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第3部 欺いた青春篇
第5章 因縁の終止符【3】
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「いやいや岡崎君、多分岡崎君は知らないはずだよ。だって君は彼女の中学時代を全く知らない」
「……何でそんなこと、アンタが言い切れるんだよ」
「クックッ……僕は一応当事者だからね、だから僕は君よりも遥かに、中学の頃の天地さんをよく知っている。彼女は本当に、恨みという感情に生かされているような、そんな存在だったんだ。僕すらも最初に彼女に出会った時は驚いたよ、こんなに人を恨んで生きている人間を見たのは、生まれて初めてだってね。君は彼女と出会った時、僕と同じようなことを思ったかい?」
「……いや、そんな風には」
「だろう?まあ彼女は、高校に入る頃には、もっと詳しく言うなら僕と離れてから、かなり丸くなったからね。ホントそれこそ、憑き物が落ちたかのようにね。だから君は知らないんだよ、当時の彼女を」
他の人間に言われても、そこまでは無いと思うのだが、この男に言われると、何故か無性に悔しさが込み上がってくる。
言い方なのかもしれないけれど、コイツよりも天地のことを知らないという、自分自身に腹が立って仕方がない。
知らないのが、当たり前であるはずなのに。
「それに、そんな恨みの塊だったから僕に近づいてきた。彼女は決して、父親からその技術を盗むために、そんな正当な方法で天地電産を乗っ取るために付きまとっていたわけでは無い。彼女はね岡崎君、僕と同じでスキャンダルを狙っていたのさ」
「スキャンダル……」
「そう……彼女は僕と結託して、父親からスキャンダルを巻き上げ、社会的に抹殺しようとしたのさ」
ニヤリと、悪辣な、ニヒルな笑みを浮かべ、鷺崎は断言する。
「普通できるかいそんなことが?唯一の肉親を、完膚なきまでに打ちのめそうとするあの所業は……まさに悪魔に魂を売ったといった感じだったかな?いや……常に相手の死に際を狙う、死神のようにも見えたかもしれない。兎にも角にも、彼女は人並み外れた悪行を仕出かしていたということさ」
鷺崎の言葉を聞き、俺は天地を見る。
相変わらずの、澄ました表情をしているように見えたが、しかしその表情はどこか、感情を無理矢理押し殺しているような、そんな雰囲気を俺は感じ取った。
「……天地、鷺崎の言ってることは本当のことなのか?」
「…………ええ、本当よ。わたしはあの時期、お父さんを本気で貶めようとしていた。社長の座から下ろすためなら、どんな手段も選ばないような、そんな卑劣を働いていたわ」
「じゃあ鷺崎と組んでいたというのも?」
「ええ、組んでいたわほんの一時期だけね。あの時はわたしも必死だったし、なによりもこの男の口車に乗せられていたから、まさかこんな詐欺師のような男とは思ってもみなかったわ」
「はっはっ!詐欺師だなんてそんな、僕の嘘なんて本職の人間に比べたら幼稚園児のイタズラのようなものさ!」
鷺崎のその陽気な笑いは、まるで旧友と思い出話や冗談話に浸り、団欒してるかのようだった。
こちらはそんな気、サラサラ無いのだが……本当に空気の読めないやつ。
というか、詐欺師と呼ばれていることは否定しないのか。
「幼稚園児のイタズラ……それにしては随分と小金を稼いでいたじゃない?」
「ありゃたまたまさ、たまたま。時々いるんだよ、僕みたいな本物か偽物か分からない情報でも買い取ってくれるような物好きなやつがね」
「わたしがあなたに渡した、最後の情報も大そうな金になったとか?」
天地のその一言で、鷺崎のニヤケ面に少しの影が差した。
「ああ、あれね……あれは冗談無しに、謙遜無しに、本当に金になったさ。だけど、僕をこんな姿に、こんな立場にしてしまった、所謂禁忌の箱、パンドラの箱だったよ。知ってるかい岡崎君はパンドラの箱のお話?正式に言うなら、パンドーラーの箱っていうんだけどさ」
