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第2章 魔界への旅立ち
002【2】
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「……俺が説明しよう。ここにいるカコさんはお前の母親であり、そうではない。シュンジの最後の力とカコさんの強い意思が作り出した幻影なんだ」
グレイは今にも崩れ落ちそうなカコの気持ちを図って説明に乗り出す。
「父さんと母さんの作った……幻影?」
「あぁ……お前を育てあげるためにシュンジはベルゼブブにやられた後、カコさんの魂を魔物として召喚したんだ。強い人間の意思は時に魔物となって変化するものだからな」
悪魔などはその典型であり、人間の強い煩悩や私欲が形となっている悪魔はそう少なくはない。幽霊もこの概念に当てはまり、意思の強い霊は現世に留まるという。
今キョウスケが前にしている母親も、それらと変わらない。
存在自体が人間ではなく、魔物。オカルトの存在だったのだ。
「で……でもグレイ、この家には強力な魔除けが張ってあるって言ってたじゃないか!だったら……母さんが魔物だったら入れないはずなんじゃないの!?」
キョウスケの気持ちは荒れに荒れる。現実に抗うが如く。
だが、それでもグレイは冷静に言葉を返す。
「だから言っただろう幻影とな。そのカコさんは、魔物になったカコさんが今もどこかで映し出している映像なんだ。魔力を込められた、実体のあるな」
魔除けは通常、魔物がその場所へ直接踏み込むと弾き返すという性質を持っている。だが魔物が作り出した映像となるとそれは変わってくる。
魔除けは魔物自体を防ぐことはできるが、魔力を防ぐことはできない。
つまりカコの幻影は魔力の塊であるがゆえ、この家を出入りすることができたのだ。
「そんな……」
キョウスケは落胆する。
今まで唯一の肉親だった母親は、本当は父親よりも先にこの世を去っていた。
もうこの世界に、キョウスケの親など存在しない。その寂しさと悲しさたるや、とても計り知れるものでは無かった。
そんなキョウスケを見て、カコは自分の涙を両手で拭い去る。
「ほら男の子なんだから泣かないの!もう……やっぱりまだまだ子供ね」
カコはキョウスケの頬に触れる。
キョウスケの温かい涙が溢れ、流れ出てくる。
「ぐす……母さんだって泣いてたじゃないか」
キョウスケは母親の腫れた目を見ながら言い返す。
幻影であろうとなんであろうと、そこにいるのはキョウスケにとっては唯一無二の母親だった。
「……キョウスケこれは絶対叶うというわけじゃないが期待せずに聞いてくれるか?」
「……うん」
二人のあまりにも悲しい姿に、グレイは口を挟まずにはいられなかった。少しでも、キョウスケには希望を持って欲しかった。
「カコさんは魔物になって今も幻影を映し出していると言ったな。しかし逆手にとって考えると、カコさんは魔物になってどこかで生きているということにもなるんだ」
「っ!!そっそうか!」
キョウスケの悲しい涙の流れが止まり、彼の中に一筋の希望の光が照らされる。
だがその光は今にも消えてしまいそうな、か細い光ではあった。
「ただキョウスケ、この可能性は絶対ではない。現に俺は魔界の色々な場所を逃げて回ったがカコさんらしい魔物を見たことはないし、感じ取ったこともなかった。だからどこにいるのかも分からないし、まして本当にいるのかすらも分からない」
グレイはキョウスケに釘を刺す。
それはあまりにも過大な希望を持ちすぎて、失望した時のキョウスケを考えたグレイの優しさだった。
「うん……だけど母さんは生きてるかもしれない。それが分かっただけでも僕は嬉しいし、魔界を旅する理由にもなるよ。あっ!もちろんベルゼブブを倒すためなんだけどさ」
