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あの日の私

最終話

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 奥谷君は相変わらず私に笑顔を向けてくれていた。でも、その笑顔は私だけに向けられているものではなく、他の人にも向けられている特別ではないものだった。
 勇気を出して告白をしてみたのだけれど、私の言葉は奥谷君の心には届かなかったようだ。

「好きな人がいるから宮崎とは付き合えない」

 奥谷君は私を振った時も笑顔だった。笑顔で振られるなんて絶対におかしいって思う事だけれど、私は不思議とそんな気持ちになれなかった。いや、振られたのは悲しいしこれからどうやって奥谷君と接していけばいいのかなって不安な気持ちになっていた。でも、奥谷君はそんな私の気持ちを察してか、今まで通りでいいよと言ってくれていた。そういうところも好きになっちゃうよなって思うよね。

 奥谷君って本当にいい人なんだけど、そんないい人がなんで私を選んでくれなかったのかな。もちろん、振られるとは思っていたけれど、奥谷君なら優しいから短い期間でも私と付き合ってくれるんじゃないかなってほのかに期待していたんだよね。それも失敗に終わってしまったけれどね。
 ま、生きていればこんなこともあるだろうし、これから気持ちを切り替えて上手い事やっていくしかないかな。でも、そんなに簡単に気持ちを切り替えることなんて出来ないかもしれない。簡単に切り替えることなんて出来ないかもしれないけれど、それをやらないとみんなが心配しちゃうよね。
 黙っていると振られたショックで涙が出ちゃうと思ったので、私は年甲斐もなくブランコに揺られていた。私の鼻をすする音も金属がきしむ音で多少はかき消されるだろうしね。何度かゆらゆらと揺られていると、不思議なもので心は多少落ち着いてきた。そんな時に私は梓ちゃんがやってきたのに気が付いた。

「どうしたの、そんなに悲しそうな顔してブランコに乗っちゃって。何か嫌な事でもあった?」
「いやな事っていうか、ちょっと悲しい事があってね」
「悲しい事か。ウチも悲しいときはブランコに乗りたくなっちゃうかもな。あんまり悲しい気持ちになることないけどさ」
「梓ちゃんはいつも元気だもんね。でも、私も負けないくらい元気だから大丈夫だよ」
「だよな。泉は元気で可愛いのが一番だよ。」
「え、急にどうしたの。何、可愛いとか照れちゃうよ」
「実際に泉は可愛いからな。そんな可愛い泉が落ち込んでるのって奥谷に振られたからだろ?」
「そうだけどさ、そうやってハッキリ言われちゃうとさっきより悲しい気持ちになっちゃうよ」
「あ、それはごめん。でもさ、奥谷がなんで泉の告白を断ったか知ってるか?」
「好きな人がいるから気持ちに答えられないって事でしょ。それは聞いたけど。それに、奥谷君の好きな人って山口でしょ?」
「そうなんだよ。やっぱり幼馴染は気付いちゃうんだな。奥谷が好きな山口なんだけどさ、奥谷に高校を卒業するまで誰とも付き合わなかったら考えてあげる。って昨日言ってたみたいだよ。それってさ、泉が奥谷に告白するのを知っててそれを失敗させようとしたんじゃないかって思わない?」
「いや、さすがにそれは考えすぎだと思うよ。山口がいくら頭が良くたって、私が告白するって前もってわかるとは思わないけどな。そこまでくると、頭がいいんじゃなくて超能力でも使ってるんじゃないかなって思っちゃうよ」
「実際そうかもしれないよ。だってさ、普通に考えたら泉が奥谷に告白する前日に山口が奥谷に牽制するような事を言うと思う?」
「いや、思わないかも。待って、ちょっと怖くなってきた。もしかして、頭が良いってのも超能力のせいだったりするのかな?」
「その可能性もあり得るよな。でもさ、もっと現実的な方法があるように思えないか?」
「超能力でもない現実的な方法って何かあったっけ?」
「そりゃさ、知ってる誰かに教えてもらうとか」
「教えてもらうって、私が奥谷君に告白する予定だったのを知ってる人なんていなかったと思うけど」
「だろうね。でもさ、泉の行動パターンを熟知していて、山口とも繋がってる人がいたとしたらどう?」
「え、そんな人っているのかな?」
「そんな人はいないかもしれないけど、いないんだとしたら、山口は本当に超能力でも使って泉の告白の邪魔をしたのかもね。でも、超能力に頼らなくたって誰かに聞けばわかるんじゃないかな」
「ちょっと待って。もしかして、梓ちゃんは自分がそうだって言いたいの?」

