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第22話 工藤太郎のたい焼き屋との出会い
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太郎があのたい焼き屋と出会ったのは工藤家にお世話になって少し経った頃であった。
小さい子供ながらに工藤家の人達に迷惑をかけないようにと遠慮をして暮らしていた太郎は趣味もかねて家の周りを散歩するようになっていた。
小学校に入る前からある程度の読み書きと地図を理解することが出来るという能力があったので遠くに行ったとしても迷うことなく帰ってくることが出来ていた。最初の頃はふらっと家を出ていく太郎の事を心配して探し回っていた工藤家の人達も、いつからか太郎がどこに行っても無事に帰ってこれるという事に気付いて心配する度合いも少しずつ減っていっていた。その事で自分が認められているように感じた太郎の心も徐々に満たされていったのである。
近所の人達もある程度は太郎の境遇を知っていたので心配はしつつも太郎から頼られない限りは見守るようにしていたのである。
今のように人間以外の生き物が平気で街中を歩くような時代ではなかったという事もあるのだが、小さな子供が一人で歩いていても問題はなかった。むしろ、太郎のような小さな子供が一人で出歩いているという事をみんなが知っていたので誰かしらの目が町内を見守っているという状況になっていて、見かけたことが無い怪しい人がいればすぐに情報が共有されていた。防犯面で考えると、常に誰かに見守られている平和な街と言う状態になっているのであった。
そんなある日、いつものように街中をフラフラと散歩していた太郎が思い立ったかのように町内を抜けて駅の方まで進んで行ったのである。
そうなってしまうと家の中から見守るという事が出来なくなってしまうので、何人かの有志がそっと太郎の後をつけていく事になるのだが、勘の鋭い太郎はすぐに見守っている人に気付いて大人に心配をかけないように引き返してしまうのであった。
そのような事が続いた秋の肌寒い日に太郎とたい焼き屋のおじさんが出会ってしまった。
太郎が歩いて行けるギリギリの場所にあるスーパーの駐車場にたまたま店を出していたたい焼き屋。それに気が付いた太郎は生まれて初めて見る露店に興味を持って近付いていったのだ。
「いらっしゃい。坊や、おつかいかい?」
じっと見つめてきていた太郎に気付いたたい焼き屋のおじさんが話しかけたのだが、まだ他人と話すことに慣れていない恥ずかしがり屋だった太郎はその問いかけに首を横に振るだけだった。
「おつかいじゃないのか。そんなに見つめてどうしたのかな。もしかして、たい焼きを見るのが初めてだったりするのかな?」
何度も首を縦に振る太郎を見てたい焼き屋のおじさんは少し困ったような顔をしていた。興味を持った子供がいたからと言って無料でたい焼きをあげてしまっては商売にならない。もしかしたら、この子の親がタダでもらったお礼に何個か買っていってくれるかもしれないのだが、それが起きる可能性よりもこの子にはタダで上げたのだからうちの子にもタダでよこせと言ってくる大人がやって来る可能性の方が高いと思ってしまった。
昔であれば売れ残りをタダで配っていたりもしたのだが、このご時世にそんな事をしてしまえば無料でたい焼きをくれる店と言う間違った情報だけが流れてしまう可能性もあるのだ。それだけは避けなければいけない。
太郎もおじさんも困っているというタイミングで太郎を見守っていたおばさんがたい焼きを買いに現れた。太郎とは顔見知りのおばさんだったのでちゃんと挨拶をすることが出来たのだが、太郎は挨拶をするだけでたい焼きが欲しいとは一言も口にしなかった。
オバサンはそんな太郎の気持ちを察していて、一つ分余計にお金を払っておじさんから太郎に渡すようにお願いしたのである。もちろん、太郎にはそうだと気付かれないようにお願いはしていたのである。
