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第1部 青春の始まり篇
第4章 一人ぼっちの女の子【5】
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それは天地魔白がまだ幼い頃、正確に言うなれば、小学四年生になった時。
その頃までの天地の周囲の環境は、本当にどこにでもある様な平凡な家庭そのものだったという。異なる部分と言えば、父方の両親は既に他界しており、父親はその工場を継いでいたそうだ。
工場の名前は天地電産。まだこの頃は上場にも満たない、小さな町工場だったそうだ。
景気が下火になりつつあったこの時、周囲の町工場は大企業からの下請けすら受けれなくなった事により、次々と工場をたたんでいたという。その中で天地の父親は、なんとか天地電産を守り抜くべく、町工場の運営で手一杯となっていたが、それでも時間の隙を伺っては、愛妻と愛娘とのコミュニケーションをとっていたという。
だが、そんな日常が一変したのがその年の春の日の出来事だったらしい。日付は五月三日。その日は国民の休日の一つ、憲法記念日にあたる。つまり、ゴールデンウィークの初日だ。
天地の母親が交通事故に遭ったのだ。それも、かなり大きな交通事故。俺も天地からその事故の話を聞いた時、すぐにその内容を思い出す事が出来た。当時の俺はアホばかりやっていて、ロクにニュースも見なかった小学生坊主だったのだが、そんなやつの記憶にも刻まれるくらいに悲惨な、そんな事故だったのだ。
死者は二桁にものぼり、そしてその中に……天地の母親もいたそうだ。
その事件を引き金に、天地の家族内関係は一変した。その急変っぷりは俺が聞くからにまるで、何処かの部品が破損し、止まりようの無くなった暴走特急の様な勢いの変化だった。
事故の数日後、母親の葬儀が終わった直後、天地の父親は工場から幾日も幾日も帰って来る事は無くなったという。まるで何かに憑りつかれたかの様に、仕事をこなしていたらしい。
だが天地は、そんな何かに憑依されたかの如く働いている父親を、最初は止めようとはしなかったらしい。天地の母親がいなくなり、父親も悲しんでいる。その悲しみを埋める為に、今はがむしゃらに働いているんだと、そう理解していたらしい。とてもじゃないが、小学四年生とは思えない程の配慮である。
しかしその天地の配慮は結果、父親の奇行を更にエスカレートさせる事となったのだ。
それから半年が過ぎ、挙句の果てに全く家に帰る事が無くなった父親。それを見兼ねて、天地の母方の両親、つまり天地の祖母と祖父が天地の父親に文句をつけたのだ。だが、馬の耳に念仏と態度で示すが如く、働く手を止めない父親。
そんな父親の行動に我慢の限界をむかえた母方の祖父母は、強制的に天地を引き取る事にしたのだ。そしてその祖父母の行動を知っていて尚且つ、父親は何も反対してくる事は無かったそうだ。
しかしそこに天地の意思は全く配慮されてなかったという。こんな状態になりながらも、それでも父親と、もう一度家族で暮らす事を天地は諦めていなかった。
そして遂に天地は、町工場から一大企業へと進化を遂げつつあった父親の会社へ直接乗り込んだんだ。自分の本当の思いの丈を父親に伝える為に。
だがその時にはもう父親は別宅を構え、娘と面会する事すらも拒否していた。全てのトライが……全滅。
それでも粘って……粘って……粘り続けたある日、外出する為に会社から出てきた父親を、天地はついに捕らえたのだ。
その日の日付も天地は憶えていた。十二月二十四日。クリスマスイブ。その年の冬は異常に寒く、その日も雪がちらついていたそうだ。
外で待ち続け、凍えてしまいそうだった天地だったが、そんなもの全てを押さえつけ、天地は父親に、自分の全ての思いの丈をこの一言に注いだそうだ。
「一緒に帰ろうよ、お父さん!」
その言葉が届いたのか、父親はその時ついに、外出先へ向かう足を止め、天地と正面に向かい合ったそうだ。
報われた。全ての苦労が報われ、そして父親を取り戻す事が出来た。そう思った天地は思わず涙を流しそうになったらしい。
だが、それは天地が勝手に思い込んだだけの事。次の瞬間、父親の放った一言で、天地の涙は一気に引っ込んだという。
「わたしに娘などいない」
父親は、天地の存在すらもこの日、否定したのだ。
その一言を聞いて、天地はその場で膝から崩れたそうだ。
絶望は遂に、失望へとシフトチェンジした。
目から出そうになっていた涙は引っ込み、その代わりに大きな精神的ショックを受けたため、意識が朦朧としたらしい。
そんな天地を見ても父親はこれ以上何も言わず、何も気にする事も無く、天地に背を向けて外出先へと歩を進めたそうだ。
事実上の、絶縁。
天地はしばらくその場から動けなかった。目の前にある天地電産の社屋がまるで、寒さで凍えてこの場で果てる天地の姿を嘲笑い、見下すかの様に、その場にそびえ立っていたそうだ。
父親は娘よりも、家族よりも、このビルを選んだ……このビルが憎い……わたしを捨てた父親が憎い……全てが憎しみで包まれたその瞬間、天地の心に宿ってしまった。
復讐という名の、恐ろしい悪魔が。
この会社を乗っ取り、自分を、家族を捨てた父親を破滅させる……そんな算段が天地の中で生まれたのだ。
その算段がついた時、膝から崩れていた天地は、その場から立てる力を急に得たらしい。復讐の火が天地の動力となったのだ。
