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恋愛コンクルージョン
第四話
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進路は大方決まったのだけれど、一番の問題はウチの成績では奇跡でも起こらない限り合格するのは難しいと言われていた事だった。ただ、それも夏休み前までの話であって、今では結構高い確率で合格するのではないかと思えるくらい成績が上がっていた。もちろん、ウチが毎週勉強をちゃんとやっていたというのもあるのだけれど、愛莉と一緒にちゃんと勉強の時間を作って実践できたという事が大きいのだと思う。担任の早坂先生もウチと愛莉が真面目に勉強をしている事を知っているので褒めてくれたりもしていたのだが、それはとても嬉しい事であった。
「山口さんの成績なら問題無いと思って吐いたんだけど、一緒に勉強している河野さんもケアレスミスさえしなければ合格できそうなところまで来ているわね。一年生の時は下から数えた方が早い順位だった河野さんなのに、見違えるように成績も良くなってるし、山口さんって教えるの上手なのね。これじゃあ、先生たちの立場も無くなっちゃうわね」
「いえ、私は教えるのが上手いんじゃなくて、物事を理解する力が他の人よりも少し優れているだけだと思うんですよ。でも、それって自分の力だけじゃ何故か理解することが出来ないんですよね。授業で習ってないところを予習しておこうかなって思っても、その問題をどうやって解けばいいんだろうって困っちゃうんですよ。だから、先生に教えてもらうという体験をしないと私は教科書を理解することが出来ないんじゃないかなって思うんですよね」
「今の山口さんはそうなのかもしれないけれど、応用力がもっと上がれば習ってないことも理解出来るようになるんじゃないかな。河野さんは山口さんとは逆で応用力があるみたいなんだけど、いまだに基礎がちょっとおろそかになっているところもあるみたいね。もう少しだけ基礎問題を解いていってその辺を理解するようになればもっと安定して点数を稼げるようになるんじゃないかな。それにしても、見事に二人とも得意分野と苦手分野がわかれているのね。お互いに弱点を補い合って長所を伸ばせるステキな関係なのね。これなら自習期間になっても二人でちゃんと勉強出来そうよね」
「そうなんですけど、ウチってあんまり数学以外は得意じゃないんですよ。愛莉に教えられることなんて何も無いから頼りっぱなしになるかもしれないんですよね。それって、少しだけ気まずいんです」
「私の事なら気にすることないわよ。梓に勉強を教えてて思ったんだけど、人に教えるって意外と自分の弱点がわかるのよね。どうやって説明したらいいんだろうって考えていると、自分が苦手としてるとこがハッキリと浮き出てくるんだけど、それをちゃんと説明しようとすることでなあなあで避けていた部分と向き合うことが出来るようになったのよ。たぶんだけど、一人でずっと勉強していたらそんな風にはなれなかったんじゃないかなって思うよ」
「先生も山口さんと似たような経験があるんだよね。人に教えるためにはちゃんと自分で理解しないと説明できないもんね。それに、自分がわかるからって相手も同じレベルで理解してもらえるとは限らないし、相手に合わせて説明を若干変えたりすることも必要なのよね。そこまで考えられる山口さんって、教師か塾の講師が向いてるような気がするな」
「あ、それはウチも思ってました。愛莉って教えるのが上手だしやる気を出させるのも上手いんですよ。早坂先生の授業も分かりやすいんですけど、ウチだけじゃなくてみんなに対してわかりやすいって感じだから、マンツーマンで教えてもらうのとはやっぱり違うんですよね。もしかしたら、ウチが早坂先生に付きっきりで教えてもらえたらもっと成績が良くなるかもしれないですけど、それはわからないですよね」
「そうよね。でも、今から先生が付きっきりで個別指導するっていうのは他の生徒さんの手前難しいのよね。受験も近付いて切羽詰まっているって状況になれば週に何度かは可能かもしれないけれど、今は自力で頑張ってもらうしかないかもね。もちろん、二人が今まで通り協力して勉強するのは問題無いんだけどね。それに、河野さんは当然として、山口さんも河野さんと勉強するようになってから成績がさらに一段階上がっているっていうのだから、二人が勉強会を辞めるって選択肢はないよね。他にあなた達と同じ大学に行く生徒さんはウチの学校にはいないんだけど、予備校とかにも行ってみようって気持ちはあったりするかな?」
