ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

第1章 夏の始まり【5】

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「でもさ、もう今年からはそんなギリギリの綱渡りみたいな、そんな事はしなくてもよくなったってわけだな」

「まあ結果的にはそうなったわね。中学の頃のわたしからすると、思いもよらない結末だったでしょうけど」

 それこそ、ほんの数日前の事だが、彼女の復讐は一応の終結を迎えたのだった。

 復讐心に目を眩まされていた天地は、自分の非を認める事で、父親の存在を認める事で、自らの目を見開く事が出来たのだ。

 だからアイツは、復讐をするのではなく、父を見返すという新たな終結点を見出し、再スタートする事となった。

 あの七夕の日の夜に。 

「…………許せないわね岡崎君」

「はっ?」

 本当に何の前触れも無く、唐突に天地は俺を睨みつけてきた。

「学生の本分は勉強よ。それなのに岡崎君はそれを疎かにし、更に課題の先送りをわたしにも強要して、まさに共犯に仕立て上げようとしているわ」

「あのな……俺は強要なんてしてないし、そもそも疎かって、一応俺だって課題を終わらせるつもりはあるさ」

「終わらせると言っても、どうせ八月三十一日の夜中になって、ヒーヒー言いながら、涙を流しながら、今までの怠惰な自分を悔いながら取り組むのでしょう?」

 確かに俺は、毎年八月三十一日に課題に追い込まれてはいるが、そこまで自分を、自分自身を追い込んだことは無い。

 というかそもそも、先程から天地の言っている事が不明瞭な上、支離滅裂で、何もしていない俺が何故、ここまで非難轟々、責められなければならない……。

 コイツには幾多の理不尽な事をされてきたが、今回に関しては理不尽の域を越えて、意味不明の領域まで達している。

 何が目的だ……?

「おい天地……さっきからお前の言ってることが、俺には理解出来ないのだが?」

「そう……そうね、だって強引に理由付けをしようとしただけだから」

「理由付け?なんのだ?」

「課題をする為のよ」

「課題をする為の?」

 増々もって意味不明。というか、よもや五里霧中。

 解答がむしろ、問いになっている気がする。

「あなたと一緒に課題をする為よ、岡崎君」

「俺と一緒に?」

「ええ、それなら最終日まで課題を残さなくていいし、分担すれば早く終わるでしょ?」

「ま……まあそうだが」

「それに、苦しい時間も二人で分け合えば、少しは楽になる……そう思わない?」

「お……おう……」

 二人で分け合うか……多分、三ヶ月前の天地からは絶対に出なかった言葉だろうな。

 しかし、それならそうとハッキリ始めから言えばいいのに。コイツは本当につむじ曲がりいうか、天邪鬼というか、正直じゃないな。

 まあでも、らしいと言えばらしいけどな。

「……なんかスッキリしない返事をするわね」

「えっ!あぁ……面食らっちまっただけだよ。突然の事にな」

「これくらい突然の内にも入らないわよ。わたしと付き合っていくつもりなら、自分の机の引き出しから、二十二世紀のネコ型ロボットが突然出てきても動揺しないくらいの心構えでいなさい」

「いやいや……いくらのび太君でも、最初ドラえもんが出て来た時は飛び上がるほど驚いてたんだぜ?」

「口答えする気?千羽矢のくせに生意気な!」
 
「お前はジャイアンだったのかっ!?」

 まあ……コイツがドラえもんって言えるようなキャラでないことは確かだけどな。

 しかし待てよ……ってことは俺はのび太君なのか?

 いやいやあそこまで体たらくでは……と最初は思ったものだが、よく考えて、自らの胸に手を当ててみると、何となくシンパシーのようなものを感じなくも無かった為、やはり俺は、紛れもなくのび太君だった。

 まあ、そんな俺がのび太君に似ているかどうかなどは些細な話であり、そんな事よりも遥かに重大な問題が生じていたことに、俺は今更ながら気がついてしまった。
 
「あっ……」

「どうしたのよ岡崎君」

「いや……そういえばお前、さっき俺の下の名前を言ったじゃん、千羽矢って」

「それがどうしたのよ?」

「なんていうか……初めて下の名前で呼ばれたのが、まさかジャイアンの台詞でとは思わなかったからさ……」

「なんだ、そんな些細な事気にしてたのね」

 些細な事……なのかな?結構重要な事だとは思うのだが……その……恋人として。

「今のはただ、単に台詞に合わせただけで、『呼んだ』のではなく、『言った』だけよ。わたしの感覚ではね。言うなれば、現代文の問題の中に、カッコの中に文字を入れて答えなさいっていう問題があるじゃない?それと同じ感覚よ」

「なるほど」

 言葉のニュアンスの違いと言えばそうなのだろうけれど、『呼ぶ』と『言う』では確かに違うもんな。

『聞く』と『聴く』くらいには違うと思う。

「だから岡崎君、『わたしの初めて』は未遂に終わったのよ」

「……なんか意味深に聞こえるぞそれ」

「でもわたし、『初めてをする』にはまだ心の準備が整ってないから、でもいつかは『してあげる』から、もうちょっと待ってなさい」

「ハッキリ『下の名前を呼ぶ』って言えよっ!」

 抽象的な表現にする事によって、何か違う意味で捉えられそうな気がする。

 ちなみに、違う意味については、各自ご想像にお任せするとして、ついでながら言わせてもらうと、俺はどちらの意味でも、いつだって心待ちにしているつもりだ。

 まあ、まだまだ先の話にはなりそうだが。

「それじゃあそうね……明日なんてどうかしら?」

「えっ?何が?」

「何がって、課題よ。課題を終わらせる為の、合同合宿よ」

「合宿!?と……とと……泊まるのかっ!?」

「当り前じゃない。さすがにあの量の課題は、わたしでも一日じゃ終わらせれそうもないし、ましては岡崎君もいるんだから尚更でしょ?」

 息を吐くように俺が足手まといであるかのような言われ方をされたが、そんな事はいつものことだ。

 それよりも重大な事は……!

「で……でさ天地、どっちの家で、ね……寝泊まりするんだ?」

 最早、動揺が面に出ているってレベルじゃない。体全体に、顕著に表われている。

「そんなの決まってるじゃない、わたしの家よ」

「いっ……いよっしゃあああああああ!!!」

 俺は思わず弁当と箸を膝に置き、両手で拳を握りながら、この曇天の元、絶叫してしまった。

 俺の家だと家族が居て、色々とはばかられるものがあるが、天地の家には今、天地以外の他に誰も住んでいない。

 つまり二人っきり。本当に二人だけの空間が完成する。

 健康で、健全な男子高校生ならばこのチャンス、逃す手は無い。今まさに俺は、希望の光を手にしたも同じような、そんな心境だった。  

 ――――しかし、これを希望の光と表現するのであれば、それはあまりにも淡い、不確かな光であった。

 そしてその淡い光は、これから起こる出来事を隠すように、予知出来ぬように、俺を欺く。

 だがこれは、あくまでも天地が欺いたのではない。この時天地は、本当に本気でこの合宿を開く予定だったのだから。

 言うなれば、希望。希望が俺を欺いたのだ。

 ここまでは、ほんの始まりに過ぎない。

 ここから始まる、俺達の長い長い夏休みの序章でしかなかったのだ。
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