幽天から落ちてくるのは、水よりも冷たく、寂しい粒。そんな白い粒がしんしんと降る中、天地はしばらく立って、目の前に佇むビルを見据えていたという。
その頃までの天地の周囲の環境は、本当にどこにでもある様な平凡な家庭そのものだったという。異なる部分と言えば、父方の両親は既に他界しており、父親はその工場を継いでいたそうだ。
工場の名前は天地電産。まだこの頃は上場にも満たない、小さな町工場だったそうだ。
景気が下火になりつつあったこの時、周囲の町工場は大企業からの下請けすら受けれなくなった事により、次々と工場をたたんでいたという。その中で天地の父親は、なんとか天地電産を守り抜くべく、町工場の運営で手一杯となっていたが、それでも時間の隙を伺っては、愛妻と愛娘とのコミュニケーションをとっていたという。
だが、そんな日常が一変したのがその年の春の日の出来事だったらしい。日付は五月三日。その日は国民の休日の一つ、憲法記念日にあたる。つまり、ゴールデンウィークの初日だ。
天地の母親が交通事故に遭ったのだ。それも、かなり大きな交通事故。俺も天地からその事故の話を聞いた時、すぐにその内容を思い出す事が出来た。当時の俺はアホばかりやっていて、ロクにニュースも見なかった小学生坊主だったのだが、そんなやつの記憶にも刻まれるくらいに悲惨な、そんな事故だったのだ。
死者は二桁にものぼり、そしてその中に……天地の母親もいたそうだ。
その事件を引き金に、天地の家族内関係は一変した。その急変っぷりは俺が聞くからにまるで、何処かの部品が破損し、止まりようの無くなった暴走特急の様な勢いの変化だった。
事故の数日後、母親の葬儀が終わった直後、天地の父親は工場から幾日も幾日も帰って来る事は無くなったという。まるで何かに憑りつかれたかの様に、仕事をこなしていたらしい。
だが天地は、そんな何かに憑依されたかの如く働いている父親を、最初は止めようとはしなかったらしい。天地の母親がいなくなり、父親も悲しんでいる。その悲しみを埋める為に、今はがむしゃらに働いているんだと、そう理解していたらしい。とてもじゃないが、小学四年生とは思えない程の配慮である。
しかしその天地の配慮は結果、父親の奇行を更にエスカレートさせる事となったのだ。
それから半年が過ぎ、挙句の果てに全く家に帰る事が無くなった父親。それを見兼ねて、天地の母方の両親、つまり天地の祖母と祖父が天地の父親に文句をつけたのだ。だが、馬の耳に念仏と態度で示すが如く、働く手を止めない父親。
そんな父親の行動に我慢の限界をむかえた母方の祖父母は、強制的に天地を引き取る事にしたのだ。そしてその祖父母の行動を知っていて尚且つ、父親は何も反対してくる事は無かったそうだ。
しかしそこに天地の意思は全く配慮されてなかったという。こんな状態になりながらも、それでも父親と、もう一度家族で暮らす事を天地は諦めていなかった。
そして遂に天地は、町工場から一大企業へと進化を遂げつつあった父親の会社へ直接乗り込んだんだ。自分の本当の思いの丈を父親に伝える為に。
だがその時にはもう父親は別宅を構え、娘と面会する事すらも拒否していた。全てのトライが……全滅。
それでも粘って……粘って……粘り続けたある日、外出する為に会社から出てきた父親を、天地はついに捕らえたのだ。
その日の日付も天地は憶えていた。十二月二十四日。クリスマスイブ。その年の冬は異常に寒く、その日も雪がちらついていたそうだ。
外で待ち続け、凍えてしまいそうだった天地だったが、そんなもの全てを押さえつけ、天地は父親に、自分の全ての思いの丈をこの一言に注いだそうだ。
「一緒に帰ろうよ、お父さん!」
その言葉が届いたのか、父親はその時ついに、外出先へ向かう足を止め、天地と正面に向かい合ったそうだ。
報われた。全ての苦労が報われ、そして父親を取り戻す事が出来た。そう思った天地は思わず涙を流しそうになったらしい。
だが、それは天地が勝手に思い込んだだけの事。次の瞬間、父親の放った一言で、天地の涙は一気に引っ込んだという。
「わたしに娘などいない」
父親は、天地の存在すらもこの日、否定したのだ。
その一言を聞いて、天地はその場で膝から崩れたそうだ。
絶望は遂に、失望へとシフトチェンジした。
目から出そうになっていた涙は引っ込み、その代わりに大きな精神的ショックを受けたため、意識が朦朧としたらしい。
そんな天地を見ても父親はこれ以上何も言わず、何も気にする事も無く、天地に背を向けて外出先へと歩を進めたそうだ。
事実上の、絶縁。
天地はしばらくその場から動けなかった。目の前にある天地電産の社屋がまるで、寒さで凍えてこの場で果てる天地の姿を嘲笑い、見下すかの様に、その場にそびえ立っていたそうだ。
父親は娘よりも、家族よりも、このビルを選んだ……このビルが憎い……わたしを捨てた父親が憎い……全てが憎しみで包まれたその瞬間、天地の心に宿ってしまった。
復讐という名の、恐ろしい悪魔が。
この会社を乗っ取り、自分を、家族を捨てた父親を破滅させる……そんな算段が天地の中で生まれたのだ。
その算段がついた時、膝から崩れていた天地は、その場から立てる力を急に得たらしい。復讐の火が天地の動力となったのだ。
幽天から落ちてくるのは、水よりも冷たく、寂しい粒。そんな白い粒がしんしんと降る中、天地はしばらく立って、目の前に佇むビルを見据えていたという。
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