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第2部 青春の続き篇
第3話 ロシアンボトル【5】
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「はぁ~……美味しい!天地さん、料理がとてもお上手なのねぇ~」
先に口を開いたのは、早良だった。
早良は満面の笑みで、スープの味の感想を天地に言い渡す。しかしそれは、それほどの余裕が有るという事である。
つまり余裕が、そんな事を言える余裕すらも無いやつが居る。というか自分の作った物だから、そういう事を言うのもどうだろうと思うが、普段のコイツなら言いかねないだろう。
だが言わない、続けざまに無口。
ここまで言ってしまえばもう分かるようなものなのだが、ずっとそのまま、ただ一人沈黙を続けていたのは天地魔白だった。
「………………」
いつもの無表情に近い、澄ましたような顔をしているが、しかしおそらく口の中では、ホットソースの激烈な辛味が暴れ回っていて、むしろ口を開く余裕すら無いといった、そんな感じなのだろう。
「お……おい天地、大丈夫か?」
「………………」
何も言わないし、表情に出さない。これはもしや、まずいんじゃないのか?
「分かった口を開けれないんだな。じゃあ大丈夫なら首を縦に、ダメなら横に振ってくれ」
天地は俺を一瞥し、少しの間を取ると、首を横に振った。
コイツ、そこまでして勝負に負けた事を認めたくなかったのかっ!
「早良っ!下の自販機で牛乳を買ってきてくれ!早急だっ!!」
「え……ええ!分かった!!」
俺は早良に自分の財布を手渡し、早良は全速力で教室を出て、廊下を駆けて行った。天地ほどの速さではなかったが、アイツも結構足が速いな……って感心している場合ではない!
「天地、とにかく口の中を濯ごう!立てるか!」
口が開けない天地は、首を縦に振る。
どうやらもう、我慢をする気はさらさら無いらしい。しかしそれは、それほどまでに余裕が無い事の表れでもある。
早急に処置せねば、コイツの味覚が狂っちまう。それはつまり、天地のあの美味い手作り弁当が二度と食べられなくなってしまうという事だ。
それだけは、命を賭しても阻止せねばならないっ!
俺は天地の手を握り、先導する。天地の足が少しおぼつかないのは多分、辛味による蓄積ダメージが体全体にまで及んでいる証なのだろう。
「天地、俺の肩に手を掛けていいか?」
天地はそれに、首を縦に振って返事を返す。
了承を得た俺は、握っていた天地の手を自分の肩に掛ける。体を密着させれば、例え足元がフラフラしようとも俺が支える事が出来る。
しかし問題があるとするならば、随時体が密着している為、天地の体温を直に感じ、そしてなんといっても、天地の立派な胸が逐一、俺の身体に当たってくるのだ。
こんな非常事態によくもそんな事を……と思うかもしれないが、俺だって一人の健康な男子なのである。そういう事には敏感なのだと、世の男子を代表して弁解させていただこう。
もっとも、俺みたいな奴が代表するのはどうなんだという話は、とりあえず却下で。
さてそんな緊急でもあり、危機的状況でもあり、かといって俺にとっては至福の時間であったわけだが、教室を出て、一つ教室を跨いだ先にトイレがあった。
しかしまたここで俺は、難問に直面する。一体この場合、どちらのトイレに入る方が正しいのか……男子トイレか女子トイレか。
男子が女子トイレに入ると、女子は異常な程、嫌悪感剥き出しで食いかかって来るかのように睨みを利かせてくるが、女子が男子トイレに入ったところで、男子は驚きはするだろうが、そこまで毛嫌いするほどの事は無いだろう。
いやしかし、他ならぬ天地自身が全力で嫌がるだろう。結構目茶苦茶をやっているにしても、案外体裁を気にするところもあるからな。
それに、そんな忌み嫌うような事を率先して仕向けたら、あとが怖い。本当に背後から命を狙われそうで……怖い。
だから仕方なく、俺は自分の身を削る方を選んだ。即ちそれは、女子トイレ。
精一杯の言い訳をさせてもらうと、女子トイレは全て個室になっている。だから、何かの間違いが起きない限りは何も見ることは無い。
一方の男子トイレは、壁一枚、板一枚でアウトゾーンとセイフティゾーンが仕切られているからな。だから俺は、リスクの少ない方を選んだという事だ……まあ、何と言ったところで、かこつけにしかならないだろうけど。
女子トイレの手洗い場まで誘導し、俺は蛇口を捻って水を掬い取る。
「天地、とりあえず口を濯げ。冷やすだけでだいぶ楽になる」
天地は俺の顔を少しだけ見て、ちょっと複雑な表情をした気がしたが、俺の掌に溜まっている水を口に含みだした。
そして、そこでようやく気づく。天地が何故、複雑な顔をしたか。
掌から伝わってくる天地の唇の感覚、そして水と共に、俺の皮膚が吸い寄せられるようなその感覚。
言ってみれば、掌にキスをされているような、このもどかしく、艶やかなこの感じは何なんだ!?
