ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

 第2章 枷を負った少女【6】

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「バスか……うん、そうだね。それだったらあたしも一人で帰れるし、そうしよっか」

「それじゃあ、バス停のところまで送るよ」

 そして、俺と神坂さんは再び歩きはじめる。

 バス停までの距離はそこまで無い。それこそ目と鼻の先だった。

「でも神坂さん、あの記者いつ頃から神坂さんを追いかけてるんですか?」

「えっと……最初に見たのが六月の初め頃で、その時はただ徳永君と帰る途中に、いつもそこに居たから見かけたって感じだったんだけど、七月に入ってから急にアプローチを掛けられて、それからずっと今日みたいな感じかな」

「そうなのか……そうか、だから今日徳永が生徒会の用事で一緒に帰れないから、俺に頼んだんだ?」

「うん、ごめんね岡崎君、こんな面倒事に巻きこんじゃったりして……」

「いや、なんのなんの。この程度のことなら」

 この程度の問題と言っても、それは極めて重い問題であることは俺だって承知している。神坂さんの今までの話と、そして現在進行形で影の差している表情を見れば明らか。

 だけどそれを、面倒事の一言で割り切ってしまうほど、薄情な人間には俺はなれない。いつの間にか、そういう人間に俺はなってしまっていた。

 早良のことをお人好しだとか言っていたけど、俺も大概お人好しだよな。

 いつからこんな、下手を打てば損するような役回りを、好き好んで担うようになったのか……全ては多分、この学校に入学した時、あの女と出会ったのが引き金なのだろうけど。

「……ねえ岡崎君、岡崎君ってその……天地さんと付き合ってるの?」

「えっ……!?あ……あぁ……」

 そういえば俺も天地も、俺達が付き合っているという事を直接、神坂さんと徳永には話していなかった。

 まあ、話す必要もないと思っていたし、直接訊かれたら言えばいいかと、そんな感じでずっと流しっ放しにしていたのだった。

「まあ、そうだね。付き合ってる」

「そっか……いいなぁ天地さんは、困ってる時に助けてくれる人がいてくれて」

「助けるなんて、そんな大そうなことは出来てないよ……むしろあいつには、引っ張り回されてるって感じだ」

 まるでそう、足に綱をくくり付けられ、暴れ馬にそれを繋ぎ、市中を引きずり回しにされているが如く。

 まるで深窓の令嬢のような、そんな大人しそうな見た目からは想像出来ないほどの、じゃじゃ馬な性格だからなあいつは。

「ふふっ、それでも多分、天地さんは岡崎君に助けられてると思うよ?だって岡崎君と居る時の天地さん、すっごく楽しそうで、輝いて見えるもん。中学の時なんて、天地さん時々しか学校に来なかったけど、来た時はいっつも仏頂面っていうか、眉間にしわを寄せていたし……人を寄せ付けない雰囲気を出してて、怖かったもん」

 ああ、なるほど。だから神坂さん、天地と最初顔合わせをした時、あんなに怯えていたのか。

「あっ!今のは天地さんには黙っておいてね!」

「ええ、それはまあ。だけど、中学の頃はそんな感じだったんですねあいつ」

「うん……だから岡崎君、天地さんを裏切るようなこと絶対にしちゃダメだよ!もしそんな事したら、その時はあたしも天地さんの味方をするからねっ!」

「き……肝に銘じておきます……」

 神坂さんの目は本気だった。

 こりゃもう、浮気なんてした時は、その日が俺の命日なのだろうな。

 まあ、そんな気は毛頭無いけどさ。

「ふふっ……あたしは二人のこと、応援してるからね?」

「うん、ありがとう神坂さん」

 神坂さんはその時、くすりと笑っていた。

 さっきまでの物憂げな表情を感じさせないほど、それは輝いて見えたが、しかしなんというか、こんな他愛も無い話でも、こんな表情ができるのは果たして、良いことなのか、悪いことなのか。

 この程度の儚い幸せで、ここまでの笑顔を出せるなんて……それは本当に、幸せなことなのだろうか。

「あっ、あれだねバス停」

 神坂さんが指さした方向にバス停はあり、どうやらまだ、バスは来ていないようだ。

 バス停の近くまで向かい、時刻表を確認してみると、五分後に隣町まで行くバスがここに停車するようになっており、どうやらタイミングとしては、丁度良い時に辿り着いたようだった。

