ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

第5章 因縁の終止符【1】

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 やってきたのは、この街で最も高い場所、高台の上だった。

 この街で生まれ、この街で育ってきた俺なのだが、幼少の頃、ハイキングかなにかで一度行ったきりで、それ以降は全く足を踏み入れたことの無い場所。

 さらにこの高台は、別に有名なスポットでもなく、足しげく通うような人もいないため、ずさんな管理がされているのは明々白々。安全のための柵の塗装も剥げ、草は伸びゆくまでに生い茂っている。

 そんな場所に、俺と天地は来ていた。ある男を追うために。

 鷺崎反流さぎざきはる、スキャンダルを狙うためなら人を欺くことなど平気でいとわないような、そんな男だと天地は言う。

 俺自身、あの男と接触したのは僅か二度しか無いため、鷺崎が天地の言っているような人間なのかどうかを見極めることはできない。できないが、どちらを信じるかという場合では、勿論それは天地に軍配が上がる。

 だから彼女を信じて、俺も対峙する。神坂さんを、一つの家庭の崩壊を食い止めるために。

「……やはり、僕の行動パターンを憶えていてくれたか、天地さん?」

 年季が入った、塗装の剥げた柵に腕を掛け、相変わらずのだらしない、だけども派手な色合いの恰好をした週刊誌記者、鷺崎の姿がそこにはあった。

 天地の読みは、当たっていたのだ。

「いやはや感激だね、僕としては。こんな中年になっても、女の子の記憶の中に居続けることができるだけで、僕としては奇跡みたいなもんだ。なんせこんな歳になっちまうと精も根も尽き果てちまってるからねぇ」

 相変わらずの、一辺倒な会話ではなく喋り。

 しかし天地はそんな喋りにも、冷静に切り返す。

「さっさとあなたのことなんて忘れてしまいたかったわ。けれどわたし、記憶力は良い方だから」

「ほう、そりゃあいいことじゃないか。僕なんてもう、二日前に食べた朝ご飯の内容すら憶えてないほどに、記憶力は低下しちゃってるよ……年は取りたくないもんだ」

 はっはっはっ、とわざとらしいというか、胡散臭い笑いを鷺崎はしてみせる。

 どこまでも、あらゆる行動が嘘っぽく見える男だ。

「おっ!隣にいるのは岡崎くんか、やあやあ岡崎君、えっと……いつ振りだっけ?」

「……今日の昼振りですが」

「おお!そんなに最近だったっけ?僕的にはもう、二、三週間は会って無かったかのような、そんな懐かしさすら感じそうな期間を経ているように感じちゃったよ……まあ僕って、男との出会いにはあんまり興味ないからね」

「そうですか……まあ、憶えてもらって無くても、俺は一向に構いませんが」

 なんだろう……鷺崎の言い草には所々、言葉の端々に、俺への敵意、嫌悪のようなものが含まれてる気がする。

 俺の気にし過ぎ……だろうか?

「それで?お二人はこんな辺鄙へんぴな場所に何の用だい?ああ、でもここって一応公共の場所であって、僕の私的な場所じゃないから、別に君達の用件を訊くような権利なんて僕には無いよね?だけどさ、まあおじさんの好奇心ってことで、答えてくれると嬉しいかな?」

「あなたをこの街から追い出しに来たのよ、鷺崎」

 回りくどい、くどくどとした鷺崎からの問いに、朗然ろうぜんたる、すっぱりとした解答を返す天地。

 そんな解答を受けて、鷺崎はそっかそっかと呟き、俺達を背に、闇に染まった空に向き直る。

「天地さん、君も知っての通りだと思うけれど、そこから多分、僕の居場所を予想してここまで来たのだろうけれど、僕がこういう場所に来る時は、全ての仕事が終わった時なのさ」

「知ってるわ」

「そうか……なら話は早い。とどのつまり、もう僕はこの街に用は無い。全て完結したのさ」

 天地がここに来る前に言っていた、鷺崎の習慣。

 それは、鷺崎は一つの仕事を完結させると必ず、その仕事をした場所の最も高い場所に上り、そこからその場所を必ず見下し、それを仕事の総仕上げにしているのだと。

 だからこの街の、最も標高のある場所。この高台に必ず来ていると、天地は踏んだのだ。

「だから、君に追い出されずとも、僕はもうこの街を出て行く。自然消滅するってわけさ。それでめでたしめでたし、ジ・エンドってことなのさ」

 鷺崎の言ってることは、確かに的を射ている。

 この男がここにくる理由が仕事の総仕上げとするならば、その後はただ去るのみ。つまり俺達が鷺崎を追い詰めなくとも、鷺崎は勝手にこの街を出て行くという形で、この一件は納まるのである。

 だが天地は、その鷺崎の物言いに首を横に振る。

「いいえ、そうはならないわ。あなたが自然に去るのと、わたし達が追い出すのとでは、雲泥の差がある」

「ほう言い切るねぇ……じゃあその違いについての説明を、僕は君に請うよ。いやいや、おじさんになると頭が固くなっちゃってね……若い子の発想っていうのにイマイチピンとこないのさ」

 くっくっ、と夜空を見たまま、相変わらずの如何わしい笑いをする鷺崎。

 しかしその笑いは、先程の胡散臭さというよりも、どこか黄昏を感じるような、寂しげすらも感じさせるような、そんな笑いだった。

 もしかしたら、本当はこの時点で鷺崎は、天地の言っていることの意味を大よそ掴んでいたのかもしれない。

 ただ、そうでないように、そうでない風に欺いただけなのかもしれない。

 勿論これは、あくまで俺の思惑の範疇はんちゅうであって、なんの確信も無いのだが。

「あなたが去るだけでは、またこの街に来ないとも限らない。だから追い出して、二度とこの街に踏み入れれないよう、徹底的に潰す。わたしの周りをうろちょろするな、目障りなのよ……つまりそういうことよ」

 天地のその言葉には、純粋な悪意だけが込められているように感じた。そう考えると、いつも俺に浴びせられている罵詈雑言は、まだ優しいものの部類に入るのかもしれない。

 人間的に、生理的に、この男を天地は嫌っている。

 人間の好き嫌いは誰にだって、多少はあるのかもしれないけれど、しかしここまで純粋な悪意をぶつけるほど、その人間が嫌いになるということはまず無いだろう。誰だってそこに、ほんの僅かな配慮というものが出てくるはずだ。

 しかし、今の天地にはその配慮が微塵もない。それだけ彼女は、鷺崎のことを敵視しているということなのだろう。

 そうなるまでには、何かしらのキッカケがある。キッカケが無ければ、人をここまで恨むことなど早々できまい。

 やはり気になるのは、こんな関係になってしまうまでの、二人の背景。過去のやり取り。

 一体、何があればこんな複雑な関係になるのだろうか……そんな経験の無い俺には、想像もつかないような未知の範囲の話であった。
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