 私は途中から梓ちゃんがおかしなことを言っているとは思っていたけれど、梓ちゃんが言っていたことを整理してみると、私の邪魔をするために山口に何か言ったのは梓ちゃんなんじゃないかと思ってきた。そもそも、この公園に梓ちゃんがいるというのも変な話なのだ。梓ちゃんの通学ルートにこの公園は入っていないし、梓ちゃんの家からだってここはそんなに近い距離ではないはずだ。そんな場所にたまたま歩いてやってくることなんてあるのだろうか?

「泉はさ、本当にいい人だと思うよ。そんな泉には幸せになってもらいたいって心から願っているよ」
「う、うん。ありがとう」
「でもさ、泉っていい人すぎるんだよね。勉強が出来ないくらいしか欠点が無いみたいだけどさ。それって本当は勉強出来るのに隠しているわけじゃないよね?」
「え、そんな事ないけど。勉強はちょっと苦手だなって思うよ」
「本当に勉強出来ないやつってさ、赤点とって補習に出ても追試でそんなにいい点が取れるもんじゃないと思うんだよね。なんでさ、最初っからそれをやらないの?」
「いや、たまたまだって。追試が補習のすぐ後に会ったからだと思うよ。ほら、私って短期記憶が優れているみたいだから、勉強が終わってすぐならちゃんと覚えているんだよ」
「そっか、それなら私は泉の事を誤解していただけかもね。でも、泉も私の事を誤解していると思うよ」
「え、誤解ってどういうこと?」
「私はさ、泉の事を友達だと思っているよ。泉も私の事を友達だと思ってるよね?」
「うん、実際に友達だし、違うとは思わないけど」
「実はさ、泉に隠していたことがあるんだけど、心して聞いてもらってもいいかな」
「わかった。心して聞くよ。それで、何かな?」
「私はさ、泉に恋人を紹介したことなかったでしょ。それってどうしてだと思う?」
「さあ、ちょっと人に言えないような大人な人なのかなとか思ってたかも。亜梨沙ちゃんともたまにそんな話をしてたんだけどね」
「大丈夫。そういう大人な人とかではないからさ。ちょっとそれとは違う意味で言いにくい相手なんだよね。もしかしたら、泉はそれを着たらショックを受けちゃうかもね」
「ええ、そんな事ってあるかな。私は結構大丈夫だと思うよ」
「大丈夫ならいいんだけどさ。私の恋人って泉が嫌ってる山口愛莉なんだよね」
「え、それは、どういうこと。ちょっと意味がわかなさすぎる」

 なんで、なんで梓ちゃんの口からあの山口が恋人だって話が出てくるのだろう。私はそれが現実のものなのか夢の世界の話なのか全く理解が追い付いてこなかった。なんで、なんで梓ちゃんが山口と付き合っているのだろう。どうして、それを今まで私に隠してきたのだろう。
 もしかして、山口に私の情報を教えるために今まで黙っていたのだろうか。でも、二人が付き合っているなんて全く想像も出来なかった。そもそも、付き合うってなんだ?