「私は今のところないですね。たぶん塾に行った方が学べることは多いと思うんですけど、今のところその必要性を感じていないんです。その分学校で先生方に聞いた方が理解出来ると思いますし、何より、知らない人に勉強を教えてもらうのって、私は苦手なんですよね」
「ウチも春くらいは予備校行った方がいいんじゃないかなって思ってたんですけど、夏休みに愛莉と勉強合宿してからは塾とか予備校に行かなくても大丈夫なんじゃないかなって思うようになったんですよ。最初は愛莉にばっかり負担かけてるなって申し訳ない気持ちになったんですけど、愛莉が勉強を教えるのも勉強になるって言ってくれてちゃんと頑張ろうって気持ちになりました」
「やっぱり二人は良い関係なのね。いつの間にか二人とも名前で呼び合うようになってるし、仲が良いのは良い事よ。二人とも勉強頑張っているし、あと三か月くらいだけどしっかり頑張ってね。先生たちに協力出来ることがあったら何でも言ってくれていいんだからね」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます。ウチは愛莉よりも多く先生方に頼ると思うんで、よろしくお願いします」
「あ、それとね。これは進路とは関係は無い話なんだけど、二人って恋愛アプリって使ってるかな?」
「え、どうしてですか?」
「いや、これは学校には関係ない個人的な質問なんだけど、二人って恋愛アプリでやり取りしてるのかな?」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「あのね、これはここだけの話にして欲しいんだけど、他の先生や生徒には絶対に言わないって誓ってもらえるかな。いや、別に誓ってもらわなくてもいいんだけどさ。二人って、両想いでしょ?」
早坂先生の言ったその言葉はウチの耳から入って一瞬のうちに心臓と脳を貫いた。まるで雷に撃たれたような衝撃を受けたのだけれど、どうして先生はそんな事を言い出したのだろう。志望校がたまたま一緒だったとしてもおかしい事ではない。おかしい事と言えば、ウチの学力では到底合格なんて無理だと思われていた大学を受けようとしている事と、一緒に勉強して志望校まで同じ大学である相手が今まで全くウチと接点のなかった愛莉だからというだろう。でも、たまたま志望校が一緒になることだってあると思うし、同じ志望校なら一緒に勉強したっておかしくは無いと思う。
別にウチと愛莉の関係が早坂先生にバレたとしても問題はないのだけれど、どうしてそう思ったのかという事が気になって仕方がない。一緒に受験勉強をしている時以外は教室でも話したりはしていなかったのだけれど、それがかえって不自然に映ってしまったのだろうか。その答えはウチには全く想像もつかなかった。
「先生にはさ、弟がいるんだよね。で、その弟がアプリを作ったんだけど、それが恋愛アプリなんだよ。えっと、何が言いたいのかって言うと、先生が言いたいことは、あなたたち二人がどういう関係であったとしても気にしないっていう事と、宮崎さんが亡くなる前に二人がしてたやり取りがどういうことなのかなって知りたいだけなんだよね。あ、でも誤解しないで欲しいんだけど、先生は二人を責めているわけじゃないからね。それだけは理解してくれると嬉しいな」
私は早坂先生が言った言葉で再び固まってしまった。愛莉と付き合っているという事がバレているのもそうなのだが、ウチと愛莉が泉に対してしてきたことが全部早坂先生にバレているという事が衝撃だった。それは愛莉も同じようで、いつもは冷静な愛莉が青ざめた顔で小刻みに震えていたのだ。
今にも泣き叫びたい気持ちではあったのだけれど、そんなウチラの事を心配してくれ他のか、早坂先生はウチラの間に立って二人をぎゅっと抱きしめてくれた。抱きしめてくれた早坂先生は、とても暖かくて甘いのに大人っぽいいい匂いがした。
「大丈夫。二人が何かをしようとしてたって事は誰にも言わないからね。先生もちょっとだけ宮崎さんの事を良く思ってなかったことはあるんだけど、他のみんなには内緒だよ。あなたたち二人はちょっとやりすぎちゃったかもしれないけれど、そんな事で後ろめたい気持ちにならないでまっすぐ前を向いて進んで欲しいな。確認してもらえばわかることだけど、あの時のやり取りはもうどこにも残ってないから安心してね」
