ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

 第2章 枷を負った少女【5】

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「もしかして、親から虐待を受けてるとか、そんなんじゃ……」

 しかし俺のその憂慮に、神坂さんは首を横に振る。

「いや……虐待はさすがに受けてないかな。仮にもお父さんはここの知事なんだし、そんな事したら、即問題になるのは分かってるだろうから。でも……なんというか、強制されてるんだよね」

「強制?」

「うん……例えばそうだね……制服って学校の規則によって、着方が定められてるよね?女子はスカート丈を短くしちゃいけないとか、男子はボタンを開けて学生服を着ちゃいけないとか」

「ああ……うん、まああるね」

「それと同じで、あたしの家には色々とルールが多くて、しかも厳しいの。だから居るだけで息苦しいし、まるでそう……檻に閉じ込められた、囚人みたいな気持ちになってくるの」

「囚人って……そりゃ確かに家庭独自のルールっていうのはあるけど、でも、いくらなんでも……」

「表現がオーバーだ……ってことだよね?だけど、そうだから仕方ないの。膨張させた表現じゃなくて、本当に、現実にそうあっているから、そうとしか言いようがないの……」

 今までに無いほどに、神坂さんは暗い表情を向ける。

 今まで俺は、彼女の笑顔を天使のようだと言ってきたが、その逆、今の表情はまさに堕天使。

 神に離反し、天界から追放された堕天使。しかし、堕天使したからこそ、その天使には自由意志が芽生える。

 今の彼女は、今まで見た中で最も強く、濃い意志をその表情に出している。決してこんな表情、嘘でも、俺を欺くためでも、作為的に出来るような、そんな表情ではない。

 神坂さんが言ったことは、おそらくリアルなのだろう。仰々しい話でもなく、作り話でもない、在りのまま、そのままの現実。

 以前、天地の辿って来た、嘘のような現実の話を聞かされた時のように、今また、俺は神坂さんの現実の話を知ってしまったというわけだ。

 面倒事と言ってしまえば神坂さんには悪いが、しかし、どうやら俺は高校生になってからというものの、そういう類のものに巻き込まれるのが特技になってしまったらしい。

 しかし、だからと言って、俺はそんな困窮している人を目の前に見捨てるほど、残忍にはなれない。

 だけど、今回の問題は個人の問題というよりかは、家庭の問題。果たしてそんな問題に、よそ者の俺がずけずけと足を踏み入れていいものなのかは、弱るところではあった。

「神坂さん、もしよかったらその厳しいルールっていうのがどんなものなのか、教えて欲しいんだけど……」

 疑っているわけでは無いが、ただ、厳しいと言われても、実際それがどんな内容なのか知らない限り、この先俺が、神坂さんと対等に話すことは出来ない。

 他人の家庭のルールを訊くなんて、今までやった事も無いし、気が引ける行為ではあるのだが、今回限り致し方ないだろう。

「うん……分かった」

 そうして彼女は、自らを置く家庭内の規則について、淡々と話し始めた。

 俺はその一つ一つのルールを聞く度に、戦慄が走る。門限などの全ての時間設定、食事や挨拶などのマナー、そして言葉遣い、更には服装、掃除、洗濯、休憩時間の諸々までもが、家庭のルールとして盛り込まれている。

 自由など一つも無い。全てが徹底的に管理されている家庭。

 そこは家族の安らげる憩いの場とは程遠い、本当に本当の比喩無しの、監獄。

 そしてそのルールを定めているのは、どうやら父親らしい。母親はそれに賛同しているとか。

 だからこそ神坂さんは一切の口出しが出来ない。彼女の性格上、両親がそれでいいと共に言っているのだから、反発など出来ないのだろう。

 心の中では反発し続けているけれど、それを行動に表すことが出来ない。

 天使が神に刃を向けることなど、皆無であるかのように。

「でも神坂さん……いくら親だからと言って、全て言いなりになるっていうのは、どうなんだろうって思うんだけど……」

 神坂さんのそれは、どちらかと言えば尊敬というよりも、忠誠心に近い気がする。

 いくら親であれど、嫌なものは嫌だと反対すべきだと、俺は思うのだが。

「言いなりになってるか……だけどあの人たちは、あたしを育ててくれた人でもあるし、その恩を裏切るような事は、あたしには出来ないよ」

「育ててって、そりゃあ親だから……」

「ああ、そっか。そりゃあ岡崎君が知るわけないよね……あたし、今の両親とは血が繋がってないの」

 養子縁組、なのだそうだ。

 神坂さんは幼い頃、本当の両親から児童養護施設へと入れられ、そして今の両親に実子がいなかったため、養子として引き取られたそうだ。

「それに、そのルールのおかげかは分からないけど、結構周りの人たちからも評判がいいんだよね……だからむしろ、否定するあたしの方が悪物みたいで……だからあんまり批判的にはなれないんだ」

 そんな家庭であっても、外からはとても良い家族に見えている。評判も評判、大評判らしい。

 勿論それはルールが隅々までに行き届いているから、規律が良いから、足並みを揃わされているから、第三者の目線から見たら、綺麗な家族、綺麗な人達のように映るのだ。

 所詮、他人からは表の面しか見えていない。その手足に、どんなに重い枷が着けられていようと、それは見えないものなのだ。

「でも……そう考えるとすごいよねあの記者さん。だって近所の人達ですら欺いていたものを、いとも容易たやすく見抜いて、あたしをピンポイントで狙ってくるなんて……」

 神坂さんは先程まで逃げてきた道のりを見返す。

 あの記者は……どうやら追って来ている様子は無く、気配も感じない。どうやら、追跡はして来なかったようだ。

 それとも、どんなに逃げたとしても、また相まみえるだろうという余裕の表れなのだろうか。

 どちらにしろ、これで完全に撒けたとは思えないし、あちらがこの程度で諦めたとも、思えない。

「神坂さんどうする?その……やっぱり家に帰るよね?」

 こうやって逃げてはいたものの、俺は神坂さんを家まで送っている途中だったのだ。

 しかしあんな話を聞いた後、さあこれから家に帰りましょうかとは、軽々しくは言い難かった。

 だが、そんな俺とは異なり、神坂さんはまるでそれが当然だと言わんがばかりに、黙って首を縦に振った。

「そう……だよね。まあ、当たり前か」

 それがどんなに窮屈な場所であっても、そこが自分の帰る場所なら、人はそこへ帰る。いや、もしかしたら動物だってそうなのかもしれない。

 自然の摂理。抗いようの無い、必然だった。

「しかしここから歩いて神坂さんの家の方まで向かうとなると、結構かかるなぁ……」

 なんせ逃げてきた方向は、神坂さんの家の逆方向。むしろ、俺の家の方が近い場所であった。

 自転車でなら、大体十分くらいで到達可能である距離ではあるが、俺の自転車は生憎、二人乗りが出来る仕様の自転車では無い。

「そうだ、ここからならすぐ近くにバス停があるから、それで家の近くまで向かえばいいかもしれないな」

 バスでなら自転車で十分程かかる距離も、ものの五分程度で辿り着くことが出来る。それに、もし先程の道を歩くとなれば、またあの記者に出くわす可能性が無いとは言い切れない。

 万が一に備えて、ここは石橋を叩いて渡っておくのが最善の方法だろう。
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