「坊や、そんなに気になるんだったら一つ食べてみるかい?」
おじさんは優しくそう言ったのだが、太郎は少し緊張したような感じでもじもじと手を動かしていた。たい焼きの事が気になっているようだが、知らない人から物を貰うという事が良くないことだと教えられているのでどう答えて良いのかわからない。欲しいという気持ちもあるのだが、知らない人から物を貰ってはいけないという教えを破るわけにはいかないのだ。
「困ったな。このたい焼きは坊やが食べてくれないんだったら捨てるしかなくなっちゃうんだよな。こんなに上手に焼けたたい焼きは誰かが食べてくれないと海に逃がさなくちゃいけないんだけど、おじさんとしては海に帰すよりも誰かに食べてもらいたいんだよな。出来れば、たい焼きを食べたことが無い人に食べてもらいたいんだけど、この近くにはたい焼きを食べたことがある人ばっかりだからどうしたらいいんだろうな」
太郎は自分の他に誰かいるのではないかと思って周りをキョロキョロと見まわしてみたのだが、太郎が見える範囲にいる大人たちはみんなたい焼きを美味しそうに食べていたのだ。顔見知りのおばさんも話をしたことがあるおじいちゃんもおばあちゃんもみんな美味しそうにたい焼きを食べていたのである。
たい焼きを食べたことが無い人に食べてもらわないといけないたい焼き。
それを食べることが出来るのはここら辺では自分しかいない。そう気付いた太郎はたい焼き屋のおじさんのところまで近付いていった。
「お、食べてくれる気になったのかな。それは良かった。じゃあ、コレは君に差し上げよう。いいかい、お父さんとお母さんに言ってはダメだからね」
たい焼きを受け取った太郎はたい焼き屋さんのおじさんに何度もお礼を言ってから熱々のたい焼きを一口かじってみた。
小さな子供の口ではあんこまでたどり着くことが出来なかったのだが、その後すぐたい焼きを食べ進めていくとすぐにあんこが口の中一杯に広がっていった。
熱々で甘いという初めての経験は太郎をすっかり魅了してしまったのだ。
熱いという事もあるのだろうが、ゆっくりと味わいながらたい焼きを食べている太郎の姿を見て、たい焼き屋のおじさんも顔見知りのおばさんも近くにいるおじいさんおばあさんも嬉しそうな顔になっていたのであった。
小さい子供ながらに工藤家の人達に迷惑をかけないようにと遠慮をして暮らしていた太郎は趣味もかねて家の周りを散歩するようになっていた。
小学校に入る前からある程度の読み書きと地図を理解することが出来るという能力があったので遠くに行ったとしても迷うことなく帰ってくることが出来ていた。最初の頃はふらっと家を出ていく太郎の事を心配して探し回っていた工藤家の人達も、いつからか太郎がどこに行っても無事に帰ってこれるという事に気付いて心配する度合いも少しずつ減っていっていた。その事で自分が認められているように感じた太郎の心も徐々に満たされていったのである。
近所の人達もある程度は太郎の境遇を知っていたので心配はしつつも太郎から頼られない限りは見守るようにしていたのである。
今のように人間以外の生き物が平気で街中を歩くような時代ではなかったという事もあるのだが、小さな子供が一人で歩いていても問題はなかった。むしろ、太郎のような小さな子供が一人で出歩いているという事をみんなが知っていたので誰かしらの目が町内を見守っているという状況になっていて、見かけたことが無い怪しい人がいればすぐに情報が共有されていた。防犯面で考えると、常に誰かに見守られている平和な街と言う状態になっているのであった。
そんなある日、いつものように街中をフラフラと散歩していた太郎が思い立ったかのように町内を抜けて駅の方まで進んで行ったのである。
そうなってしまうと家の中から見守るという事が出来なくなってしまうので、何人かの有志がそっと太郎の後をつけていく事になるのだが、勘の鋭い太郎はすぐに見守っている人に気付いて大人に心配をかけないように引き返してしまうのであった。