なんだか、普通にキスされるよりもイケない事をしてるような、そんな禁断に足を踏み入れてしまったようなこの感覚は何なんだ!!
俺の体は、そんな極限状態に陥り、強張ってしまう。これが経験不足という奴なのだろう。
いや、むしろこんな修羅を年齢十五歳にもならない内に乗り切った奴がいたならば、そいつは破廉恥な奴だっ!間違いない!!
「……気持ち悪い顔してるわよ」
水を吸って、口を冷やしてなんとか九死に一生を得た天地が、恩人に放った第一声がこれだった。
最悪だ。今すぐ逃げ出したい。
「まさか……女子トイレに入っただけでそこまで興奮するなんて……岡崎君……あなたの性的思考は……小学生以下ね」
「いや、無理して毒を吐こうとしなくていいからさ……それに女子トイレに入ったくらいで、そんな気持ち悪い顔しないから」
「毒を吐くのは……わたしの生きる糧だから」
「そんな糧、すぐ捨てちまえっ!ほら、後は自分で掬って濯げるだろ?」
俺が手を退けようとすると、まるで競技カルタの選手の如く、天地は素早く自らの手を動かし、俺の手をガッチシ握ってきた。
どういう意味だこれは?
「掬えない」
「掬えないって……今普通に手を動かしただろ」
「今ので……精一杯」
うそこけ、じゃあ今俺の腕から感じる馬鹿力は何なんだ?女子なのに、そこら辺の軟弱な男よりも遥かに強靭な握力してやがる。
「あなたの……手がいい」
その一言で、俺の心臓はかつてないほどに跳ね上がった。
どうした?いつもの強気な姿勢は何処に行った?さっきまで早良と睨み合ってた天地魔白は、何処に行ってしまったんだ?と、いつの間にか別人にすり替わってしまったのかと、疑ってしまう程の豹変ぶりだった。
まさかと思うがコイツ、俺に甘えてるのか?よくある話じゃないか、風邪を引いた子供が親に、バナナや擦りリンゴをねだったりして甘えるようなあの行為。(現代において、バナナや擦りリンゴをねだる子供がいるかすら疑わしいが)
天地は今、多分これまでに経験した事の無いくらいに、辛味に苦しめられているのだろう。だから弱ってしまい、まあこんな感じに、いつもは罵倒して、強気で、気丈に振る舞っている天地魔白も、今や甘えん坊そのものになっちまったってわけだ。
それにコイツの周りには、今まで甘えられる人すら居なかった。
一人ぼっち。
だからこそ、我慢してきたその分、甘えを与えられた時の反動が大きいというわけだ。子供の頃、親から禁止されていた物を、大人になって給与を手にし、その物を根こそぎ買い占めるのと同じ原理だな。
「まったく……そのかわり、他に人が来たらやめだからな」
生憎、今女子トイレには誰も居なかった。居なかったからこそ、こんなやり取りを平然と出来ているのだが。
天地は俺の目に視線を合わせる事も無く、いやおそらく俺の目を見るのが恥ずかしかったのだろう。顔を紅潮させ、静かに一度だけ頷いた。
そんな天地の珍しい表情を見る事が出来て、天地には悪いが、お前がこのはずれを引いた事は、俺にとって、大当たりだったのかもしれない。
先に口を開いたのは、早良だった。
早良は満面の笑みで、スープの味の感想を天地に言い渡す。しかしそれは、それほどの余裕が有るという事である。
つまり余裕が、そんな事を言える余裕すらも無いやつが居る。というか自分の作った物だから、そういう事を言うのもどうだろうと思うが、普段のコイツなら言いかねないだろう。
だが言わない、続けざまに無口。
ここまで言ってしまえばもう分かるようなものなのだが、ずっとそのまま、ただ一人沈黙を続けていたのは天地魔白だった。
「………………」
いつもの無表情に近い、澄ましたような顔をしているが、しかしおそらく口の中では、ホットソースの激烈な辛味が暴れ回っていて、むしろ口を開く余裕すら無いといった、そんな感じなのだろう。
「お……おい天地、大丈夫か?」
「………………」
何も言わないし、表情に出さない。これはもしや、まずいんじゃないのか?