「だからさ、泉の事はウチが全部愛莉に教えてたんだよね。愛莉はそれを知って奥谷を使って遊んでたんだけどさ、思ってた以上に凄いことになっちゃったね」
「嘘だよね。嘘だって言ってよ」
「嘘じゃないよ。証拠の写真でも見る?」

 梓ちゃんが見せてくれた写真には梓ちゃんと山口が楽しそうにしている場面が写っていた。それにしても、二人のこんなにいい笑顔なんて一度も見たことが無いような気がする。

「ねえ、泉は奥谷に告白して成功すると思ってたでしょ」
「うん、成功する確率の方が高いって思ってた」
「それってさ、恋愛アプリで色々やり取りをしていたからでしょ?」
「いや、それは関係ないかも。あの時私がやり取りしてたのって管理人さんだったと思うし、奥谷君ってそんなに恋愛アプリを使ってない感じだったからな。恋愛アプリは関係ないと思うよ」
「でもさ、奥谷とやり取りをしていないわりには結構話が合ってたと思わない?」
「そう言われてみれば、奥谷君との会話とかも違和感なかったと思う」
「それってさ、ちゃんと管理人の人が奥谷にも泉とのやり取りを送ってくれてたからなんだよ。奥谷には泉が一人で何か言ってそれに自分で返信しているみたいな風に見えてたんだってさ」
「え、なんでそんな事をするのよ」
「なんでって、泉が管理人に嫌われたからじゃないかな」
「嫌われるって、私は管理人が誰かも知らないし、どうして嫌われなきゃいけないのよ」
「そっか、泉は何も知らなかったんだね。恋愛アプリの管理人ってさ、早坂先生の弟なんだよ。早坂先生も時々手伝っていたみたいだけどね」
「どういうことなのかわからないんだけど。梓ちゃんは何が言いたいわけ?」
「何がって、泉はさ、とってもいい子だと思うよ。みんなにも優しいしみんなが嫌がることを進んでしたりもするし、非の打ちどころのない素晴らしい人だと思うよ。でもね、身近にそういう人がいると、こっちは息苦しくて窮屈に感じてしまうんだよね。それってさ、泉が悪いわけじゃないってわかっててもね、みんな泉の事を凄いなと思ってても好きじゃないんだよね。そうだな、どっちかって言うと、泉みたいな万人に好かれそうな人ってあんまり評判良くなかったりするんだよね。どっちかって言うと、愛莉みたいな勉強は出来るけど人間付き合いは全く好きじゃない感じの人の方が人から好かれるのかもしれないね。その証拠にさ、私も奥谷も泉よりも愛莉の方が好きなんだからね」
「どうして。私は梓ちゃんに何も悪いことしてないと思うのに。奥谷君にだって嫌われるようなことは何もしてないのに」
「そうそう、亜梨沙も亜紀も泉のそういう善人っぽいところはちょっとウザいかもって言ってたな。歩と茜は何も言ってなかったけど、そもそも泉と仲良くしてるわけじゃなかったしね」
「そんな、亜梨沙ちゃんも亜紀ちゃんもそんな事を言うはずないよ。歩ちゃんだって茜ちゃんだって一緒に色々やったのに」
「あ、でも、早坂先生は泉の事を手のかからないいい生徒だって言ってたかも」
「それはそうよ。だって、私は悪いこと何もしてないし、迷惑だってかけてないもの」
「そうなんだけどさ、早坂先生も泉の事は好きじゃないって言ってたよ。ほら、手のかかることほど可愛いっていうしね。泉は何でも出来て美人で要領も良くて素晴らしい人だと思うけど、そんな人が身近にいて比べられる気持ちって、一生分からないだろうね。でもさ、私達は一生友達でいてあげるから安心してね。奥谷君も泉とは一生友達でいたいって言ってたよ。じゃあ、ウチは帰ることにするよ。あんまり遅くなるとみんなに心配させちゃうからね。また明日、学校で会おうね」

 私は帰っていく梓ちゃんの背中を黙って見ていることしか出来なかった。私はどうしてそんな事を言われなくてはいけないのだろうか。今まで仲良くしていたみんなとは上辺だけの関係だったのだろうか。

 そうだ、家に帰ってお風呂に入って何もかも洗い流してしまおう。そうすればまた明日から頑張れそうな気がするな。

 いや、奥谷君が私と一生友達でいたいって事は、私と奥谷君は友達以上の関係になれないって事なのかな。でも、気持ちなんて変わると思うし、ちゃんと本人の口から確認取らなきゃ。
 私はその時初めて奥谷君に直接電話をかけていた。出てくれるかはわからなかったけれど、私はどうしても我慢することが出来なかった。