「パンドラの箱……確かギリシア神話の、不幸の箱だったっけ……」
「そうそう、なかなか物知りじゃないか岡崎君!僕はてっきり、君はこの手のことの知識は皆無である、『博識』ならぬ、『薄識』だとばかり思い込んでいたよ。いやはや……決めつけっていうのは実によくないな。今後は気を付けるよ」
その時の鷺崎は、そんな冗談のようなことを言っても、決して表情は笑っていなかった。
「パンドーラーの箱、全知全能の存在であるゼウスが全ての悪と災いを封じ込めたという箱のことだね。決して開けてはならないと言われていたその箱だったけど、パンドーラーは好奇心でこの地上で開けちゃって、世界にあらゆる災禍が撒き散らされたっていうお話だよね」
ああ……そんな話だったっけ。俺が知っていたのは、ただそのパンドラの箱っていうのがギリシア神話の何かってくらいだったのだが。
そういう意味では、この男の言葉を拝借するのはあまり気が進まないが、俺は『薄識』なのかもしれない。
「僕も天地さんからのあの情報を好奇心で売ったがばかりに、随分な災禍に見舞われてね……それこそようやく、こんな風に陰に隠れながらではあるけど、なんとか行動できるようになったってわけだよ」
「そういうのはパンドラの箱とは言わず、自業自得と言うのよ」
「はっはっ!よく言ってくれるよね!僕を嵌めた張本人がさ!……まあそういうことだよ岡崎君、彼女は父親も陥れようとし、僕は実際彼女に陥れられた、そんな人間なのさ。君はそんな冷酷無比な人間を、そんな彼女の肩を持つというのかい?」
俺に選択を迫る鷺崎。
なるほど、そういうことか……鷺崎はおそらく今、追い詰められている。この上ないほどに、袋のネズミといった状態なのだ。
まず一つが、逃げ道をヤツは俺達によって断たれている点。
この高台を下りるには、この高台を上って来た道を引き返すほかに退路は存在しないのだが、今その唯一の退路は、俺達が立ち塞いでいる。
俺が天地を裏切って鷺崎に寝返れば、よしんばこの場を逃げられるかもしれない。おそらくこの男は、そんな算段を打ち立てているのだろう。
「……何でそんなこと、アンタが言い切れるんだよ」
「クックッ……僕は一応当事者だからね、だから僕は君よりも遥かに、中学の頃の天地さんをよく知っている。彼女は本当に、恨みという感情に生かされているような、そんな存在だったんだ。僕すらも最初に彼女に出会った時は驚いたよ、こんなに人を恨んで生きている人間を見たのは、生まれて初めてだってね。君は彼女と出会った時、僕と同じようなことを思ったかい?」
「……いや、そんな風には」
「だろう?まあ彼女は、高校に入る頃には、もっと詳しく言うなら僕と離れてから、かなり丸くなったからね。ホントそれこそ、憑き物が落ちたかのようにね。だから君は知らないんだよ、当時の彼女を」
他の人間に言われても、そこまでは無いと思うのだが、この男に言われると、何故か無性に悔しさが込み上がってくる。
言い方なのかもしれないけれど、コイツよりも天地のことを知らないという、自分自身に腹が立って仕方がない。
知らないのが、当たり前であるはずなのに。
「それに、そんな恨みの塊だったから僕に近づいてきた。彼女は決して、父親からその技術を盗むために、そんな正当な方法で天地電産を乗っ取るために付きまとっていたわけでは無い。彼女はね岡崎君、僕と同じでスキャンダルを狙っていたのさ」
「スキャンダル……」
「そう……彼女は僕と結託して、父親からスキャンダルを巻き上げ、社会的に抹殺しようとしたのさ」
ニヤリと、悪辣な、ニヒルな笑みを浮かべ、鷺崎は断言する。
「普通できるかいそんなことが?唯一の肉親を、完膚なきまでに打ちのめそうとするあの所業は……まさに悪魔に魂を売ったといった感じだったかな?いや……常に相手の死に際を狙う、死神のようにも見えたかもしれない。兎にも角にも、彼女は人並み外れた悪行を仕出かしていたということさ」