「分かった口を開けれないんだな。じゃあ大丈夫なら首を縦に、ダメなら横に振ってくれ」
天地は俺を一瞥し、少しの間を取ると、首を横に振った。
コイツ、そこまでして勝負に負けた事を認めたくなかったのかっ!
「早良っ!下の自販機で牛乳を買ってきてくれ!早急だっ!!」
「え……ええ!分かった!!」
俺は早良に自分の財布を手渡し、早良は全速力で教室を出て、廊下を駆けて行った。天地ほどの速さではなかったが、アイツも結構足が速いな……って感心している場合ではない!
「天地、とにかく口の中を濯ごう!立てるか!」
口が開けない天地は、首を縦に振る。
どうやらもう、我慢をする気はさらさら無いらしい。しかしそれは、それほどまでに余裕が無い事の表れでもある。
早急に処置せねば、コイツの味覚が狂っちまう。それはつまり、天地のあの美味い手作り弁当が二度と食べられなくなってしまうという事だ。
それだけは、命を賭しても阻止せねばならないっ!
俺は天地の手を握り、先導する。天地の足が少しおぼつかないのは多分、辛味による蓄積ダメージが体全体にまで及んでいる証なのだろう。
「天地、俺の肩に手を掛けていいか?」
天地はそれに、首を縦に振って返事を返す。
了承を得た俺は、握っていた天地の手を自分の肩に掛ける。体を密着させれば、例え足元がフラフラしようとも俺が支える事が出来る。
しかし問題があるとするならば、随時体が密着している為、天地の体温を直に感じ、そしてなんといっても、天地の立派な胸が逐一、俺の身体に当たってくるのだ。
こんな非常事態によくもそんな事を……と思うかもしれないが、俺だって一人の健康な男子なのである。そういう事には敏感なのだと、世の男子を代表して弁解させていただこう。
もっとも、俺みたいな奴が代表するのはどうなんだという話は、とりあえず却下で。
さてそんな緊急でもあり、危機的状況でもあり、かといって俺にとっては至福の時間であったわけだが、教室を出て、一つ教室を跨いだ先にトイレがあった。
しかしまたここで俺は、難問に直面する。一体この場合、どちらのトイレに入る方が正しいのか……男子トイレか女子トイレか。
男子が女子トイレに入ると、女子は異常な程、嫌悪感剥き出しで食いかかって来るかのように睨みを利かせてくるが、女子が男子トイレに入ったところで、男子は驚きはするだろうが、そこまで毛嫌いするほどの事は無いだろう。
いやしかし、他ならぬ天地自身が全力で嫌がるだろう。結構目茶苦茶をやっているにしても、案外体裁を気にするところもあるからな。
それに、そんな忌み嫌うような事を率先して仕向けたら、あとが怖い。本当に背後から命を狙われそうで……怖い。
だから仕方なく、俺は自分の身を削る方を選んだ。即ちそれは、女子トイレ。
精一杯の言い訳をさせてもらうと、女子トイレは全て個室になっている。だから、何かの間違いが起きない限りは何も見ることは無い。
一方の男子トイレは、壁一枚、板一枚でアウトゾーンとセイフティゾーンが仕切られているからな。だから俺は、リスクの少ない方を選んだという事だ……まあ、何と言ったところで、かこつけにしかならないだろうけど。
女子トイレの手洗い場まで誘導し、俺は蛇口を捻って水を掬い取る。
「天地、とりあえず口を濯げ。冷やすだけでだいぶ楽になる」
天地は俺の顔を少しだけ見て、ちょっと複雑な表情をした気がしたが、俺の掌に溜まっている水を口に含みだした。
そして、そこでようやく気づく。天地が何故、複雑な顔をしたか。
掌から伝わってくる天地の唇の感覚、そして水と共に、俺の皮膚が吸い寄せられるようなその感覚。
言ってみれば、掌にキスをされているような、このもどかしく、艶やかなこの感じは何なんだ!?
