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恋愛インスピレーション

第七話

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 私と梓の思惑通りに奥谷は私の誘いに乗ってきた。奥谷が宮崎と何度も行動を共にしていることは知っていたのだけれど、それでも奥谷は宮崎なんかよりも私の方を向いてくれていた。
 なぜ私がそう思ったかというと、梓の話では今日の午後は奥谷と宮崎は恋愛アプリで貯まったポイントを使うためにどこかに出かける予定だったそうだ。それなのに、私が奥谷に時間を作って欲しいとお願いしただけで宮崎の誘いを断ってこちらに来てくれたのだ。これは少しだけ宮崎の事を気の毒に思ってしまったけれど、それを決めたのは奥谷自身なので私にはどうすることも出来ない。
 そして、私は奥谷を呼んでおいて梓に奥谷の相手をさせているのだ。私がいると答えられないような質問をしたいからと梓が言ってきてそれに乗ってしまっただけなのだが、誘っておいて挨拶もしないでいるのは奥谷に悪い気がしていた。それ以上に、奥谷が予定をキャンセルしてしまった宮崎に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

「他のクラスの人とか後輩とかってさ、奥谷と泉がこの学校のベストカップルって思ってるみたいなんだけどさ、奥谷って泉に告られたら付き合ったりするの?」
「え、俺が宮崎と付き合うかって?」
「そうだよ。告られたとしたら付き合うのかって聞いてるんだよ」
「いや、それは無いな。確かにさ、宮崎は話してて楽しいし顔も整ってると思うよ。でもさ、長年同じ学校で宮崎を見てきたんだけどさ、なんか出来過ぎてる気がして気になるんだよね。あ、気になるってのは良い意味ってわけじゃないから」
「そうか。それならさ、宮崎じゃなくて愛莉が付き合いたいって言ってきたら奥谷はどう答えるの?」
「どうって、そんな事はありえないから答えようが無いよ」
「例えばの話だよ。奥谷ってさ、好きな人に告白されるよりも自分から告白したいタイプなの?」
「いや、どうせなら俺から告白したいとは思うよ。でもさ、告白してしまったら今の関係が完全に終わっちゃうと思うんだよね。オッケーでもノーでもどっちにしろ今みたいな関係ではいられないと思うんだよ。俺はさ、今の関係でも満足出来ているんだよね」
「もしかしてだけどさ、奥谷って卒業する時に告白しようとか考えてないよね?」
「え、どうして?」
「今の奥谷の言葉を聞いているとさ、今の関係を壊したくないって言ってたじゃん。それってさ、今の関係が終わる時が来たら告白しようと思ってるのかなって感じたんだよね。でもさ、それってウチの気のせいだよね?」
「いや、気のせいじゃないよ。俺はずっと山口に告白するタイミングをうかがってたんだけど、卒業する時が最初で最後のタイミングだと思ってるよ」
「いやいやいや、一番ありえないでしょ。だってさ、成功しても失敗しても最悪のタイミングだと思うわ。もしもさ、成功したとして、進路は別々なんだから会える時間なんて卒業してから引っ越しするまでのわずかな期間じゃない。それって、成功したとしてもその先は続かなくない?」
「そうかもしれないけどさ、多少距離が離れてしまったとしても気持ちでは通じ合えると思うよ。恋愛アプリを使ってやり取りだって出来るしさ、LINEで通話だって出来るし」
「あのね、遠距離恋愛ってあんたが思っている以上に大変なんだよ。自分は大丈夫だと思っても相手がもしも浮気なんてしてたらどうしようって一度でも思ってしまったら、それが頭の中から離れなくなっちゃって怪しくもない相手の行動を変に勘ぐって疑ってしまったり、自分が何もしてなかったとしてもいつもとほんの少し違う事をしてしまって相手に疑われたりもするんだよ。全く悪い事をしていなくても会えない時間があるって事は、それだけ相手に不信感を与える可能性があるって事なんだからね。それにさ、奥谷って見た目も性格もそれなりに良いんだから、大人になったらいっぱい誘惑が待ってると思うんだよ。あんたが何も悪い事をしてなかったとしても、周りまでそうとは限らないんだからね」