そのような事が続いた秋の肌寒い日に太郎とたい焼き屋のおじさんが出会ってしまった。
太郎が歩いて行けるギリギリの場所にあるスーパーの駐車場にたまたま店を出していたたい焼き屋。それに気が付いた太郎は生まれて初めて見る露店に興味を持って近付いていったのだ。
「いらっしゃい。坊や、おつかいかい?」
じっと見つめてきていた太郎に気付いたたい焼き屋のおじさんが話しかけたのだが、まだ他人と話すことに慣れていない恥ずかしがり屋だった太郎はその問いかけに首を横に振るだけだった。
「おつかいじゃないのか。そんなに見つめてどうしたのかな。もしかして、たい焼きを見るのが初めてだったりするのかな?」
何度も首を縦に振る太郎を見てたい焼き屋のおじさんは少し困ったような顔をしていた。興味を持った子供がいたからと言って無料でたい焼きをあげてしまっては商売にならない。もしかしたら、この子の親がタダでもらったお礼に何個か買っていってくれるかもしれないのだが、それが起きる可能性よりもこの子にはタダで上げたのだからうちの子にもタダでよこせと言ってくる大人がやって来る可能性の方が高いと思ってしまった。
昔であれば売れ残りをタダで配っていたりもしたのだが、このご時世にそんな事をしてしまえば無料でたい焼きをくれる店と言う間違った情報だけが流れてしまう可能性もあるのだ。それだけは避けなければいけない。
太郎もおじさんも困っているというタイミングで太郎を見守っていたおばさんがたい焼きを買いに現れた。太郎とは顔見知りのおばさんだったのでちゃんと挨拶をすることが出来たのだが、太郎は挨拶をするだけでたい焼きが欲しいとは一言も口にしなかった。
オバサンはそんな太郎の気持ちを察していて、一つ分余計にお金を払っておじさんから太郎に渡すようにお願いしたのである。もちろん、太郎にはそうだと気付かれないようにお願いはしていたのである。
「坊や、そんなに気になるんだったら一つ食べてみるかい?」
おじさんは優しくそう言ったのだが、太郎は少し緊張したような感じでもじもじと手を動かしていた。たい焼きの事が気になっているようだが、知らない人から物を貰うという事が良くないことだと教えられているのでどう答えて良いのかわからない。欲しいという気持ちもあるのだが、知らない人から物を貰ってはいけないという教えを破るわけにはいかないのだ。
「困ったな。このたい焼きは坊やが食べてくれないんだったら捨てるしかなくなっちゃうんだよな。こんなに上手に焼けたたい焼きは誰かが食べてくれないと海に逃がさなくちゃいけないんだけど、おじさんとしては海に帰すよりも誰かに食べてもらいたいんだよな。出来れば、たい焼きを食べたことが無い人に食べてもらいたいんだけど、この近くにはたい焼きを食べたことがある人ばっかりだからどうしたらいいんだろうな」
太郎は自分の他に誰かいるのではないかと思って周りをキョロキョロと見まわしてみたのだが、太郎が見える範囲にいる大人たちはみんなたい焼きを美味しそうに食べていたのだ。顔見知りのおばさんも話をしたことがあるおじいちゃんもおばあちゃんもみんな美味しそうにたい焼きを食べていたのである。
たい焼きを食べたことが無い人に食べてもらわないといけないたい焼き。
それを食べることが出来るのはここら辺では自分しかいない。そう気付いた太郎はたい焼き屋のおじさんのところまで近付いていった。
「お、食べてくれる気になったのかな。それは良かった。じゃあ、コレは君に差し上げよう。いいかい、お父さんとお母さんに言ってはダメだからね」
たい焼きを受け取った太郎はたい焼き屋さんのおじさんに何度もお礼を言ってから熱々のたい焼きを一口かじってみた。
小さな子供の口ではあんこまでたどり着くことが出来なかったのだが、その後すぐたい焼きを食べ進めていくとすぐにあんこが口の中一杯に広がっていった。
熱々で甘いという初めての経験は太郎をすっかり魅了してしまったのだ。
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