ウチはその言葉を聞いてすぐにアプリ内のメッセージを確認した。今まで一度だって愛莉とのやり取りを消去したことは無かったのだけれど、泉が首を吊った前後の二日間だけやり取りがきれいさっぱり消えていた。その画面をウチは愛莉に見せていたのだけれど、愛莉も同じようにスマホの画面を見せてくれていた。
直接的な事は何も書いてはいなかったと思うのだけれど、どこを探してもウチラの送りあったメッセージは残っていなかった。
「問題は無いと思うんだけど、一応あなたたちの事が外に漏れたら大変だからね。ひねくれた人が見たらあなた達が陰で宮崎さんをいじめてたようにも見えちゃうからね。宮崎さんが亡くなってしまったのは残念だけど、彼女は誰かにいじめられていたってことは無いのよ。だって、宮崎さんはいじめられている生徒を助ける女神なんだからね。今では学校以外にもその噂は流れているみたいだし、そんな女神をいじめていた可能性がある生徒がいるって事はありえない事なのよ。もしも、そんな事が誰かの耳にでも入ってしまったら大変なことになっちゃうかもしれないからね。そうならないように、これから気を付けなきゃダメよ」
「あの、ウチラはどうしたらいいですか?」
「どうしたらって、今まで通り普通に暮らしてて大丈夫よ。ちゃんと学校に来て勉強もして普段通りに生活してれば何も問題無いからね」
「でも、そんな事を急に言われたら動揺しちゃいますよ。本当にこれって消えてるんですか?」
「そう聞いているけど、心配なら先生の弟に会って話を聞いてみる?」
「どうしよう。それもそれでちょっと怖い気がするかも」
「会うときは先生も一緒だから大丈夫よ。それに、弟はいきなり危害を加えたりしないから大丈夫よ」
ウチラは早坂先生の言葉を信じることにした。むしろ、今確かめずにこのままずっと心の中にモヤモヤとして残る方が精神的にも負担が大きくなってしまうのではないかと思っていた。早坂先生の弟さんに会うというのは愛莉の家に行ってご両親に挨拶するのと同じくらい緊張していた。
「じゃあ、次の日曜日の昼過ぎなら時間は空いているかな?」
「私は大丈夫です」
「ウチも大丈夫です」
「よかった。それなら、あなた方の家の近くの喫茶店で待ち合わせしましょうか。あそこってデザートも美味しいらしいんだけど、みんなで甘いものでも食べながらお話しましょうね」
早坂先生は嬉しそうにそう言っていたのだけれど、ウチの心臓は今にも飛び出しそうなくらい激しく鼓動していた。いつまでたってもそのドキドキは止まらなかったのだけれど、愛莉がウチの手を優しく握ってくれて安心することが出来た。でも、愛莉もやはり動揺しているようで、その手は小刻みに震えていて、若干いつもよりも冷たくなっているように感じていた。
「山口さんの成績なら問題無いと思って吐いたんだけど、一緒に勉強している河野さんもケアレスミスさえしなければ合格できそうなところまで来ているわね。一年生の時は下から数えた方が早い順位だった河野さんなのに、見違えるように成績も良くなってるし、山口さんって教えるの上手なのね。これじゃあ、先生たちの立場も無くなっちゃうわね」
「いえ、私は教えるのが上手いんじゃなくて、物事を理解する力が他の人よりも少し優れているだけだと思うんですよ。でも、それって自分の力だけじゃ何故か理解することが出来ないんですよね。授業で習ってないところを予習しておこうかなって思っても、その問題をどうやって解けばいいんだろうって困っちゃうんですよ。だから、先生に教えてもらうという体験をしないと私は教科書を理解することが出来ないんじゃないかなって思うんですよね」
「今の山口さんはそうなのかもしれないけれど、応用力がもっと上がれば習ってないことも理解出来るようになるんじゃないかな。河野さんは山口さんとは逆で応用力があるみたいなんだけど、いまだに基礎がちょっとおろそかになっているところもあるみたいね。もう少しだけ基礎問題を解いていってその辺を理解するようになればもっと安定して点数を稼げるようになるんじゃないかな。それにしても、見事に二人とも得意分野と苦手分野がわかれているのね。お互いに弱点を補い合って長所を伸ばせるステキな関係なのね。これなら自習期間になっても二人でちゃんと勉強出来そうよね」