鷺崎の言葉を聞き、俺は天地を見る。
相変わらずの、澄ました表情をしているように見えたが、しかしその表情はどこか、感情を無理矢理押し殺しているような、そんな雰囲気を俺は感じ取った。
「……天地、鷺崎の言ってることは本当のことなのか?」
「…………ええ、本当よ。わたしはあの時期、お父さんを本気で貶めようとしていた。社長の座から下ろすためなら、どんな手段も選ばないような、そんな卑劣を働いていたわ」
「じゃあ鷺崎と組んでいたというのも?」
「ええ、組んでいたわほんの一時期だけね。あの時はわたしも必死だったし、なによりもこの男の口車に乗せられていたから、まさかこんな詐欺師のような男とは思ってもみなかったわ」
「はっはっ!詐欺師だなんてそんな、僕の嘘なんて本職の人間に比べたら幼稚園児のイタズラのようなものさ!」
鷺崎のその陽気な笑いは、まるで旧友と思い出話や冗談話に浸り、団欒してるかのようだった。
こちらはそんな気、サラサラ無いのだが……本当に空気の読めないやつ。
というか、詐欺師と呼ばれていることは否定しないのか。
「幼稚園児のイタズラ……それにしては随分と小金を稼いでいたじゃない?」
「ありゃたまたまさ、たまたま。時々いるんだよ、僕みたいな本物か偽物か分からない情報でも買い取ってくれるような物好きなやつがね」
「わたしがあなたに渡した、最後の情報も大そうな金になったとか?」
天地のその一言で、鷺崎のニヤケ面に少しの影が差した。
「ああ、あれね……あれは冗談無しに、謙遜無しに、本当に金になったさ。だけど、僕をこんな姿に、こんな立場にしてしまった、所謂禁忌の箱、パンドラの箱だったよ。知ってるかい岡崎君はパンドラの箱のお話?正式に言うなら、パンドーラーの箱っていうんだけどさ」
「パンドラの箱……確かギリシア神話の、不幸の箱だったっけ……」
「そうそう、なかなか物知りじゃないか岡崎君!僕はてっきり、君はこの手のことの知識は皆無である、『博識』ならぬ、『薄識』だとばかり思い込んでいたよ。いやはや……決めつけっていうのは実によくないな。今後は気を付けるよ」
その時の鷺崎は、そんな冗談のようなことを言っても、決して表情は笑っていなかった。
「パンドーラーの箱、全知全能の存在であるゼウスが全ての悪と災いを封じ込めたという箱のことだね。決して開けてはならないと言われていたその箱だったけど、パンドーラーは好奇心でこの地上で開けちゃって、世界にあらゆる災禍が撒き散らされたっていうお話だよね」
ああ……そんな話だったっけ。俺が知っていたのは、ただそのパンドラの箱っていうのがギリシア神話の何かってくらいだったのだが。
そういう意味では、この男の言葉を拝借するのはあまり気が進まないが、俺は『薄識』なのかもしれない。
「僕も天地さんからのあの情報を好奇心で売ったがばかりに、随分な災禍に見舞われてね……それこそようやく、こんな風に陰に隠れながらではあるけど、なんとか行動できるようになったってわけだよ」
「そういうのはパンドラの箱とは言わず、自業自得と言うのよ」
「はっはっ!よく言ってくれるよね!僕を嵌めた張本人がさ!……まあそういうことだよ岡崎君、彼女は父親も陥れようとし、僕は実際彼女に陥れられた、そんな人間なのさ。君はそんな冷酷無比な人間を、そんな彼女の肩を持つというのかい?」
俺に選択を迫る鷺崎。
なるほど、そういうことか……鷺崎はおそらく今、追い詰められている。この上ないほどに、袋のネズミといった状態なのだ。
まず一つが、逃げ道をヤツは俺達によって断たれている点。
この高台を下りるには、この高台を上って来た道を引き返すほかに退路は存在しないのだが、今その唯一の退路は、俺達が立ち塞いでいる。
俺が天地を裏切って鷺崎に寝返れば、よしんばこの場を逃げられるかもしれない。おそらくこの男は、そんな算段を打ち立てているのだろう。
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