ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

文字の大きさ
88 / 103
第3部 欺いた青春篇

 第4章 反逆の時【5】

しおりを挟む
「……神坂さん、最後に訊くわよ。あなたは育ての親に、今なら家を出たくないと抵抗できるかしら?それとも未だ、無抵抗のまま言いなりになるのかしら?」

 天地は問う、神坂さんに。

 鬼気迫るかのように、究極の選択を迫るかのように。

 神坂さんは迷っている。今までに無かった苦悶の表情。

 人は変われと言われて、すぐに変われなどしない。人間の根底を覆すには、多大なる時間を使い、ゆっくりと変えていくしかない。

 しかし天地はそれを、今すぐに、この時にやれと言っているのだ。そんな選択肢を迫られて、まず困惑しない人間はいないだろう。

 しかし今じゃないとならないのは、確かなのだ。

 今だったらまだ、家に戻ることが出来る。今だったらまだ、抗うことが出来る。

 今だったらまだ、親子の縁を切らずに済む。

 一度失敗した天地だからこそ、察知出来た感覚。待つことの、時間をかけるということへの不毛。

 母親が亡くなった後、父親がまるで何かに憑りつかれたかのように、狂ってしまったかのように働きだし、次第に疎遠になっていった天地。

 しかしその時天地は待った。父親が自分の元へと帰って来ることを待ったのだ。

 しかしその我慢は実を結ぶことなく、水の流れが時間を掛けて岸辺を侵食していくように、天地と父親との距離は近づくどころか、どんどんと遠くなっていってしまった。

 天地にとって、今の神坂さんの状況は、自分の二の舞を見ているかのような、そんな光景だったのだ。

 だから、決して妥協しない、優しくなど、親切になどしない。

 自分と同じ悲劇を、友人に味わってなど欲しくないから。

「あ……あたしは……」

 震え、次第に神坂さんの目元には涙が溜まっていく。

 それほどまでに彼女は多分、自分を追いつめているのだろう。過去の自分と、葛藤しているのだろう。

 時に最悪の結末、破滅の未来から逃れるためには、今にまとわりついている過去と決別しなければならない。

 従順だった過去の自分を、妥協だらけだった過去の自分を清算しなければならない。

 その自らの心の中で行われる革命戦争は勢いを増し、心中だけに留まらず、感情として現れ、やがてそれは体表に震えや涙になって形となり、そして……。

「あたしは……戻りたいっ!自分の……ひっぐ……家に戻りたいっっ!!」

 言葉となって、自分の意思を決定づけた。

「そう、それが今のあなたの考えということでいいのね?」

「うぐっ……はい……」

「……よくやったわ、よく、自分を変えてくれたわ」

 すると天地は、神坂さんの前でしゃがみ込み、そして優しく、温かく、彼女の頭を撫でてあげていた。

 あんな天地の優しく、穏やかな顔を見たのは俺も初めてだったかもしれない。

 聖母のような、全てを丸く包み込み、許してくれるような、そんな温かみすら、見ている俺には感じたのだ。

 いつもは澄ました顔ばかりしている天地だが……こんな顔をすることができたのか。

「さて……じゃあ、そのために打破しなければならない問題が二つばかりあるわね」

 しばらく神坂さんの頭を撫でた天地は、手を離すと同時に、いつもの何食わぬ表情へと戻り、これからの行動、神坂さんを救う手立てについて話し始めた。

「まず一つが、神坂さん自身が両親に、自分の気持ちを伝えること……それはもう大丈夫よね?」

「……はい!」

 さっきまでの絶望の色はその表情から消え、そこには希望を掴もうとする光があった。

 いつもの、天使のような表情が神坂さんに戻ったのだ。

「そしてもう一つが……鷺崎をこの街から完全に追い出すこと。やつがいなくなれば、神坂さんの父親の心配の種は、ひとまず尽きる」

 そう、神坂さんの家庭の不和の発端であり、元凶である鷺崎反流。

 この男を駆逐しない限り、神坂さん自身、そして父親もあるいは母親も、その周囲をいつまでも嗅ぎ回られることになってしまう。

 その嗅ぎ回られるプレッシャーが、時に疑心を生み、それが崩壊へと繋がっていく。実際、神坂さんの父親はその疑心で、神坂さんをしばらく家から遠ざけるということをしてのけたのだから。