「そうなんですけど、ウチってあんまり数学以外は得意じゃないんですよ。愛莉に教えられることなんて何も無いから頼りっぱなしになるかもしれないんですよね。それって、少しだけ気まずいんです」
「私の事なら気にすることないわよ。梓に勉強を教えてて思ったんだけど、人に教えるって意外と自分の弱点がわかるのよね。どうやって説明したらいいんだろうって考えていると、自分が苦手としてるとこがハッキリと浮き出てくるんだけど、それをちゃんと説明しようとすることでなあなあで避けていた部分と向き合うことが出来るようになったのよ。たぶんだけど、一人でずっと勉強していたらそんな風にはなれなかったんじゃないかなって思うよ」
「先生も山口さんと似たような経験があるんだよね。人に教えるためにはちゃんと自分で理解しないと説明できないもんね。それに、自分がわかるからって相手も同じレベルで理解してもらえるとは限らないし、相手に合わせて説明を若干変えたりすることも必要なのよね。そこまで考えられる山口さんって、教師か塾の講師が向いてるような気がするな」
「あ、それはウチも思ってました。愛莉って教えるのが上手だしやる気を出させるのも上手いんですよ。早坂先生の授業も分かりやすいんですけど、ウチだけじゃなくてみんなに対してわかりやすいって感じだから、マンツーマンで教えてもらうのとはやっぱり違うんですよね。もしかしたら、ウチが早坂先生に付きっきりで教えてもらえたらもっと成績が良くなるかもしれないですけど、それはわからないですよね」
「そうよね。でも、今から先生が付きっきりで個別指導するっていうのは他の生徒さんの手前難しいのよね。受験も近付いて切羽詰まっているって状況になれば週に何度かは可能かもしれないけれど、今は自力で頑張ってもらうしかないかもね。もちろん、二人が今まで通り協力して勉強するのは問題無いんだけどね。それに、河野さんは当然として、山口さんも河野さんと勉強するようになってから成績がさらに一段階上がっているっていうのだから、二人が勉強会を辞めるって選択肢はないよね。他にあなた達と同じ大学に行く生徒さんはウチの学校にはいないんだけど、予備校とかにも行ってみようって気持ちはあったりするかな?」
「私は今のところないですね。たぶん塾に行った方が学べることは多いと思うんですけど、今のところその必要性を感じていないんです。その分学校で先生方に聞いた方が理解出来ると思いますし、何より、知らない人に勉強を教えてもらうのって、私は苦手なんですよね」
「ウチも春くらいは予備校行った方がいいんじゃないかなって思ってたんですけど、夏休みに愛莉と勉強合宿してからは塾とか予備校に行かなくても大丈夫なんじゃないかなって思うようになったんですよ。最初は愛莉にばっかり負担かけてるなって申し訳ない気持ちになったんですけど、愛莉が勉強を教えるのも勉強になるって言ってくれてちゃんと頑張ろうって気持ちになりました」
「やっぱり二人は良い関係なのね。いつの間にか二人とも名前で呼び合うようになってるし、仲が良いのは良い事よ。二人とも勉強頑張っているし、あと三か月くらいだけどしっかり頑張ってね。先生たちに協力出来ることがあったら何でも言ってくれていいんだからね」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます。ウチは愛莉よりも多く先生方に頼ると思うんで、よろしくお願いします」
「あ、それとね。これは進路とは関係は無い話なんだけど、二人って恋愛アプリって使ってるかな?」
「え、どうしてですか?」
「いや、これは学校には関係ない個人的な質問なんだけど、二人って恋愛アプリでやり取りしてるのかな?」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「あのね、これはここだけの話にして欲しいんだけど、他の先生や生徒には絶対に言わないって誓ってもらえるかな。いや、別に誓ってもらわなくてもいいんだけどさ。二人って、両想いでしょ?」
早坂先生の言ったその言葉はウチの耳から入って一瞬のうちに心臓と脳を貫いた。まるで雷に撃たれたような衝撃を受けたのだけれど、どうして先生はそんな事を言い出したのだろう。志望校がたまたま一緒だったとしてもおかしい事ではない。おかしい事と言えば、ウチの学力では到底合格なんて無理だと思われていた大学を受けようとしている事と、一緒に勉強して志望校まで同じ大学である相手が今まで全くウチと接点のなかった愛莉だからというだろう。でも、たまたま志望校が一緒になることだってあると思うし、同じ志望校なら一緒に勉強したっておかしくは無いと思う。
