魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠

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4.母国へ帰ってひと暴れしました

帰国せよという手紙を受け取ったアンネリーゼはというと、実はかなり立腹していた。
義妹が亡くなったことは、自業自得といえども少し悲しい。
だがそこではなく、王太子妃になれと言われたこと。それが彼女の怒りを生み出した。

翌朝、王城に参上したアンネリーゼは、国王に謁見した。
そして怒った。

「わたくしは絶対にこの国の王太子妃にはなりませんわ」
「お、落ち着けアンネリーゼ」

いきなり激しい剣幕で玉座の間に登場したアンネリーゼに、国王や周りにいた重鎮たちは驚き戸惑う。

しかし、アンネリーゼの怒りは鎮まらない。

落ち着けと言われて落ち着けるのなら、すでにこの怒りは収まっている。
そんなやわな怒りではない。

「あの手紙、フロレンツ殿下の意思で書いたものではありませんわね」

国王はあからさまに固まる。

あの手紙は、国王がフロレンツに書かせたものだった。
おバカなことが丸わかりないつもの乱れた文章ではなく、しっかりと構成された文体で、アンネリーゼには一目瞭然であった。

「この国を思ってだな」
「この国を思っているのなら、税金の巻き上げなどすべきではないでしょう」
「それは息子が」
「キース様は義妹の魅了の魔法に惑わされただけ。彼自身はとても優秀なはずですわ」

なにを言っても食い気味に返答してくるアンネリーゼに、国王はうなだれる。

「帰国したのは、キースとの婚約を結ぶためではないのか」

国王は国王らしからぬ腰の低さでそう訊いた。

――この父あっての、あのバカね。

以前から思っていたことだが、国王はフロレンツ同様頭が悪い。
そこを頭の切れる王妃がカバーしていたのだが、三年ほど前に病で儚くなり、それ以来、この国は傾きかけていた。
ビアンカは、その最後の一押しをしただけだった。

「キース様は、おひとりでも十分、良き王として国を治められるはず。わたくしはもうやりたいことを見つけたのですわ」
「じゃあ、帰国したのは――?」
「もちろん、直接国王に文句を言うためですわ」

アンネリーゼの歯に衣着せぬ物言いを聞いていた重鎮はざわつく。
その中の勇気あるひとりが「少々口が過ぎるのではないか」と言ったが、彼女には一切効かない。

「わたくしは国外追放された身。もうこの国の貴族でも平民でも、なんでもありませんもの」

そして続けて言った。

「わたくしは、魔法王国でようやく夢が叶ったのです。絶対にこの国には帰りません」

きっぱり言い残すと、彼女はきびすを返して玉座の間から出ていった。
国王は、唖然とした表情でアンネリーゼの後ろ姿を見ていた。


アンネリーゼが次に向かったのは、王城の一角にある塔。廃太子フロレンツが軟禁されているらしい場所だ。

「ア……アンネリーゼ!? 会いに来てくれたのか?」

フロレンツは彼女を目にした瞬間、うれしそうに顔をあげた。
しかし、アンネリーゼは彼に会いに来たわけではない。
彼にも文句を言いに来たのだ。

「アンネリーゼ?」
「殿下。手紙を送ってくるのなら、この国の状況くらい書いてくださらない? 義妹のことや、暴動のこと、あなた一言も書いていなかったではありませんか」

手紙の内容のダメ出しだ。
フロレンツはそれでもうれしそうにしている。
怒った姿も美しい、と、いつかのようにまたつぶやいている。

「ごめん。アンネリーゼのことを思うと、国のことなんてどうでもよくて……」
「そこ。そこですわ! 国のことを考えない王族など、ただの穀潰し。そんな方のことを愛することなんてなくってよ。今までも、これからも。あなたのことは好きになれないわ」
「そんな――」

悲しみに打ちひしがれるフロレンツに、アンネリーゼは追い打ちをかける。

「もう、手紙も送ってこないでくださいまし」
「それはできないよ。せめて手紙だけでも送らせてほしい」
「いいえ」

アンネリーゼはフッとだれかを思い出したように微笑んだ。
その表情にフロレンツはポッとなるが、少しして、それが自分ではない男のことだと気づくと悔しそうに唇を噛んだ。