必ずでなくとも、それはキョウスケの目にもう一度光を与えた。
辛い現実の中では、僅かな希望も困難を乗り越える糧となる。
「母さん……必ず僕、母さんを探し出して父さんと母さんを殺したベルゼブブを倒すから」
「ふふっ……ホントシュンジさんに似てきたわねキョウスケ。でもシュンジさんみたいに無茶はしちゃダメよ。それだけが母さん心配だわ」
カコにも笑顔が戻ってくる。成長した我が子を見るのはやはり母親にとって最大の喜びであった。
「大丈夫だよ母さん、僕にはグレイもいるし、なんて言ったって父さんと母さんの子だもん。ちょっと無理はしちゃうかもだけど……」
「無理はほ・ど・ほ・どに……ね?」
「はい……」
その光景はいつもと変わらない、親子の光景だった。この時間が一瞬だとしても、それはかけがえのない時間であったことに変わりはない。
「じゃあケルベロス……いや、グレイさん。またシュンジさんのようにキョウスケをよろしくお願いしますね」
カコはグレイに向き直り、一礼する。
するとグレイもその小さな頭を下げる。
「はい、必ずキョウスケは命に代えても守ります。そして……キョウスケをあなたの元にもう一度導きます」
これはグレイにとって約束であると同時に決心でもあった。
両親を失ったキョウスケに、またこれ以上の悲しみを背負わせないため。そして、夫を亡くした悲しみを背負ったカコにまた同じ、いやそれ以上の悲しみを負わせないための固く、強い決心なのだった。
「やっぱりグレイさんは頼もしいわね。キョウスケ、ちゃんとグレイさんの言うことを聞くのよ?グレイさんはあなたにとってお兄さんみたいなものなんだから」
「えぇ……犬のお兄さんかぁ……」
「犬じゃないケルベロスだ。お兄さんの言うことはちゃんと聞けよキョウスケ」
「はい……」
初めて三人の中に笑いが起こる。
まるで先程までの悲しい話が嘘であるかのような、幸せな空間がそこには広がっていた。
「そうだ!ちょっと待ってなさいキョウスケ」
するとカコは何かを思い出したかのように、家の中へと入っていく。
「何だろう急に?」
「さぁな?」
家の中からはバタバタとカコが走り回る足音が聞こえ、その間キョウスケとグレイは大人しくその場で待っていた。
「お待たせ!はいこれを持って行きなさい!」
カコがもう一度外に出てきたのは何十分も経ってからだった。
カコは膨らんだバックパックをキョウスケに手渡す。
「中に非常食と救急箱、あとアウトドアで使う備品なんかも入ってあるから」
「い……いくらなんでも多すぎない?」
「何言ってるのキョウスケ、旅は用心に越したことないわ。現にシュンジさんもお腹が空いて行き倒れになりかけたこともあったのよ?」
「そうなんだ……」
経験者を間近で見てきた人の言葉は重い。
キョウスケは手渡されたバックパックを受け取り、背負う。
やはりそのパンパンのバックパックは、見た目通り重かったが背負えないほどではなかった。
「それじゃあ……しばらく会えないかもだけど、母さん行ってくるよ」
「うん……行ってらっしゃいキョウスケ!」
キョウスケは母親に見送られながら、家を後にする。毎日キョウスケの見送りをしているカコだったが、今この見送りだけは特別だった。
「本当に……わたしは幸せ者ね。あんな素晴らしい子を持てて、しかも死んだというのにこうやって子供の晴れ舞台に立ち会えるんですもの」
心の底からカコは思う。
死してもなお、魔物になってもなお、我が子の成長を見守ることができた。それが例え近い場所でなくても、魔力を介して感じることができた。
それは母親にとって、何よりも喜びだったのだ。
「シュンジさん……キョウスケは立派に育ちましたよ……」
紅に染まる空を見ながら、志半ばでこの世を去った夫に向けて一人呟く。