「それに……わたし自身、あの男にはこの街から早々に消え去って欲しいから……」

 私怨といってしまえば、そうなのだろう。天地にとっても、鷺崎という男がこの街に残るのは避けたいというような感じだった。 

 そこにどれほどの憎悪があるのか、コイツの過去を知らない俺には分からないが、しかしひしひしと言葉から感じるものはある。理性的に嫌っているのではなく、天地は鷺崎を生理的に嫌っているのだ。 

 これほどまでに嫌われる鷺崎との過去とは一体……しかし今の俺には、知る由も無かった。

「鷺崎についてはそうね……わたしと、それから岡崎君、あなたも着いて来てくれるかしら?」

「ああ、俺は一向に構わない」

「そう、じゃあ決まりね。それじゃあ神坂さんは、今すぐ家に戻りなさい。時が経つにつれて、あなたの方の修復は困難になってしまうから」

「分かりました……その、天地さん本当にありがとうございます!」

 神坂さんはその小さな頭を天地に下げた。

「ふふっ……でも、礼を言われるのは全てが片付いてからよ、さあ行きなさい」

「……はい!」

 天地に言われ、神坂さんは返事をすると、早々にリビングを出て行き、目で確認はしなかったが、玄関から家の扉を開閉する音が聞こえたので、天地の家を出たのは耳で確かめることができた。 

「……岡崎君、わたしから絶対に離れないでね」

「えっ……!」

 神坂さんがこの場から居なくなってから、天地は俺に呟いた。

「鷺崎と対峙するとは言ったものの、やはりわたしもあの男と接触するのは……怖いの。あいつはわたしの弱みも握っている……だから」

「……分かった、離れない」

「ありがとう……」

 一体それがどのような弱みなのか、そもそも天地と鷺崎の間にはどのような関係が成り立っているのか、ここまで臭わされたら誰だって気になるものだ。

 しかし訊いたところで答えてはくれないだろうし、それは多分禁忌の記憶。人には語れないような、黒い歴史。

 そんな人の傷口を開くような、言ってしまえば弱みを詮索するような真似は、俺にはできない。ましてや天地相手に、大切に思っている人間相手にできるはずもない。

 引くところは引く。良好な関係とはなにも、互いのことを何でも知っているから成り立つものではないと、俺は思っているからな。

「しかし天地、鷺崎と接触するにしても、俺達はあいつの動向を掴めていない。お前はあいつがどこに向かうのか、当てはあるのか?」

「ええ……一つだけあるわ。あの男が、一つの仕事を終えたら必ず向かう場所。総仕上げのために向かう場所があるわ」

「総仕上げのために向かう場所か……」

「その習慣が今でも続いていたら……だけど。確率は五分五分ね」

「そうか……まあ、五分あれば十分だな」

「五分なのに十分だなんて、確率を水増ししないでちょうだい」

「いや……そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ……」

 神坂さんにはあれだけ穏やかな表情をしてみせたというのに、俺には荒く手厳しい対応してくるよな本当に。

 容赦がない。

「それじゃあ行くわよ岡崎君、元凶を、大魔王を倒しに」

「ああ……」

 あのだらしない男が征服した世界なんざ、どうせたかがしれているのだろうが、しかしそんな世界でも救ってやるのが勇者ってもんだ。

 やってやろうじゃねえか……今こそ勇者が、大魔王に反旗を翻す時。

 起死回生の、反逆の時だ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり
恋愛
20も離れたおっさん侯爵との結婚が嫌で家出したリリ〜シャ・ルーセンスは、新たな希望を胸に新世界を目指す。 新世界でパン屋さんを開く!! それなのに乗り込んだ船が海賊の襲撃にあって、ピンチです。 このままじゃぁ船が港に戻ってしまう! そうだ!麦の袋に隠れよう。 そうして麦にまみれて知ってしまった海賊の頭の衝撃的な真実。 さよなら私の新大陸、パン屋さんライフ〜

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...