「それはそうかもしれないけどさ、それって河野の体験談なの?」
「違うけど。ウチの恋愛に興味あるとか冗談でもやめてよね」
「いや、別に教えてくれてもいいじゃない。でもさ、河野の言う通りかもしれないな」
「それにさ、こっちの方が可能性高いと思うけど、告白されて愛莉が断ったとするじゃない。それってさ、ずっとモヤモヤとしてモノを心に抱えていた奥谷は言えてスッキリするかもしれないけどさ、急に告白されて断る愛莉の気持ちを考えたことある?」
「え、嫌だったら嫌だっていうだけじゃないの?」
「違うよ。あんたも多少は告白されてるんだからわかると思うけど、好きでもない相手に告白されたとして、優しいあんたは相手の気持ちを考えて断るでしょ?」
「ああ、それはそうかもしれない」
「それってさ、相手の気持ちを考えてから断るって答えを出してソレを伝えてさ、その後に何とも思わないわけ?」
「いや、あの答えで相手は傷付かなかったかなとか悪かったかなって思うかもしれない」
「そうなんだよ。つまり、自分は断られたとしても言えてスッキリしてるんだけど、相手は本当にその答えで良かったのかってずっと後悔しちゃうと思うんだよね。それに、愛莉と奥谷ってずっと長い付き合いなんだし近所に住んでるんだから会う機会も多いわけじゃない。たまたまバッタリ会ったとして、それが過去に自分に告白してきて振った相手だったとしたら、とても気まずい思いをすると思わない?」
「確かに、言われてみたらそうかもしれない。でもさ、俺はこのまま宮崎に気持ちを伝えないで離れていいのかって思っちゃうんだよ。これは俺のわがままだと思うけど、俺は自分の気持ちにちゃんとけりをつけて答えを手に入れたい」
「だからさ、それは愛莉にとってはとても迷惑なことかもしれないんだよ。今まで多少は上手く言ってた関係なんだし、最後の最後で良い関係を壊してどうすんのさ。それに、これから残りの人生の方が長いのに、そんな若い考えで残りの人生を捨ててどうするのさ。告白して振られてその後もずっと近所で暮らしていくことなんて出来るの?」
「確かにな。河野の意見って凄く大人な意見だと思う。俺はずっと自分の感情だけで告白しようって思ってたんだけど、その気持ちって山口からしたら、俺に好意を持っててくれたとしても迷惑なことになるかもしれないって事なんだよな。河野って遊んでそうな見た目の癖に考えてることは大人だよな」
「バカ、ウチの事はどうでもいいんだって。でもさ、奥谷のその気持ちは愛莉も嬉しいと思うよ。今までいろんな関係性のカップルを見てきたけどさ、愛莉と奥谷ってそのどいつらとも違って自然体な感じで接してると思うよ。でも、それが異性間の愛情とは見えないんだけどね」
「そうなんだよな。宮崎は俺に好意を持ってくれてるんだろうなってわかるんだけどさ、山口って誰に対してもそういう態度でいるところを見たことが無いんだよな。もしかしたらさ、山口の中に恋愛感情とかって無かったりするのかな?」
「ちょっと待てよ。それはさすがに愛莉が聞いたら傷付くと思うよ。愛莉にだって相手を思いやる気持ちも好きになる気持ちもあるんだし。もしも、奥谷がそう思ってるんだとしたら、今まで愛莉から愛情を向けられたことが無いってだけじゃないか」
「それはそうかもしれないけどさ、これだけ長い付き合いなんだから俺にも何か愛情的なものをくれてもいいんじゃないかなって思うんだけどな」
「だってさ、愛莉は奥谷に何かチャンスでもあげたらどうなの?」
「そうね。奥谷が卒業までの間に誰とも付き合わなかったら考えてあげてもいいわよ」
「え、山口?」

 私はちょっと前に梓と奥谷が話しているここに着いていたんだけど、奥谷は全く私に気が付いていなかったようだ。私は割と目立たない方かもしれないけれど、さすがに何もない空き地で手を伸ばせば届くような距離にいたのに気付かれなかったというのは、ショックを通り越して奥谷の鈍感さに驚いてしまった。もしかしたら、周りの事よりも今はなしている梓の方に意識を集中させていたのかもしれないのだが、それはそれでちょっと問題があるような気がしていた」