「わたくし、ある方と婚約しようと思ってますの。それなのに違う男性から手紙を受け取り続けるのは、淑女としてよろしくないでしょう?」

つまり、手紙が迷惑だということだ。
フロレンツはなにも言い返せない。それよりも、彼女が婚約することを悲しんでいるのかもしれない。

「アンネリーゼ、僕は――」

去ってゆくアンネリーゼにすがるように、フロレンツは手を伸ばす。

「僕は、君のことが好きだった……」

立ち去ってしまったアンネリーゼに聞こえるはずもなく、彼の弱々しい声は地面に落ちた。


「お父さま。……お父さま?」

最後に、アンネリーゼは公爵邸に帰っていた。
しかし、様子がおかしい。

「アンネリーゼ、なのか」
「ええ、そうですけど。どうしたのですか、この屋敷」

使用人もいなければ、家具だってひとつもない。
立派な屋敷という中身のない箱のような姿だった。

「少しでもビアンカが使った金を、王家に返そうと。だが、もうあとはこの屋敷を売るしかないな……」

酷く暗い顔をする公爵は、まるでここ何週間もろくにものを食べてなさそうな身体つきをしている。

「私は、ビアンカの魅了の魔法に気がつけなかった。気がつけないどころか、私もまんまと引っかかってしまっていた」
「お父さま……」
「アンネリーゼ、お前にも酷いことをした。本当に悪かった」

ビアンカを連れてきてから、明らかに公爵はおかしくなった。
アンネリーゼを大事にしていた公爵が突然冷たくなり、ビアンカを溺愛しだしたのだ。

「わたくしも、もっと早くに気がついていれば……」
「実を言うと、ビアンカは私の子ではない。私が不貞を働いたことは、一度もない。これは妻にも誓う。信じてくれ」

公爵の目は本気だった。
アンネリーゼの母親は、彼女を産んですぐに儚くなっている。

人の記憶をすり替えられるほど、ビアンカの魅了は強大だったということだ。

「わたくし、ビアンカとは少なくとも血がつながっていると思っていましたわ」
「そうだろう。私もそう思っていたよ」
「ねえ、お父さま。わたくし魔法王国で魔法の研究をしていますの」

突然の話題に、公爵は目を白黒させる。

「夢、だったな」

幼かったアンネリーゼを思い出し、目を細める。
アンネリーゼの夢は、魔法の研究をすることだった。

「お前の夢すら、忘れてしまっていた」
「仕方ありませんわ。もう、責めるのはおやめになって」

悔いる父親を、アンネリーゼは安らかな顔で見ていた。

「わたくしね、研究で成果を出して、報酬もたっぷりいただきましたの」
「……? そうか。それはよかった。お前が元気そうに暮らしているのなら――」
「ですから、わたくしが王家に支払う、と言っているのですわ。ビアンカが使った分を」

アンネリーゼは続ける。

「わたくし、魔法を同時に使う方法についての論文を発表しましたの。ほら、見てください」

右手に水を、左手には風を生み出し、それらを合わせてみせた。
美しい小さな水の渦が、彼女の手のひらで踊る。

魔法の同時使用は、無詠唱よりも困難とされていた。
それをアンネリーゼは簡略化し、その方法を世に出したのだ。

娘の驚きの功績に、公爵は声も出ない。

「というわけで、もう一度言いますけど、国王さまから報酬をたんまりいただきましたの」

公爵は納得した。
そして、気が抜けたように倒れこんだ。

「お父さま?」
「いや、悪い。娘に頼るなんて情けないが――、本当に、よかった」

そう言うと、気を失ったように寝てしまった。
相当張り詰めていたらしい。
アンネリーゼは魔法でそっと父親を寝室に運んだ。

――そういえば、お父さまは生真面目な方でしたものね……。

きっと、強く責任を感じていたのだろう。
泥のように眠る父を見て、アンネリーゼはもう少しこの家に滞在することを決めた。

「本当は、日帰りで帰るつもりでしたけど」

疲れ切った様子の父親を見捨てるわけにはいかない。

アンネリーゼは公爵の書斎に入り、王家に返す金額の確認やその手続き、屋敷のことなど、できる限りのことを終わらせた。
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