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第3部 欺いた青春篇
第3章 夏の特別合宿【2】
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隣町にある、一軒家の立ち並ぶ通りに俺はやって来た。
ここに来たのは二度目であり、それこそ七月の初週、七夕の日に来たばかりだった。
あの時は天地の家が分からず、危うくここら周辺に建っている、人の家の表札を見て回るという、いかにも怪しい、危険人物になりかけたのだが、一度通った道をわずか二週間ちょい足らずで忘れてしまうほど、俺は記憶力が無いわけではないし、ましてや方向音痴でもなかった。
ペダルを漕ぎ漕ぎ、迷うことなく天地の家がある方向へと進んで行く。
しかしその刹那、俺はクロスバイクのブレーキを掛け、急停止した。ある人物を、俺は目にしてしまったからだ。
それは知っている人物であるが、別に知り合いではない。昨日見たばかりの顔。
神坂さんに長期の張り込みをし、父親のスキャンダルを狙う、今日も今日とて昨日と変わらない、だらしないナリをした記者。
確か名前は神坂さんが言っていたな……鷺崎反流だったか……。
そしてその男は、あろうことか天地の家の前に立っていやがったのだ。
「ん……キミは確か……」
鷺崎は俺に気づき、振り返ると、俺の顔を見るや否や、そのぼさぼさの髪の毛を掻き毟り始めた。
「ああ、まだ言わないでくれよ、思い出してる途中だから……ああっ思い出した!確かラーメン屋……昇龍軒のアルバイトの……」
「……違います」
とどのつまり、鷺崎は俺のことなど憶えてなかった。
というか昇龍軒って……どこかの格闘家キャラが使う技と、同じ名前じゃないか。確か発動コマンドは……前・下・斜め前+パンチだったっけ?
閑話休題。
「ありゃりゃ違ったか……どうも職業柄、人の顔を常に気にしてるから、時々見分けがつかなくなる時があるんだよね。えっと、じゃあ待てよ……憶えてる顔ではあるんだけど」
「つい昨日会ったばかりなんですけど……」
「つい昨日?……ああっ思い出した思い出した!今度こそ本当に、正真正銘思い出したよ青年!確か昨日、神坂さんの隣に居たあの青年だね?」
鷺崎は右の拳で、左の掌をポンと叩く。どうやら今度こそ、本当に思い出してもらえたようだ。
別に憶えておいてもらって嬉しいわけではないが、一日で忘れられるというのは、自分の存在感が否定されているようで、それはそれで嫌だしな。
「ところで青年はこんな所になんの用だい?こんな住宅地じゃ買い物も出来ないだろうし、あのお嬢ちゃんと遊ぶつもりなら、この住宅地は遠回りだよ?」
「いや……買い物に来たわけじゃないし、神坂さんと遊ぶ予定もないんですが……」
「おやそうかい?じゃあなにかな?そのカッコイイクロスバイクでツーリングといったところだったのかな?それなら邪魔したみたいで悪かったね。こんな中年のオッサンが、未来ある若者の行動を制するのは、あまり良いことだとは言えないしね」
フッと笑い、鷺崎は道を開く。
クロスバイクには乗っているが、別に今日の俺はツーリングをするためにこれに乗っているわけではない。
「あの……俺、今日はその家に用があるんですよね」
俺は天地の家を指差す。すると鷺崎は、ほほうと言いながら、ニヤリと怪しい笑いをしてみせた。
「もしかしてキミ、天地さんとも知り合いなのかい?そりゃあ奇遇だね、いや、運命的とも言っていい。こうも僕が注目する人物に、キミがまるで糸のように絡んでくるなんて。うむ……こりゃあ名前くらいは聞いておいた方が良さそうだ。青年、キミの名前は?」
別に相手が、ある程度見知っている人間だったら、俺は迷わず本当の名を答えていたであろう。
しかし、目の前のこの男は昨日知ったばかりの、記者であるという情報以外はほとんど何も知らない人間であり、神坂さんはこの男を敵視していた。
そんな人間に、ヒョイヒョイと自らの名を語ってよいものなのかと、俺は迷いあぐねていた。
「ん?……あっ!僕としたことがついつい興奮して早まってしまった!すまないね青年、名乗らせる前にまず、自ら名乗るのがマナーだよね。僕は鷺崎。ペリカン目サギ科の鷺に、崎陽の崎で鷺崎さ。週刊誌の記者をしてる者だ」
「……岡崎です。丘陵の岡に、長崎の崎で岡崎です」
「ほほう、なるほど。三河中央にある中核市、竹千代……後の徳川家康生誕の地の岡崎と同じ字ってことだね。うん、憶えたよ」
鷺崎はうんうんと一人頷く。
先行で自己紹介をされては、こちらも返さざるを得ないだろう。最低限のマナーである。
しかしそうか、週刊誌の記者だったか。通りで、執拗にスキャンダルを狙っていたというわけだ。
だが、そんな週刊誌の記者が一体、天地に何の用があるというのだ?それに、注目する人物っていうのは、どういうことだ?
