には、聖魔法しか対抗できない。
人の命がかかっているのに、聖教国は聖魔法の情報を隠し通しているというわけ。
しかしそのことをすっかり忘れていた大聖女は、うっかり聖魔法の優秀な使い手であるリリアナを追放してしまったのだが。
「そう、ノーヴィア王国が呪いで苦しんでるって聞いてからよ、アーロンさんの様子がおかしくなったのは」
「うーん、なんでかな。出身なのかも」
「その可能性が高いわよね」
リリアナもアーロンとノーヴィア王国のことが気になってしまい、今日は簡単な採集依頼だけを受けることにした。
「リリアナ、薬草こっちにあるよ」
「ありがとう」
ギルドに一番近い洞窟、”鳥羽(ちょうう)の洞窟”へ、リリアナとライムは足を運んでいた。
依頼の薬草を摘み、採集完了。今日の依頼はこれで終わり。
しかし、仕事を終えて帰るにはまだ日は高いということで、リリアナはもう少し洞窟を探索してみることにした。
「わ、あれって人間!?」
「え?」
ロック鳥の巣がある奥のほうまでいくと、巣のそばに人が倒れていた。
近づいて見てみると、それは十八歳くらいの青年だった。黒い髪に黒い目、精悍な顔立ち。
着ているものは非常に質のいい高級品で、リリアナはどこかの国の貴族だろうと思った。
――どこかで見たことが?
リリアナはかすかに見覚えがあり、青年をまじまじと見つめる。
よく見ると彼は、足に傷を負っていた。
「あ、あなたは……?」
青年がそう言い切る前に、上空を飛んでいた五匹のロック鳥は、青年とリリアナを囲み始めた。
「すまない、足をやられてしまって動けないんだ。あなたは戦えるのか」
「いえ、戦いません」
青年は軽く絶望した。
――が、
「≪やすらかな讃美歌≫」
リリアナが唱えた魔法にのって、彼女の歌声が響く。
ロック鳥は、いつかのようにドサリと地面に落ち、そのまま寝入ってしまった。
「あなたは、ローアレス聖教国の……!」
「≪治癒≫ はい、ローアレス聖教国出身ですが……なぜそれを?」
青年の足は、リリアナの治癒の魔法によって完全に治ってしまった。
リリアナは青年をじぃっと見つめる。
やっぱりどこか、見覚えがあった。
「あの、どこかで?」
「ええと、うん、私はノーヴィア王国の王太子、セオドラ=ノーヴィア。ローアレス復活祭でお話ししたこと、忘れた?」
ローアレス復活祭とは、ローアレス聖教国で十年に一度開かれる大きなお祭りのこと。
復活祭には他国の重鎮も招待し、そこで布教を広める意味もあった。
直近では、四年前に開催されている。
ふたりはそこで顔を合わせ、お互いを認識していた。
似たような金髪碧眼の美女ばかりがいるなか、リリアナの黒髪黒目はやはり異質であった。
それで興味を持ったセオドラが、リリアナに声をかけ、すこし談笑したのだ。
「久しぶり。相変わらず綺麗だ。助けてくれてありがとう」
「いえ、無事でよかった。それで、どうして王子様がこんなところに?」
軽いほめ言葉は華麗にかわし、リリアナは疑問を問いかけた。
彼は「セオドラって呼んでよ」と軽口を叩き、つづける。
「王国が呪いで苦しんでいることは知ってる? それで聖魔法の使い手を探していたんだ。そしたら、ギルドの受付で冒険者の中にひとりいるって聞いたから、少し焦って――」
「それで勢い余ってここに来て、ロック鳥に攻撃されていたのね」
「でも、ここに迷い込んでよかった。君に会えたんだから」
ストレートな物言いに、リリアナは頬を赤らめる。
「ど、どういう――」
「お願いだ。母国を、ノーヴィア王国を救ってくれ!」
リリアナは思った。
紛らわしい言い方はやめて、と。
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