別にウチと愛莉の関係が早坂先生にバレたとしても問題はないのだけれど、どうしてそう思ったのかという事が気になって仕方がない。一緒に受験勉強をしている時以外は教室でも話したりはしていなかったのだけれど、それがかえって不自然に映ってしまったのだろうか。その答えはウチには全く想像もつかなかった。
「先生にはさ、弟がいるんだよね。で、その弟がアプリを作ったんだけど、それが恋愛アプリなんだよ。えっと、何が言いたいのかって言うと、先生が言いたいことは、あなたたち二人がどういう関係であったとしても気にしないっていう事と、宮崎さんが亡くなる前に二人がしてたやり取りがどういうことなのかなって知りたいだけなんだよね。あ、でも誤解しないで欲しいんだけど、先生は二人を責めているわけじゃないからね。それだけは理解してくれると嬉しいな」
私は早坂先生が言った言葉で再び固まってしまった。愛莉と付き合っているという事がバレているのもそうなのだが、ウチと愛莉が泉に対してしてきたことが全部早坂先生にバレているという事が衝撃だった。それは愛莉も同じようで、いつもは冷静な愛莉が青ざめた顔で小刻みに震えていたのだ。
今にも泣き叫びたい気持ちではあったのだけれど、そんなウチラの事を心配してくれ他のか、早坂先生はウチラの間に立って二人をぎゅっと抱きしめてくれた。抱きしめてくれた早坂先生は、とても暖かくて甘いのに大人っぽいいい匂いがした。
「大丈夫。二人が何かをしようとしてたって事は誰にも言わないからね。先生もちょっとだけ宮崎さんの事を良く思ってなかったことはあるんだけど、他のみんなには内緒だよ。あなたたち二人はちょっとやりすぎちゃったかもしれないけれど、そんな事で後ろめたい気持ちにならないでまっすぐ前を向いて進んで欲しいな。確認してもらえばわかることだけど、あの時のやり取りはもうどこにも残ってないから安心してね」
ウチはその言葉を聞いてすぐにアプリ内のメッセージを確認した。今まで一度だって愛莉とのやり取りを消去したことは無かったのだけれど、泉が首を吊った前後の二日間だけやり取りがきれいさっぱり消えていた。その画面をウチは愛莉に見せていたのだけれど、愛莉も同じようにスマホの画面を見せてくれていた。
直接的な事は何も書いてはいなかったと思うのだけれど、どこを探してもウチラの送りあったメッセージは残っていなかった。
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「あの、ウチラはどうしたらいいですか?」
「どうしたらって、今まで通り普通に暮らしてて大丈夫よ。ちゃんと学校に来て勉強もして普段通りに生活してれば何も問題無いからね」
「でも、そんな事を急に言われたら動揺しちゃいますよ。本当にこれって消えてるんですか?」
「そう聞いているけど、心配なら先生の弟に会って話を聞いてみる?」
「どうしよう。それもそれでちょっと怖い気がするかも」
「会うときは先生も一緒だから大丈夫よ。それに、弟はいきなり危害を加えたりしないから大丈夫よ」
ウチラは早坂先生の言葉を信じることにした。むしろ、今確かめずにこのままずっと心の中にモヤモヤとして残る方が精神的にも負担が大きくなってしまうのではないかと思っていた。早坂先生の弟さんに会うというのは愛莉の家に行ってご両親に挨拶するのと同じくらい緊張していた。
「じゃあ、次の日曜日の昼過ぎなら時間は空いているかな?」
「私は大丈夫です」
「ウチも大丈夫です」
「よかった。それなら、あなた方の家の近くの喫茶店で待ち合わせしましょうか。あそこってデザートも美味しいらしいんだけど、みんなで甘いものでも食べながらお話しましょうね」
早坂先生は嬉しそうにそう言っていたのだけれど、ウチの心臓は今にも飛び出しそうなくらい激しく鼓動していた。いつまでたってもそのドキドキは止まらなかったのだけれど、愛莉がウチの手を優しく握ってくれて安心することが出来た。でも、愛莉もやはり動揺しているようで、その手は小刻みに震えていて、若干いつもよりも冷たくなっているように感じていた。
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