「ん?ああ、週刊誌の記者が天地さんに何の用かって顔をしているね?別に、特にこれといった用は無いのさ。確かに天地さんは、あの天地電産の社長の娘さんだけど、神坂さんとは違って、彼女は父親とは離別してるからね。だから記者として、彼女を狙う価値は無い」
表情から俺の言いたいことが読まれるのは、まあいつものことだが、しかしこの男、どうやら天地の素性も知り尽くしているらしい。
天地電産の社長令嬢であることも、そしてなにより、その社長である父親と事実上の離縁状態であることも。
さすがは情報を生業にしている人間だ、それくらいは知ってて当たり前といった感じなのだろうか。
「天地さんとはうーんそうだな……まあ、昔の知り合いって感じかな。昔っていっても、そんな昔でもないけどね。いや……そもそも知り合いっていうのもオカシイくらいに、希薄な仲でもあるけど」
「はあ……」
「そうだね……顔見知りというのがピッタリな表現なんじゃないかな。まあもっとも、そう思ってるのは僕の方だけかもしれないけどね」
シニカルな笑いを浮かべ、やれやれと鷺崎は首を横に振った。
結局彼が言いたいのは、自分と天地はほぼ他人だ、ということなのだろう。回りくどいことを言う男だ、相当なへそ曲がりに違いない。
天邪鬼は、その人間から同類のニオイがすると、目敏く判別できちまうもんだからな。
まあ……ここまで回りくどい言い回しは、俺はしないけれど。
ここに来たのは二度目であり、それこそ七月の初週、七夕の日に来たばかりだった。
あの時は天地の家が分からず、危うくここら周辺に建っている、人の家の表札を見て回るという、いかにも怪しい、危険人物になりかけたのだが、一度通った道をわずか二週間ちょい足らずで忘れてしまうほど、俺は記憶力が無いわけではないし、ましてや方向音痴でもなかった。
ペダルを漕ぎ漕ぎ、迷うことなく天地の家がある方向へと進んで行く。
しかしその刹那、俺はクロスバイクのブレーキを掛け、急停止した。ある人物を、俺は目にしてしまったからだ。
それは知っている人物であるが、別に知り合いではない。昨日見たばかりの顔。
神坂さんに長期の張り込みをし、父親のスキャンダルを狙う、今日も今日とて昨日と変わらない、だらしないナリをした記者。
確か名前は神坂さんが言っていたな……鷺崎反流だったか……。
そしてその男は、あろうことか天地の家の前に立っていやがったのだ。
「ん……キミは確か……」
鷺崎は俺に気づき、振り返ると、俺の顔を見るや否や、そのぼさぼさの髪の毛を掻き毟り始めた。
「ああ、まだ言わないでくれよ、思い出してる途中だから……ああっ思い出した!確かラーメン屋……昇龍軒のアルバイトの……」
「……違います」
とどのつまり、鷺崎は俺のことなど憶えてなかった。
というか昇龍軒って……どこかの格闘家キャラが使う技と、同じ名前じゃないか。確か発動コマンドは……前・下・斜め前+パンチだったっけ?
