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13.王弟

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「え? お、おい、リリアナか!?」
「アーロンさん……ですよね」

 急すぎる再会に、ふたりは言葉を失う。
 それを見ていたセオドラは、驚いた顔で言った。

「叔父上、リリアナとお知り合いなのですか」
「お知り合いもなにも、俺の仲間だ。新米だったリリアナが心配でついて行った先で、俺がこいつに助けけられたんだよ。おいおい、まさかこんなところで会うなんてなあ」
「アローンさんって、もしかしてこの国の――」

 リリアナが口に出す前に、アーロンはニカッと笑って彼女の頭を撫でた。

「そうだ、王弟だ。王弟ってのは国にとって邪魔だろうし、いっちょ冒険者としてやってやろうってね」
「全然気づきませんでした」
「あたりめぇよ、マデリンにもまだ話せてねえ」

 セオドラはとても仲良さげなふたりを見て、心が陰ってゆくのを感じる。

「叔父上といえども、この国の恩人の頭を撫でつけるなど――」
「おっ、嫉妬か?」

 余裕がありそうなアーロンの姿に、セオドラは焦りを強める。
 リリアナが、叔父上の大人の魅力に惹かれていたらどうしよう、と。
 もちろん当のリリアナは、アーロンが”居酒屋麦のジュース”のマデリンとイイ感じなのを知っていたから、そんなつもりは一切なかった。

「ちょっと、リリアナをふたり占めしないでください」
「そうですわ! いくらお兄様と叔父様だからって、わたくしたち怒るわよ!」

 ずっと無視されてライムをぷにぷに触っていた兄弟まで、この”リリアナ争奪戦”に参戦しだした。
 セオドラは溜息をつく。

「あら? リリアナ!」

 ふと、皆が集まる中庭にホーリーが迷い込んできた。

「今日はいい天気だから、お茶でもいかが……はっ!?」

 のんきにもお茶に誘いに来たらしいホーリーは、現状を把握して冷や汗を流す。
 なにより、あの悪魔兄弟がいる! 逃げなくては! と、ホーリーはいつかのように逃げ出そうとしている。

「ねえ、リリアナ、話の続きは?」

 しかし、兄弟はリリアナにべったりなついている。
 ホーリーは少し落ち着き、手持ちのハンカチで汗をふき取って、リリアナの方を見た。

「これは、どういう状況なんですの――?」

「ま、リリアナじゃない。こんなところでどうしたのかしら」

 すると今度は、王妃まで現れた。

「久しいな、リリアナ。ローレルが君のおかげで元気になって、感謝しているよ」

 国王もセットで。


「こ、これは……!」

 セオドラは、なんとも奇妙な光景を目にし、驚きを越えてあっけにとられた。

 リリアナはこの国を救ってくれた恩人だ。
 しかしそのうえ、この短期間で、気難しいはずの王妃に気に入られ、高飛車少女のホーリーを手なずけ、扱いが面倒な王女と第二王子にまでなつかれている。
 極めつけは、アーロンだ。
 セオドラのことを自分の息子のように想う彼は、過保護にもセオドラに近づく女に吠えかかっていた。それなのに、実ににこやかに会話しているではないか。


「まずい……」

 この国でリリアナと一番近しいのは自分だと思って、完全に油断していた。
 
「リリアナ、わたくしのお抱え侍女にならないかしら?」
「え! お母さま、それはずるいわ! わたくしの教育係にして!」
「おいおい、リリアナは俺とドーバン王国に戻って冒険者になるんだぞ」

 みな、リリアナを自分の近くに置こうとしている。
 これはよろしくない。

「――――ん?」

 セオドラは思った。これはむしろ、好機ではないか? と。





「叔父上、あなたはリリアナのことをどう思っているのですか」

 その日の夜、皆が寝静まったころに、王子はアーロンの部屋にいた。
 リリアナについてどう思っているのかを聞き、答えによっては”計画”に協力してもらおう、という魂胆だった。

「はは、気になって寝られなかったか。おまえもまだ若いな」

 茶化すアーロンに、セオドラは質問の答えを催促する。

「当たり前だが、恋愛感情なんてもってねえぞ。俺が若く見られるっても、さすがに三十も年下をそんな目で見れねえだろ」

 その答えにセオドラは安堵する。
 一番脅威になりえたのは、この叔父だったからだ。

「分かりやすいなあ、セオドラ。いいか。俺には心に決めた女がいるんだ。今回帰ってきたのも、アイツとの距離を進めるために王国と縁を切ろうと思ったからだ。それから、戦後の呪いを確認するためだな」
「そうだったのですね。ついてっきり」

 セオドラは続けて、リリアナがこの国に来た経緯を詳しく説明した。

「おまえがさらっていったのか!」
「そんな人聞きの悪い……」

 しかしアーロンの言い分ももっともではある。
 なにも残さずに消えてしまったリリアナを、アーロンやマデリン、それからその他の冒険者たちもみんな心配していたからだ。

「それにしても、リリアナがあの国の聖女か。確かに納得だ」

 リリアナの出自を聞いたアーロンは頷く。

「しかも、国の呪いを救ってくれた? とんでもねえ。頭が上がらんな」
「そこで叔父上に相談があるのですが――――――」

 アーロンは王子の”計画”を聞き、大きな声で笑い転げた。

「……ったく、仕方ねえなあ。可愛い甥っ子のために、一肌脱ぐか」
「本当ですか!」

 セオドラは喜びの声をあげた。

 その”計画”は、王妃の耳にも入り、ホーリーにも共有され、さらには第二王子と王女の協力も仰ぐことになった。
 国王は着々と進められるその計画を見て、知らないうちにこんなにも囲い込まれているリリアナを少し不憫に思った。

 もちろんリリアナは、自分の人生にかかわる”計画”が、じわじわと着実に進んでいることを知る由もない。
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