百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

第２８話 太郎のいない教室

　工藤太郎とイザーのいない教室はいつも以上に広く感じていた。
　課題を無事に終えた二人が戻ってくるのはもう少し先になるみたいなのだが、誰も二人がいないことを気にしている様子は見られなかった。
　サキュバス界において最高戦力で誰もが超えることの出来ないイザー。それに匹敵するほどの力を備えているレジスタンス寄りの工藤太郎。その両名がいないという事は両陣営にとって最良ではないものの、最悪の状況ではないという事になるのだ。どちらかがいないだけであれば勝負は一方的なものになりかねないのだけれど、二人ともいないのであればいつもと変わらないことになるのである。

「来週になったら新しい課題が発表されると思うんだけど、珠希ちゃんはまた変な課題にされちゃうのかな。私たちで手伝えることがあればいいんだけど、先生たちはサキュバス側だから私たちの介入を認めないようにしてくるんだよね。海でデートってのも次からは海水浴とかに変えられそうだよね」
「それはあるかもしれないね。うまなちゃんは珠希ちゃんの水着姿を見ることが出来なかったって落ち込んでるみたいだったけど、次は温泉に一緒に行くってみんなに言ってるみたいだよ。さすがにそれはどうなんだろうって話になってて、先生たちもそこまで考えてるのは違うんじゃないかって議論になってるんだって」
「うまなちゃんにしてみたら、イザーちゃんがいない今のうちに珠希ちゃんと深い関係になっておこうって考えなのかもしれないね。うまなちゃんは珠希ちゃんとデートをして何か感じた？」

「正直に言うと、デートって感覚ではなかったかな。仲の良いお友達と遊んでるって気持ちだったよ。女の子同士で遊びに行くことをデートっていう事があると思うんだけど、ボクはそうとしか思わなかったな。うまなちゃんは優しくて可愛くていい子だと思うんだけど、付き合える相手かって聞かれたら答えに困っちゃうよね。ボクは付き合うんだったら普通に男の子の方がいいし」
「それは私も同じだよ。別にこの学校のサキュバスの人達みたいに女子が好きな女子がいてもいいと思うんだけど、その気持ちが自分に向けられても答えるつもりはないね」
「私も付き合うとかは無いと思いますよ。このクラスの人達は大丈夫ですけど、一般クラスのサキュバスの人達が珠希ちゃんの事を見てる時の目って怖いんですよね。例えるのなら、ご飯の時間になっても何も用意してないのを怒っている時の猫みたいな目ですよ。実家で飼ってる猫は普段は睨んだりしないのに、餌の時間が遅れると凄い目になるんですよね」
「ごめん、その例えは全然わかんない。愛華が猫を飼ってるってのは聞いたことがあったけど、そんな特徴があるってのは初耳だわ。私の実家も猫を飼ってるけど、そんな反応したことないかも」
「そうなんですね。どこの家もそういうもんなのかと思ってました」

　その後もしばらく猫の話題が続いていたのだが、担任の片岡瑠璃先生が教室にやってきたことでその話は終了した。
　片岡瑠璃先生は誰も座っていない二つの席をじっと見つめながら少し寂しそうな顔で出席簿を確認していた。

「みんなも知っていると思うけど、イザーさんと太郎君はまだ戻ってきていません。残念なことに太郎君は課題を無事にやり遂げてしまいました。こんなに早く達成してしまうとは誰も予想していなかったので先生たちも困惑してしまっているんです。昨日の職員会議でも議題の一つとして取り上げられたのですが、特にこれと言って太郎君に落ち度もなかったのでそのまま次の課題に取り組んでもらうことになりました。サキュバスの中には太郎君が戻ってくることに対して絶望を感じている人がいるかもしれません。レジスタンスの人達は太郎君の帰還を心待ちにしているのかもしれないですね。色々と言われていますが、先生としては自分のクラスの生徒が早めに戻ってきてくれるという事が純粋に嬉しいんです。今回の課題は普通の人間である太郎君には厳しすぎたのではないかと思っていて、先生は職員会議でしばらくの間は太郎君に課題を出さないでおくのはどうだろうかと提案してみました。ですが、悲しいことに先生はまだ職員会議で他の先生方から同意を得られるだけの実績も能力も無かったのです。他の先生方は今回のように普通に行動することが出来るような世界ではなく、生物が極めて少ない苛酷な世界に送って見てはどうかと言う事を言い出してしまったのです。さすがにそれは先生としても看過できないので、ゴミ拾いでもさせてみるのはどうかと提案したのです。色々と言われたりもしましたが、先生は大切な教え子である太郎君のためを思って屈する事は無かったのです」

「先生、そのゴミ拾いって何かの隠語ですか？」
「隠語ではないですよ。“おちているゴミ”を拾うと言うだけの話です。皆さんもゴミ拾いをしたことがあると思うんですが、太郎君にもそれを一人でやってもらおうと提案したんですよ。先生が熱意を持って説得したところ、他の先生方も納得してくれました。それによって、太郎君の次の課題はゴミ拾いという事になりました」

　片岡瑠璃先生の事は信用している工藤珠希ではあったが、どこか含みのある言い方が少しだけ引っかかっていた。
　もう一度質問をしようと鈴木愛華は手をあげようとしたけれど、窓の外に眩しく発光する物体が急に現れたのでそれどころではなくなってしまった。

　眩しすぎる物体は何かを探すかのように漂っていた。
　生徒のみならず教職員もその物体が何なのか観察していたのだが、あまりにも眩しすぎて直接それを見ることは出来なかった。