閑話休題。
「ありゃりゃ違ったか……どうも職業柄、人の顔を常に気にしてるから、時々見分けがつかなくなる時があるんだよね。えっと、じゃあ待てよ……憶えてる顔ではあるんだけど」
「つい昨日会ったばかりなんですけど……」
「つい昨日?……ああっ思い出した思い出した!今度こそ本当に、正真正銘思い出したよ青年!確か昨日、神坂さんの隣に居たあの青年だね?」
鷺崎は右の拳で、左の掌をポンと叩く。どうやら今度こそ、本当に思い出してもらえたようだ。
別に憶えておいてもらって嬉しいわけではないが、一日で忘れられるというのは、自分の存在感が否定されているようで、それはそれで嫌だしな。
「ところで青年はこんな所になんの用だい?こんな住宅地じゃ買い物も出来ないだろうし、あのお嬢ちゃんと遊ぶつもりなら、この住宅地は遠回りだよ?」
「いや……買い物に来たわけじゃないし、神坂さんと遊ぶ予定もないんですが……」
「おやそうかい?じゃあなにかな?そのカッコイイクロスバイクでツーリングといったところだったのかな?それなら邪魔したみたいで悪かったね。こんな中年のオッサンが、未来ある若者の行動を制するのは、あまり良いことだとは言えないしね」
フッと笑い、鷺崎は道を開く。
クロスバイクには乗っているが、別に今日の俺はツーリングをするためにこれに乗っているわけではない。
「あの……俺、今日はその家に用があるんですよね」
俺は天地の家を指差す。すると鷺崎は、ほほうと言いながら、ニヤリと怪しい笑いをしてみせた。
「もしかしてキミ、天地さんとも知り合いなのかい?そりゃあ奇遇だね、いや、運命的とも言っていい。こうも僕が注目する人物に、キミがまるで糸のように絡んでくるなんて。うむ……こりゃあ名前くらいは聞いておいた方が良さそうだ。青年、キミの名前は?」
別に相手が、ある程度見知っている人間だったら、俺は迷わず本当の名を答えていたであろう。
しかし、目の前のこの男は昨日知ったばかりの、記者であるという情報以外はほとんど何も知らない人間であり、神坂さんはこの男を敵視していた。
そんな人間に、ヒョイヒョイと自らの名を語ってよいものなのかと、俺は迷いあぐねていた。
「ん?……あっ!僕としたことがついつい興奮して早まってしまった!すまないね青年、名乗らせる前にまず、自ら名乗るのがマナーだよね。僕は鷺崎。ペリカン目サギ科の鷺に、崎陽の崎で鷺崎さ。週刊誌の記者をしてる者だ」
「……岡崎です。丘陵の岡に、長崎の崎で岡崎です」
「ほほう、なるほど。三河中央にある中核市、竹千代……後の徳川家康生誕の地の岡崎と同じ字ってことだね。うん、憶えたよ」
鷺崎はうんうんと一人頷く。
先行で自己紹介をされては、こちらも返さざるを得ないだろう。最低限のマナーである。
しかしそうか、週刊誌の記者だったか。通りで、執拗にスキャンダルを狙っていたというわけだ。
だが、そんな週刊誌の記者が一体、天地に何の用があるというのだ?それに、注目する人物っていうのは、どういうことだ?
「ん?ああ、週刊誌の記者が天地さんに何の用かって顔をしているね?別に、特にこれといった用は無いのさ。確かに天地さんは、あの天地電産の社長の娘さんだけど、神坂さんとは違って、彼女は父親とは離別してるからね。だから記者として、彼女を狙う価値は無い」
表情から俺の言いたいことが読まれるのは、まあいつものことだが、しかしこの男、どうやら天地の素性も知り尽くしているらしい。
天地電産の社長令嬢であることも、そしてなにより、その社長である父親と事実上の離縁状態であることも。
さすがは情報を生業にしている人間だ、それくらいは知ってて当たり前といった感じなのだろうか。
「天地さんとはうーんそうだな……まあ、昔の知り合いって感じかな。昔っていっても、そんな昔でもないけどね。いや……そもそも知り合いっていうのもオカシイくらいに、希薄な仲でもあるけど」
「はあ……」
「そうだね……顔見知りというのがピッタリな表現なんじゃないかな。まあもっとも、そう思ってるのは僕の方だけかもしれないけどね」
シニカルな笑いを浮かべ、やれやれと鷺崎は首を横に振った。
結局彼が言いたいのは、自分と天地はほぼ他人だ、ということなのだろう。回りくどいことを言う男だ、相当なへそ曲がりに違いない。
天邪鬼は、その人間から同類のニオイがすると、目敏く判別できちまうもんだからな。
まあ……ここまで回りくどい言い回しは、俺はしないけれど。
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