英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter1

第16章 旅は道連れ世は情け【5】

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「ふぅ……いやぁ、どうにか脱出させることに成功したな!」

 額の汗を拭いながら、マジスターはカッカッカッ! と笑ってみせる。

 僕はあんなマジスターのように笑えるような余裕は無く、あまりの疲労に尻からどっかりと地面に落ち、その場に座り込んで、顔を地面の方に落とした。

「やったやった! 作戦大せいこ~うっ!!」

 声が聞こえ、頭を上げてみると、ルーナが車の運転席から飛び出し、ダッシュで僕の元に飛び込んできた。

「ははは……さすがはルーナ、まさに発想の勝利ってやつだね……ふぅ……」

「ふふっ、ありがとう! ロクヨウもよく頑張ったわ」

 するとなんと、あのルーナがあろうことか、優しい手つきで僕の頭を撫でてきたのだ。

「ルーナっ!?」

「どうしたのよ驚いたりなんかして?」

「いや……えっと……ありがたや……」

「なによそれ?」

 微笑みながら、ルーナは僕の頭を撫で続ける。

 多分一週間前の僕だったら、ルーナの手が近づいてきただけでぶたれるんじゃないかと、内心怯えていたかもしれないが、しかし今は何の疑いも無く、むしろカムバックな勢いで受け止めることができる。

 これが信頼の力ってやつか……僕は今、幸せだっ!

「皆さん本当にありがとうございます! おかげで助かりました!」

 そう言って、車の持ち主の男はペコペコ僕達一人一人に向かって、頭を下げていた。

「いやなんのなんの! それよりあんた、先を急いでいたのではないか? 早く行った方が良いんじゃ?」

 マジスターがそう促すと、男は「ああ……」と呟き、苦笑いを浮かべた。

「いえ……もう今日はここら辺で車中泊をしようと思います。また居眠りをして側溝に落ちたら一溜りもありませんし、それにどんなに頑張っても、今日中にはアクトポートには辿り着けそうに無いですからね」

「んん? なんだあんたもアクトポートを目指しておったのか! 実はわし達も今、アクトポートへ向かう道中だったんだ!」

「あっ、そうでしたか! それは奇遇で……おや?」

 すると男は何か気になることがあったのか、マジスターに近づき、まじまじと全身を眺め始めた。

「どうした急に?」

「いえ……その服、どこかで見たことがあって……えっと……あっそうだ! その服、マグナブラの兵士のっ!!」

 そう、マジスターとついでに僕も、マグナブラを脱走してからずっと、その時に着用していたマグナブラ兵士の制服を一張羅として使い続けている。(洗濯は一応している) 

 だからまあ、マグナブラの兵士に間違われることはあるだろうけれど、しかし男のその反応の過剰さに、僕は少し違和感を持った。

 なんだか……恐れているような、そんな雰囲気を感じる。

「もしかして君達は……マグナブラの兵士なのかい?!」

「どうした? 急に声を荒げて?」

「はっ……あ……あぁ……すいません」 

 マジスターに指摘され、男は我に返り、落ち着きを取り戻した。

「わしらは兵士の服を着ているが、兵士では無い。そうだな……ちょっとした、いさかいに巻き込まれてしまってな……それで兵団にはいられなくなったのだ」

 言葉を慎重に選びながら、マジスターは遠回しに、しかし偽りは無く、彼に説明する。

 実際本当に、僕達は国家規模のいさかいに巻き込まれて、あの国を追い出されたようなものだし、まったく嘘のようで、本当の話だからな。

 なんだっけ……事実は小説より奇なりだっけ? ホント、そう思うよ。

「そう……ですか」

 すると曖昧な説明であったのにも関わらず、男は納得しており、更にこう続けた。

「僕と……同じだ。境遇は違えど、僕もあの国を出て来たんです。その……自分の思っていることと、あの国がやろうとしていることは違ったから……」

「自分の思っていること? あんた……一体何者だ?」  

 マジスターに問われると、男は躊躇いにも似た間を空け、そして覚悟を決めたのか、眼鏡のブリッジ部分を右の人差し指でくいっと上げ、答えた。

「僕は……練魔術師です。あの国で、研究をしていた」

「練魔術師……あんたが」

 練魔術師……練魔術を研究する連中のことを、総じてそう呼ぶらしい。

 マグナブラも練魔術の先進国となってからは、数多くの練魔術師が出入りしており、主に彼らは研究所と呼ばれる場所にずっと籠って、日々練魔術の研究というものをやっているとか。

 僕には練魔術師の知り合いがいなかったのもあり、こうやって目の前で見るのは初めてだったが……まあ、普通の一般市民と見た目はさほど変わらない。

 特徴と言うと……やっぱり白いコートのような、あの服だろうか?

「そうか! ではその着ている服は、白衣だったのか! いやぁ……コートと見間違えてしまったわい」

 マジスターが丁度今、僕が気になっていた白いコートのことを言及すると、男はこれのことかと、コートの襟の部分を右手で摘まんだ。

「僕の白衣はわざとコートに似せてるんです。その……そうすることによって、一般人だと偽装することができますし」

「なるほど」

「それに研究所では、その研究所内で支給された白衣を着させられますから、これは僕にとって私服の白衣なんです」

「私服の白衣……とな?」

「ええ、私服は私服でいいと思うのですが、白衣コイツを着ていないとどうにも落ち着かなくて……」

「なるほど、それで偽装してまで私服でも白衣を着ているのか! カッカッカッ! 大したプロ根性だ!」

「ははは、そう言っていただけると嬉しいです。周りからは、ただのマニアだと呼ばれてましたから」

 マジスターが豪快に笑うのに対して、男は静かに笑う。

 しかしそれは愛想笑いというわけではなく、本当の喜びから出ている笑いだと、僕は彼の顔を見て判断した。

「こうやって会えたのも何かの縁だ。わしはアトス・マジスターだ、よろしくな!」

「えっ……ああ……僕は……僕はアズール。アズール・マンハットです」

「アズール・マンハット……? どこかで聞いたことがあるような……」

 マジスターは右の人差し指をこめかみ部分にくっつけ、ぐりぐりと回し、数秒沈黙した後に、はっとその動きを止めた。

「そうだマンハット術師! 確か、超小型魔石機構の開発者だっ!」

「超小型魔石機構?」

 僕が座ったままそう尋ねると、マジスターは僕を……正確には僕の右腕を指差しながら言った。

「コヨミ、お前の腕に着けているマテリアルガントレットを開発したのも彼だ! 彼は今まで、二メートルも三メートルもする魔石機構を、掌サイズにまで縮小させることに成功した、正真正銘、本当に物凄い練魔術師なのだ!」

「えええええええええっ!?」

 衝撃の事実を知り、僕は座っていたのに、その場で跳ねてしまいそうなほど驚愕した。

 僕がこれまで、幾度となく頼りにし、助けられた、防具にして武器でもある装備品、マテリアルガントレット。

 まさかその開発者が、こんなマグナブラから遥か遠く離れた、何も無い草っぱらで脱輪を起こして困ってたところを、偶然通りかかった僕達が救助するなんて……人生ホントに、何が起こるか分からないなぁ。
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