「さて……それじゃああの子が来るまでわたしも一休みさせてもらいます。きっとあの子ならわたしを見つけてくれるから……」
そう言って、カコは家の鍵をかける。
そしてそのまま、彼女の姿はその場から無くなってしまった。
幻影は役目を終え、元の場所へと戻って行ったのだった。
グレイは今にも崩れ落ちそうなカコの気持ちを図って説明に乗り出す。
「父さんと母さんの作った……幻影?」
「あぁ……お前を育てあげるためにシュンジはベルゼブブにやられた後、カコさんの魂を魔物として召喚したんだ。強い人間の意思は時に魔物となって変化するものだからな」
悪魔などはその典型であり、人間の強い煩悩や私欲が形となっている悪魔はそう少なくはない。幽霊もこの概念に当てはまり、意思の強い霊は現世に留まるという。
今キョウスケが前にしている母親も、それらと変わらない。
存在自体が人間ではなく、魔物。オカルトの存在だったのだ。
「で……でもグレイ、この家には強力な魔除けが張ってあるって言ってたじゃないか!だったら……母さんが魔物だったら入れないはずなんじゃないの!?」
キョウスケの気持ちは荒れに荒れる。現実に抗うが如く。
だが、それでもグレイは冷静に言葉を返す。
「だから言っただろう幻影とな。そのカコさんは、魔物になったカコさんが今もどこかで映し出している映像なんだ。魔力を込められた、実体のあるな」
魔除けは通常、魔物がその場所へ直接踏み込むと弾き返すという性質を持っている。だが魔物が作り出した映像となるとそれは変わってくる。
魔除けは魔物自体を防ぐことはできるが、魔力を防ぐことはできない。
つまりカコの幻影は魔力の塊であるがゆえ、この家を出入りすることができたのだ。
「そんな……」
キョウスケは落胆する。
今まで唯一の肉親だった母親は、本当は父親よりも先にこの世を去っていた。
もうこの世界に、キョウスケの親など存在しない。その寂しさと悲しさたるや、とても計り知れるものでは無かった。
そんなキョウスケを見て、カコは自分の涙を両手で拭い去る。
「ほら男の子なんだから泣かないの!もう……やっぱりまだまだ子供ね」
カコはキョウスケの頬に触れる。
キョウスケの温かい涙が溢れ、流れ出てくる。
「ぐす……母さんだって泣いてたじゃないか」
キョウスケは母親の腫れた目を見ながら言い返す。
幻影であろうとなんであろうと、そこにいるのはキョウスケにとっては唯一無二の母親だった。
「……キョウスケこれは絶対叶うというわけじゃないが期待せずに聞いてくれるか?」
「……うん」
二人のあまりにも悲しい姿に、グレイは口を挟まずにはいられなかった。少しでも、キョウスケには希望を持って欲しかった。
「カコさんは魔物になって今も幻影を映し出していると言ったな。しかし逆手にとって考えると、カコさんは魔物になってどこかで生きているということにもなるんだ」
「っ!!そっそうか!」
キョウスケの悲しい涙の流れが止まり、彼の中に一筋の希望の光が照らされる。
だがその光は今にも消えてしまいそうな、か細い光ではあった。
「ただキョウスケ、この可能性は絶対ではない。現に俺は魔界の色々な場所を逃げて回ったがカコさんらしい魔物を見たことはないし、感じ取ったこともなかった。だからどこにいるのかも分からないし、まして本当にいるのかすらも分からない」
グレイはキョウスケに釘を刺す。
それはあまりにも過大な希望を持ちすぎて、失望した時のキョウスケを考えたグレイの優しさだった。
「うん……だけど母さんは生きてるかもしれない。それが分かっただけでも僕は嬉しいし、魔界を旅する理由にもなるよ。あっ!もちろんベルゼブブを倒すためなんだけどさ」
必ずでなくとも、それはキョウスケの目にもう一度光を与えた。
辛い現実の中では、僅かな希望も困難を乗り越える糧となる。
「母さん……必ず僕、母さんを探し出して父さんと母さんを殺したベルゼブブを倒すから」
