ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

第3章 夏の特別合宿【1】

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 神坂さんとのなんやかんやがあった、俺の高校生活最初の一学期終業の日の翌日である。

 夏休みの初日であり、今日はもくもくと灰色に曇っていた昨日とは異なり、夏晴れとなったこの日に、俺は天地からの一通の電話を受けたのだった。

 どうやら本日より、夏休みの課題消化のための合宿が、天地家にて盛大に行われるそうだ。まあ盛大と言っても、俺と天地だけなんだけどな。

 しかし俺も思春期ど真ん中の、健康的な一男子学生であり、女子の、しかも彼女の家に二人っきりで寝泊まりする、合宿という名の特大イベントを前に、何も期待をしないとまでの、そこ抜けた朴念仁では無かったため、胸は高鳴り、意気は高揚としていた。

 ここで決してやましいことなど考えていないなんて台詞を吐ける男がいたら、そいつはもう、その時点で精根尽き果てた生き人形みたいなものだ。憐れまざるを得ない。

 しかし、趣旨としては夏の課題を七月中に一掃してしまうための合宿であるため、俺は教師陣から鬼のように出された課題の山を、大きめのリュックサックに放り込み、余ったスペースに着替えやらなんやらを詰め込んだ。

 ポケットにスマートフォンと財布も入れたし、忘れ物は無いだろうが念には念を押してチェックし、俺はいつものように階段をドタドタと駆け下りた。

「階段くらい静かに降りられねぇのかよアニキ!」

 弟のはじめが自分の部屋から顔を出して、俺に訴えかけてくる。

「階段の音くらいでピーチクパーチク言ってんじゃねえよ、愚弟よ」

「だったら最初から静かに降りろアホアニキ」

「アホぉ!?兄に向かってアホとはなんだ!」

「それを言うなら、弟に向かって愚弟なんていうのもなんなんだよ!」

 階段を挟んで、両者の目に火花が散る。

 以前なら、ここから互いの身を削り合う、一対一のブラザーファイトが始まっていたのだが、俺ももう高校生だし、弟は腐っても中学生だ。もうそんな、野蛮な体の張り合いは卒業していた。

「ぐぅ……あれ?そういえば元、お前部活はどうした?お前も今日から夏休みだろ?」

 当然高校生が夏休みなら、中学生も夏休みとなっており、元は剣道部に所属していたため、部活の練習があるのではないかと、俺は思っていたのだが。
 
「えっ?ああ……今日は上級生の最後の夏の大会のための強化練習があるから、俺達みたいな一年坊主は休みなんだよ」

「ああ、なるほど。というか、もうそんな時期か……」

 俺も中学の頃は、夏の暑い日照りの中、白球を追いかけていたので、その日々が懐かしく感じる。

 まあ……俺はレギュラーどころか、ベンチ入りすらも果たせなかったので、試合の守備のために球を追いかけたのではなく、万年球拾いとして、球を追いかけていたのだが。

「あれ?そういえば宮本は確か、もう三年だったよな?」

「ん?宮本って宮本先輩のこと?あの二刀流で、全国クラスまでいってる?」

「そう、その宮本」

「うん、もう三年だよ。今年が最後だから、日本一になるって意気込んでたよ」

「そうか……」

「てかアニキ、何でアニキが宮本先輩を知ってるのさ?アニキ、剣道なんて一度もやったことが無いのにさ」

「えっ?ううん……まあ」

 確かに俺は、剣道など一度もやったことは無い。中学の頃は野球部だったし、幼少の頃は別に、これといった習い事はやって無かったからな。

 しかし、宮本居織みやもといおりのことは知っていた。それは剣道の二刀流の使い手で、全国クラスに入る有名人だから知っているのではなく、もっと明確に言うなら、互いに見知っているのだ。

 まあ、見知っているといっても、もう小学校くらいの時の話だし、あっちは俺のことなんざ頭の片隅にすら憶えてないかもしれないけどな。

「そんなこたぁどうでもいいんだよ。お前も宮本みたいに、やるからには剣の道を極めろってことだよ」

「……全然意味わかんねーし、それに俺、そんなに真剣にやる気はないし。それこそ、たしなむ程度だよ」

「剣道なのに、真剣にはやらねえってか?あっ、でも剣道は竹刀でやるもんか」

「はあ……面白くねーし、クソ寒いギャグ言ってんじゃねえや」

 そう言い捨てて、元はその生意気な面を引っ込め、自分の部屋の扉をバタンと締め切った。

 ふっ……アホンダラの弟には、俺の高度なギャグは理解できなかったか。

 ……そういえば天地にも以前、クソ寒いとかなんとか言われたことがある気がするが、うん、気にしたら負けかなこういうことは。

 涙は流すものじゃなく、飲むものだ。

 俺は階段を背にし、玄関で靴を履き、家を出た後、愛車のクロスバイクに跨った。

 自転車とは良いものだ、風を感じてる内に、嫌なことを忘れさせてくれるからな。

 渾身のギャグをクソ寒いと蔑まれても、それはきっと走ってる内に忘れるさ、うん。

 そんな小さな悲しみを背負って、ついでに大量の夏の課題を詰め込めたリュックサックも背負って、俺はクロスバイクのペダルを踏み込み、走り出す。

 これから向かうのは、天地の家。彼女の家。

 よくよく考えたら、この程度、弟にギャグを馬鹿にされた程度で落ち込んでいたら、身が保たないような魔窟へと俺は飛び込むんだったな。

 この合宿の内、数十時間の内に何度あいつに罵倒されるのだろうかと考えるだけで、俺の心には暗雲が立ち込めていた。

 さっきまでのルンルン気分はいずこに……カムバック、浮かれていた自分!

 そんなことばかりを考えながら、俺はこの時浮かれることも無く、むしろしっかりペダルに足を踏み込んで、隣町にある、七夕の日に一度訪れたあの和装の家を目指すのであった。
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