「いつからそこにいたの?」
「ちょっと前かな」
「ちょっとってどれくらい?」
「確か、奥谷が卒業前に私に告白しようと思ってるとかってあたりかな」
「うわ、一番最悪なタイミングじゃん。告白しようか迷ってる相手にそれを聞かれるなんて最悪だよ」
「でもね、奥谷が思っているよりは私も嬉しかったりするのよ」
「それじゃあさ、俺と付き合ってくれるって事?」
「うーん、今すぐってのは無いかな。これから受験も控えているわけだし、変なところで気を逸らしたくないっているか、受験が終わるまでは恋愛とか興味無いかな」
「そうだよな。ごめんな。でもさ、受験が終わったら、いいかな?」
「どうだろうね。それにさ、私の事が本当に好きだったとしたら、私以外の人とは付き合ったりしないよね?」
「そりゃそうだろ。俺は山口以外とは付き合うつもりは無いよ」
「それってさ、一生誰とも付き合わない可能性も有るって事?」
「まあ、そうなるかもしれないけど、それでも俺は良いと思ってるよ」
「あはは、それはさすがに思いが重すぎるよ。もっと気楽に考えていいと思うよ。奥谷も受験するんだし、今はそっちに集中しておこうよ。それにさ、どうせだったら笑顔で卒業したいじゃない」
「って事は、俺が誰とも付き合わなかったら俺と付き合ってくれる可能性があるって事か?」
「可能性ね。確実に付き合うって事じゃなくて、可能性があるって事ね」
「それでも俺は十分だよ。よし、俺は卒業するまで誰とも付き合わないぞ」
「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、奥谷って誰かと付き合ったことがあるってウチは知らないんだけど、過去に誰かと付き合ってた事ってあるの?」
「ないよ」
「そっか、じゃあさ、泉から告白されても付き合うつもりはないってことで良いんだよね?」
「ああ、俺には宮崎の気持ちに答えるつもりは無いね。もしも、告白されたとした場合だけどさ」

 奥谷はまっすぐなまなざしで私を見つめてそう言っていた。でも、奥谷って宮崎と二人で出かけたりしてるんだよな。それって、周りから見たら完全にデートだと思うんだけど、案外奥谷ってそういうのが平気な人なのかもしれないな。その割には私一人を誘ってくることは無いんだけど、それは本当に好きだから誘えないって事なのかもしれないな。
 まだ奥谷に告白もしていないという段階で宮崎は振られてしまったわけだけど、あんなに仲が良く見える梓と宮崎の関係ってよくわからないな。

 女子同士って一見すると仲が良さそうなのに、腹の中では違う事を考えているものなのだろうか。私には友達と呼べる関係の女子がいないのでわからないけれど、そういうのが普通なのかもしれないと思うと、一瞬ではあるが背中に冷たいものが走ったような感触に襲われてしまった。

「ねえ、これで良かったのかな?」
「いいんじゃない。奥谷が愛莉の事を好きな事が確定したわけだし、後は泉がどのタイミングで奥谷に告白するかって事だけだよね」
「そうだけどさ、本当に宮崎は奥谷に告白なんてするのかな?」
「今のままだったらしないと思うよ。でもさ、私が頑張って泉を煽り倒すから、その勢いで告白するように仕向けるからね。それにしても、泉は自分でもモテるって思ってるみたいだし、あれだけ一緒に行動してた奥谷に振られたとしたら、どんな顔をして過ごしていくんだろうね。今から卒業式までって結構あるし、ずっと気まずいままで過ごしていくなんて、ウチだったら絶対に耐えられないと思う」

 梓がどうしてここまで宮崎の事を嫌っているのか私には想像もつかないけれど、きっと性格も見た目もいい宮崎に嫉妬しているだけなんだろうな。宮崎がもっと嫌なやつだったらこんな変な嫌われ方をしなくても済んだんじゃないかなと感じていた。

 でも、私が見てきた限りではあるけれど、宮崎は裏表のないイイ人ではあると思う。

 宮崎はイイ人であると、私は思う。
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