 奥谷君は私の電話に出てくれた。

「あれ、宮崎?」
「あ、いきなり電話してごめんね。ちょっと聞きたいことがあったんだけど、今時間大丈夫かな?」
「うん、少しなら大丈夫だけど」
「ありがとうね。ちょっとさ、奥谷君が私とは一生友達でいたいって言ってたって聞いたんだけど、それって本当なのかな?」
「河野から聞いたの?」
「うん、それでさ、それってどういう意味なのかなって思ってね」
「そのまんまの意味だよ。宮崎っていいやつだし、仲良くしていたいなって思ってさ」
「それはさ、友達じゃないとダメなのかな?」
「え?」
「恋人として仲良くじゃダメなのかな?」
「いや、それは」
「奥谷君が良かったら結婚とか考えてもいいからさ」
「そうじゃなくてさ、友達がいいんだよ。俺には好きな人がいるからさ。宮崎もそれは知ってるだろ?」
「知ってるよ。山口さんでしょ。でも、山口さんは彼女がいるんだよ。彼氏じゃなくて彼女がいるんだよ」
「わかってるよ。そんな事を言われなくても分かってるんだよ」
「ねえ、私じゃダメで山口さんならいいってどういうところなの?」
「そういうところだよ。ずっと同じ学校にいたからわかるけど、宮崎の行動ってなんか優等生過ぎて怖いんだよ。誰かのためにやってることに見えても、全部宮崎のためにやってるんじゃないかって思えるんだよ。いいことしてるってわかってるけど、宮崎がやってることって何か裏があるように思えるんだよ。だってさ、今まで起きてきたいじめ問題だって大きくなる前に解決することだって出来たのにさ、宮崎って先生が出てくるまで何もしなかったじゃないか。それって、いじめられっ子を助けたいってよりも、自分が評価されたいって事なんじゃないのか?」
「違う、違うよ。そんなこと考えてないよ」
「考えてないとしたらさ、無意識のうちにやってたって事じゃん。そっちの方が怖いわ。じゃあ、俺は用事あるから切るな」
「ちょっと、奥谷君。待ってよ。まだ話は終わってないよ」

 心のどこかでは梓ちゃんが言っていたことは嘘なんじゃないかと期待はしていた。期待はしていたのだけれど、私の思いは届かなかった。
 親友だと思っていた梓ちゃんも、ずっと片思いをしていた奥谷君も、みんなみんな山口にとられてしまった。いや、とられたんじゃなくて最初から私よりも山口の方を向いていたのかもね。

 ああ、亜梨沙ちゃん達にも確認した方がいいのかな。でも、答えを聞くのって怖いな。

 物事はハッキリした方がいいかもしれないけれど、あやふやなままでもいいんじゃないかな。

 明日皆に会うの嫌だな。これが夢だったら良かったのにな。

 いい子にしてたはずなのに、どうしてこんな風になっちゃったんだろうな。

 私は公園で一番高い滑り台の上に立っていた。
 落下防止のためかある程度滑り下りるまでは周りを柵で覆われているので落下する心配はない。何年か前に転倒事故があった時に改修工事が行われたらしいのだけれど、ここまでちゃんと覆われているのなら落下するのにも苦労するだろうな。

 でもさ、ここまで登ってきた梯子って結構な高さがあったよね。

 私の身長で手を伸ばしても出口から床までは足が届かなさそうだな。
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みんなの感想(1件)

田村ケンタッキー

タイトルとあらすじのギャップが不穏。
不吉な予感しかしない。
ほっこりタグは本当なのでしょうか。

釧路太郎
2021.09.05 釧路太郎

田村ケンタッキー様感想ありがとうございます

最終章でほっこりするような内容になると思いますが、若干私の思うほっこりは普通じゃないのかと思えてきました。
不吉な予感でもハッピーエンドで終わるような感じだと思いますので、よろしければ最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。

あらすじは完結後に変更する予定なのですが、そちらも変更後に読んでいただけるとありがたいです。

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