「それじゃあ岡崎君、今日は本当にありがとう。色々お話ができて楽しかったし、一人で帰るのは心細かったから、一緒に居てくれて本当に助かったよ」

「いやいや、別に俺はそんな大したことはしてないよ。それよりも、神坂さんのこと根掘り葉掘り訊くようなことをして、本当にゴメン……」

「そうだねぇ、本当は喋っちゃいけないようなことも喋っちゃったもんねぇ……でもなんでだろうね、岡崎君なら話しちゃってもいいかなって気分になれたんだよね」

「えっ?俺なら?」

「うん……だって岡崎君ってどんな話でも真剣に受け答えしてくれるじゃない?だからすごく話しやすいんだよね。こう言っちゃうと悪いけど、徳永君は受けはしてくれるけど、あんまり答えを返してくれないんだよね」

「ああ……まあ、あいつはそういう性格だからなぁ……そこは許してやってくれないかな?昔っからそんな感じだから」

「ふふっ、うん、それは分かってるから大丈夫だよ!それより岡崎君、あたしの秘密、他の人に言っちゃダメだからね?約束だよ?」

 神坂さんは右手の人差し指を唇の前に立て、俺にウインクしてみせる。

「ええっ!モチロン!!口が裂けても言いません!!」

 俺はそんな神坂さんに対して、頭頂部から足底までを、まるで一本の棒を突き通したかのようにビシッと伸ばし、敬礼をしてみせた。
 
 いやはや……こんな犯罪的にキュートな頼み方をされては、約束など破れるわけがないだろうに。

 それから間もなくして、俺の目の保養が完了したところで、隣町へ向かうバスがやって来た。

「じゃあまたね!」

 そう言って、神坂さんは停車したバスへと乗り込んで行く。

 それを俺は黙って見送るつもりだった……だったのだが、その時、俺の中の潜在意識に眠る何かが、悪い予感を伝えたのだ。所謂、直感である。

 胸がざわつく……これが虫の知らせってやつなのかは分からないが、俺はその不穏な予感を察知した刹那、口走っていた。

「神坂さん!その……もし困ったことがあったら、いつでも連絡してくれよな。いつでも相談に乗るからさ!」

 本当に反射的に、本能的に出た言葉だった。

 どうやら俺の、何か不穏なものを探知するレーダーのようなものも、春から多少進化を遂げているようだった。

 どれもこれも全て、天地魔白からの賜物である。嬉しいことなのか、悲しいことなのか……。

「…………うん、分かった」

 その時のニコッとした微笑みは、果たして本当の微笑みだったのだろうか、それとも俺を心配させまいとした、欺きの微笑みだったのかは、俺の知らぬところではあったが、神坂さんのその表情を最後に、バスの扉が閉まり行ってしまった。

 これ以上は、他人である俺に踏み込めるような次元の問題ではない。家族の問題は、あくまで家族の中で解決すべきだと、俺は重々思う。

 だけど……だけどしかし、なんなんだろうなこの無力な感じ、空っぽのこの虚無感は。

 まるで目の前で襲われそうな人がいるのに、手足を雁字搦がんじがらめにされて身動きがとれずに、ただただその先行きを見届けることしかできないような、そんな気分だ。

 後味が悪い。

 しかし先にも言った通り、これは家庭内の問題。今はまだ、俺は手を出せない状況下にいることは確かだ。

 だけどその布石は打っておいた。もし神坂さんが俺にSOSを寄越せば、その時は俺も大義名分を得たとばかりに、まるで賊軍を討つ官軍のような振る舞いで前に出ることができるだろう。

 はあ……全く、不可抗力だったにせよ、自ら面倒事に首を突っ込んでいくなんて、以前までの俺からは考えられないような行動だな。

 本当に勘弁してくれよな……俺。心の中で他人の言動に捻くれるのはいいが、自分の言動に捻くれるような自傷行為はしたくない。

 何も起こらない、平穏を望むばかりだ。
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