なんだか、普通にキスされるよりもイケない事をしてるような、そんな禁断に足を踏み入れてしまったようなこの感覚は何なんだ!!
俺の体は、そんな極限状態に陥り、強張ってしまう。これが経験不足という奴なのだろう。
いや、むしろこんな修羅を年齢十五歳にもならない内に乗り切った奴がいたならば、そいつは破廉恥な奴だっ!間違いない!!
「……気持ち悪い顔してるわよ」
水を吸って、口を冷やしてなんとか九死に一生を得た天地が、恩人に放った第一声がこれだった。
最悪だ。今すぐ逃げ出したい。
「まさか……女子トイレに入っただけでそこまで興奮するなんて……岡崎君……あなたの性的思考は……小学生以下ね」
「いや、無理して毒を吐こうとしなくていいからさ……それに女子トイレに入ったくらいで、そんな気持ち悪い顔しないから」
「毒を吐くのは……わたしの生きる糧だから」
「そんな糧、すぐ捨てちまえっ!ほら、後は自分で掬って濯げるだろ?」
俺が手を退けようとすると、まるで競技カルタの選手の如く、天地は素早く自らの手を動かし、俺の手をガッチシ握ってきた。
どういう意味だこれは?
「掬えない」
「掬えないって……今普通に手を動かしただろ」
「今ので……精一杯」
うそこけ、じゃあ今俺の腕から感じる馬鹿力は何なんだ?女子なのに、そこら辺の軟弱な男よりも遥かに強靭な握力してやがる。
「あなたの……手がいい」
その一言で、俺の心臓はかつてないほどに跳ね上がった。
どうした?いつもの強気な姿勢は何処に行った?さっきまで早良と睨み合ってた天地魔白は、何処に行ってしまったんだ?と、いつの間にか別人にすり替わってしまったのかと、疑ってしまう程の豹変ぶりだった。
まさかと思うがコイツ、俺に甘えてるのか?よくある話じゃないか、風邪を引いた子供が親に、バナナや擦りリンゴをねだったりして甘えるようなあの行為。(現代において、バナナや擦りリンゴをねだる子供がいるかすら疑わしいが)
天地は今、多分これまでに経験した事の無いくらいに、辛味に苦しめられているのだろう。だから弱ってしまい、まあこんな感じに、いつもは罵倒して、強気で、気丈に振る舞っている天地魔白も、今や甘えん坊そのものになっちまったってわけだ。
それにコイツの周りには、今まで甘えられる人すら居なかった。
一人ぼっち。
だからこそ、我慢してきたその分、甘えを与えられた時の反動が大きいというわけだ。子供の頃、親から禁止されていた物を、大人になって給与を手にし、その物を根こそぎ買い占めるのと同じ原理だな。
「まったく……そのかわり、他に人が来たらやめだからな」
生憎、今女子トイレには誰も居なかった。居なかったからこそ、こんなやり取りを平然と出来ているのだが。
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