ヒトコイラヴァーズ 悪魔の女との青春物語

赤坂皐月

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第3部 欺いた青春篇

第5章 因縁の終止符【4】

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 そしてもう一つが、天地の握っている鷺崎の弱み。

 しかしそれはおそらく、鷺崎の弱みでもあり、天地の弱みでもあるのだろう。だから共に地獄に落ちるというわけだ。

 だが、ここでもう一度地獄に落ちることは鷺崎にはできない、何故なら、コイツは今しがたやっとの思いで地獄から帰って来たばかりなのだから。

 勿論、その内容までは知らないものの、大金に成り替わるような情報を売ったが故に、今でも陰に潜みながら、コソコソと、薄汚い野ネズミのような生活をしているのだろう。風体を見れば、それは分かるようなものだ。

 だからもう一度地獄に落ちることは許されない。落ちた時には次こそ、その業火に焼き尽くされて身を滅ぼしかねないから。

 だから必死なのだ、この男は。敵であると分かっていても、自分のことを理解してくれるはずが無いと知っていても、それでも俺を引き入れようと躍起になっているんだ。

 自分の身を守るために。

 さてどうしようか……いや、どうしてやろうか。おそらくこの場合、決定権は俺にあるのだろう。

 鷺崎は今、戻りようのない断崖絶壁に追い込まれている。あともう一押し俺がしたならば、コイツは崖から落ちることになる。

 天地の肩を持ち、コイツを徹底的に落ちるところまで落としてしまうか、それとも道を開け逃がしてしまうか。

 二つに一つ……どちらの選択肢を選ぶか。

 もし天地の肩を持てば、おそらく天地は容赦なく鷺崎を追い込み、この街から追い出してしまうだろう。しかしその場合、後々鷺崎が何を仕出かすか分かったものではない。

 今でさえも暴発し、天地を巻き込もうとしているというのに、そんなことになってしまったら、本当に天地は鷺崎と共に地獄へと落ちることになるだろう。

 避けられるものなら、避けて通りたい道だ。

 しかしここで鷺崎の肩を持ち、道を開ければ、鷺崎はまたいずれ誰かのスキャンダルを狙いにこの街を訪れるだろう。そうなれば、また神坂さんのように何も罪の無い人間が傷ついてしまいかねない。

 そして何よりも、天地が俺に幻滅するだろう。その後の関係は多分……考えたくもないが、破綻。

 それだけは、何としてでも避けなければならない。俺はまだ、こいつの傍に居たいと思っているのだから。

 だったらどうする……この場を最善の方法で納めるその手段……。

 鷺崎を暴発させること無く、どうにかしてこの男をこの街から追い出す、その方法。

 何か手は……と考えたところで、思いつくはずもない。俺は軍師でもなければ、コマンダーでもない、そんな策士と呼ばれる秀才達とは異なる、ただの凡な高校生だ。

 そんな高校生に、この場を納めよと投げかけてくることがそもそもオカシナ話なのだ。

 まるでそう、他人の痴話喧嘩を止めようとする、世話焼き婆さんのような、そんな立ち位置。
 
 成功したら成功したで、誰からも感謝は受けず、失敗したら咎められるような、損な役割。

 俺は自分すらも気付かない内に、こんな立ち位置に立たされていたのだ。俺の意向など、一切汲み取られずに。

 本当に勝手な話だ、天地も鷺崎も、自分本位の、本当に勝手なやつら。

 だったら俺も、勝手にさせてもらおう。何も考えず、流れに身を任せて、自分本位に言いたいことを言わせてもらう。

 どちらに傾こうがリスクがあるのは同じなのなら、俺は俺を突き通すまでだ。捻くれ者のやり方ってやつをな。

「ふん……天地の肩を持つとか、持たないとか、そんなのどちらを信用できるかっていう点で訊くまでもない質問、愚問じゃないのか鷺崎?」

 俺は真っ直ぐ、標的を射抜くように鷺崎に視線の照準を合わせる。

 しかし俺の返答に、やはりそうなったかというような、一種ガッカリしたテイで鷺崎は溜息を吐き、首を横に振った。

「やれやれ……やっぱそうだよね。こんな胡散臭いオッサンよりかは、確かに悪女の方が遥かに信ずるに値するか。しかも彼女となると、当たり前か……ああやだやだ、惚れた腫れたのただの縁ってやつなのに、そこまで人間の思考を揺るがさないものは嫌いだね。やはり僕は、そっち側のことには向いてないみたいだ」

 週刊誌記者が何を堂々と言ってるんだと、心底聞いてる方は呆れそうなものだが、まあ鷺崎からすると的が外れたといった感じなのだろう。

 俺の引き入れに失敗した、絶体絶命のピンチに立たされ、逃げ場がない。そう思っているに違いない。

 だから俺は、そんなヤツの思考を逆手に取り、進んで道を開ける。唯一この高台を下ることのできる道、唯一の鷺崎の逃げ道を確保したのだ。

 これにはさすがの鷺崎も、そして隣で見ていた天地も目を丸くしていた。

「岡崎君、どういうことかしら?まさか鷺崎を逃がすつもり?」

「別に逃がすわけじゃない、もう十分だってことだよ」

「もう十分?どういうこと?」

「これ以上鷺崎を責めたところで、俺達に何の得も無い。どころか、お前の首を絞めかねないだろ。それにコイツはさっさと自分から出て行くって言ってるんだ。去る者は追わずってことだ」

「でも……この程度の生半可なものにしたら、また鷺崎はこの街に来るかもしれないわよ」

「かまわない……その時はまた、追い出せばいいことだ。ただ二度目は、今回のようなかすり傷程度で終わりはしないだろうけどな」

 俺が、精一杯俺なりに睨みを利かせた目を鷺崎に向けると、やつはまるでビビらず、むしろ馬鹿にしてるような反応をとってきやがった。

「はっは~!情けを掛けてくれるのかと思ったら、所謂アメとムチってやつだね?僕個人としては、岡崎君のやり方の方が確かに助かるんだけど、しかし客観的に考えると、天地さんの言ってることも至極正しいよね?……ああ!勘違いしないでくれよ?僕は第一に助かりたいんだけど、ただ君の考えっていうのが分からないと、イマイチ信用できないというか、まあそんな感じなんだ」

 ようは、ここで逃がしておいて、後から背中を狙われる可能性があるから、俺の言ってることはイマイチ信用ならない……とコイツは言いたいのかもしれない。多分。

 人を欺いてるくせに、疑心は深いやつだ。いや、むしろ人間というもの自体を信じていないのかもしれないなこの男は。

 人の黒い部分を探り出す仕事をしているが故の、一種の職業病というやつなのだろうか?まあ、詳細を知ろうとは思わないが。

 とにかく……やること成すこと、本当に回りくどいやつだ。

 まともに対応するだけで、こっちが疲れてきそうだ……いや、本当に。
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