「ふふっ……ホントシュンジさんに似てきたわねキョウスケ。でもシュンジさんみたいに無茶はしちゃダメよ。それだけが母さん心配だわ」
カコにも笑顔が戻ってくる。成長した我が子を見るのはやはり母親にとって最大の喜びであった。
「大丈夫だよ母さん、僕にはグレイもいるし、なんて言ったって父さんと母さんの子だもん。ちょっと無理はしちゃうかもだけど……」
「無理はほ・ど・ほ・どに……ね?」
「はい……」
その光景はいつもと変わらない、親子の光景だった。この時間が一瞬だとしても、それはかけがえのない時間であったことに変わりはない。
「じゃあケルベロス……いや、グレイさん。またシュンジさんのようにキョウスケをよろしくお願いしますね」
カコはグレイに向き直り、一礼する。
するとグレイもその小さな頭を下げる。
「はい、必ずキョウスケは命に代えても守ります。そして……キョウスケをあなたの元にもう一度導きます」
これはグレイにとって約束であると同時に決心でもあった。
両親を失ったキョウスケに、またこれ以上の悲しみを背負わせないため。そして、夫を亡くした悲しみを背負ったカコにまた同じ、いやそれ以上の悲しみを負わせないための固く、強い決心なのだった。
「やっぱりグレイさんは頼もしいわね。キョウスケ、ちゃんとグレイさんの言うことを聞くのよ?グレイさんはあなたにとってお兄さんみたいなものなんだから」
「えぇ……犬のお兄さんかぁ……」
「犬じゃないケルベロスだ。お兄さんの言うことはちゃんと聞けよキョウスケ」
「はい……」
初めて三人の中に笑いが起こる。
まるで先程までの悲しい話が嘘であるかのような、幸せな空間がそこには広がっていた。
「そうだ!ちょっと待ってなさいキョウスケ」
するとカコは何かを思い出したかのように、家の中へと入っていく。
「何だろう急に?」
「さぁな?」
家の中からはバタバタとカコが走り回る足音が聞こえ、その間キョウスケとグレイは大人しくその場で待っていた。
「お待たせ!はいこれを持って行きなさい!」
カコがもう一度外に出てきたのは何十分も経ってからだった。
カコは膨らんだバックパックをキョウスケに手渡す。
「中に非常食と救急箱、あとアウトドアで使う備品なんかも入ってあるから」
「い……いくらなんでも多すぎない?」
「何言ってるのキョウスケ、旅は用心に越したことないわ。現にシュンジさんもお腹が空いて行き倒れになりかけたこともあったのよ?」
「そうなんだ……」
経験者を間近で見てきた人の言葉は重い。
キョウスケは手渡されたバックパックを受け取り、背負う。
やはりそのパンパンのバックパックは、見た目通り重かったが背負えないほどではなかった。
「それじゃあ……しばらく会えないかもだけど、母さん行ってくるよ」
「うん……行ってらっしゃいキョウスケ!」
キョウスケは母親に見送られながら、家を後にする。毎日キョウスケの見送りをしているカコだったが、今この見送りだけは特別だった。
「本当に……わたしは幸せ者ね。あんな素晴らしい子を持てて、しかも死んだというのにこうやって子供の晴れ舞台に立ち会えるんですもの」
心の底からカコは思う。
死してもなお、魔物になってもなお、我が子の成長を見守ることができた。それが例え近い場所でなくても、魔力を介して感じることができた。
それは母親にとって、何よりも喜びだったのだ。
「シュンジさん……キョウスケは立派に育ちましたよ……」
紅に染まる空を見ながら、志半ばでこの世を去った夫に向けて一人呟く。
「さて……それじゃああの子が来るまでわたしも一休みさせてもらいます。きっとあの子ならわたしを見つけてくれるから……」
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