ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第1部 青春の始まり篇

 第2章 禁断の屋上ランチ【5】

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「ところで天地はどうなんだよ、お前にとって豊かって」

 多分こんな質問をしてくるという事は、天地には天地なりの考えがあるのだろう。あの悄然たる表情から考えるに、いつもの突発的な思い付きでは無い事は間違いない。

「そうね……わたしにとって豊かっていうのは感情だと思うの」

「感情?」

 これはこれは意外や意外な答えが返って来たもんだ。まるで敬遠球を投げたのに、すっぽ抜けてバッターが打って、それが豪速球のピッチャライナーになった投手の様な気分だ。

 感情なんて言葉を、まさか天地から聞けるなんて。こりゃ明日一雨来るか?と定番の文句を謳ってみたが、そういえば明日も晴れだと朝の情報番組でお天気お姉さんが言っていたのを俺は瞬時に思い出した。

「感情ってわたしは生物の大切なコミュニケーションツールだと思ってるの。例えば犬って喋れないのに、表情とか行動で飼い主に自分の気持ちを伝えようとするじゃない?犬と人間、どちらも異なる生物だから考えてる事も分からないし、ましてや犬は言語での表現が出来ない。それでも両方とも感情というコミュニケーションツールを持っているからこそ、行動や表情だけでお互いの意思疎通を図る事が出来るのよ。これ程までに他の生物と繋がり合える様な豊かなものって早々無いでしょ?」

「ふむ……確かに分からん事も無い気がする。俺のばあちゃんが柴犬を飼っているんだけどさ、俺がばあちゃんの家に行く度にいつもそいつ、尻尾を振って俺を出迎えてくれるんだ。そんな姿を見て俺も、アイツは俺が来たのを喜んでくれてるんだなって思うしな」

「尻尾でしっしって追い払ってるのかもしれないわよ?」

「どんだけ嫌われてるんだよ俺はっ!」

 顔を見ただけで毛嫌いするなんて、そりゃよっぽどの事をしないとそうはならないぞ。

「まっそういう事よ岡崎君。つまり感情は言語を使わずとも通じ合える、豊かなコミュニケーションツールなの。勿論それは人間同士も適用されるとわたしは思ってるの」

 そういう事ってどういう事だよ……あの柴犬は絶対俺の事好きだからな。これだけは保証できる。

「人間同士もね……あっ……」 

 そして天地の理論を大方聞いた俺は、そこで気づく。天地が最初に俺に宣言し、そして異常なまでのこだわりを持っているあの感情について。

「そうか……だからお前は『怒り』ってのに異常にこだわってるんだな」

 入学初日に天地から訊かれた質問、『あなた、他人に本気で怒りを覚えた事って無い?』あの一言。もう早くも脳内にこびり付いているこの台詞はそういう事だったのかと、約一週間程経ってその質問の意図がようやく分かった俺だった。

「そうよ。怒りっていうのは感情の中でも格段に爆発的なエネルギーを持ってる感情じゃない?そんな爆発的なエネルギーを用いたら、人はもっと感情を通して深く繋がり合えるんじゃないかって思ったのよ」

 なるほど、分からん。

「そうね……岡崎君レベルでも分かるように説明すると、例えば愚痴を言い合える仲間って心を許している相手じゃないとそういう関係にはなれないじゃない?」

「まぁ……そうだな」

 取りあえず同意しておき、天地はさらに続ける。

「でも愚痴っていうのは、何かしらを対象にした怒りが生み出すものなのよ。だから結局のところ、それは怒りという強烈な感情を共有して心を許せるまでの仲になったって事と同義だとわたしは思うわけ」

 なんとなくだが、言いたい事のニュアンスは汲み取れた気がする。しかしそれは、他の感情でも代弁出来るのではないかと訊き返したのだが、天地は首を横に振った。

「喜哀楽、それらの感情はエネルギー的には全て、その場のお茶を濁す程度のエネルギーしか持ち合わせていないから、共有するまでの形には至らないのよ。例えばあれ楽しかった~とか、これ泣けたんだよね~って話ばかりを会話中ずっと出来るかって言われたら不可能でしょ?でも愚痴ってなると、そのエネルギーが発散されるまで永遠と会話が絶える事って無いじゃない?」

「確かにそうかもしれないな……」

 思い当たる節は在った気がする。女子が昨日の映画の話をしていたら、それが紆余曲折して、結果会話の大半は教師の悪口をしこたま並べて楽しんでいたという風景を、俺は過去に見た事がある気がする。

 あの当時は会話を聞いていて、おっかないなぁ程度の感想しか思い浮かばなかったものだが……うん、今思い出してもやっぱりおっかないな女子ってのは。

 兎にも角にも、天地の挙げた仮説は俺の中では頷けるものがあった気がするし、これ以上否定する気力も俺は持ち合わせていなかった。

 難しい事を考えたせいか、先程まで腹に入れていた食事の糖分が全て脳で失われちまった……この後の授業、最後までもつかどうか怪しいなこれでは。

「はいこれ」

 すると天地は、弁当箱と一緒に持っていた小さな巾着袋から黄金色をした飴を一つ取り出し、俺に手渡してきた。

「頭を使った時は糖分接種よ。わたしの頭でも四分の一程度の思考処理能力を用したんだから、岡崎君だったらオーバーヒート直前ってところかしらね」

「あれほどの事喋っておいて四分の一って……お前の頭の中にはナノマシンでも入ってるんじゃないのか?」

「ナノマシンにも勝る脳を持ってるからそんなものいらないわ」

「そりゃあ未来人もビックリだなっ!」

 俺みたいな凡庸な人間は、いつかそういう物に頼る日が来るんだろうなと未来に黄昏つつ、天地から貰った飴の包みを開く。

 飴は黄金糖という、名前の通りの色をした飴だった。しかしチョイスが渋いな……。

「子供の頃から頭を良く使った時は、わたしはこれを食べているの。一種の習慣ね。わたしにはフルーティな香料なんて必要ないもの」

 女子らしからぬ発言と言えばそうなのかもしれないが、そういう型に嵌る様な奴じゃない事は既に重々承知しているし、別にショックを受ける要素も突っ込む要素も無い、天地のありふれた発言の一つだと俺には解釈出来た。
 
 それから俺は包みを開けた黄金糖を口に入れ、その砂糖と水飴だけの純粋な甘味を堪能する。確かに、十分な味わいだ。

 真昼間の、少し西に傾き始めた天照る太陽が俺と天地、そしてその先の蒼穹と街並みに光を与える。

 お互い喋り疲れた俺達は、そんな光のある風景を二人で黙って鑑賞しつつ、その後の昼休みは更けていった。

 そしてこれは後から思い出した事なのだが、結局俺は天地が本当にお嬢様だったのかどうかを知らずじまいのまま、話は終わっていた。

 途中から話の内容を挿げ替えられ、はぐらかされた気がしなくもないが……まぁ、またいつか機会があれば訊いておく事にしよう。どうせまた、明日の朝には何かイタズラを仕掛けて、教室で俺が登校して来るのを待ってるだろうからな。
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