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第4部 連なってゆく青春篇
第1話 里恋噺【3】
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「ほら、さっさと行かないとカザミーが拗ねて帰っちまうぜ?」
「……そう思うならお前が行けばいいだろうがよ」
仕方なく、やむなしに、俺は重い腰を上げ、その場から立ち上がり、玄関へと向かった。
風見はまだ、ドアをドンドン叩いている。この家自体が古い建物であり、玄関の引き戸もまた古いものであり、もしこのまま叩かれ続けたら穴でも空くんじゃないかと、本気で心配になるくらいに、扉は悲鳴をあげていた。
「ああ分かった分かった!今開けるから!」
施錠はされていない。両親と祖父母は近くにある親戚の家に顔合わせに行っているが、俺と元が留守番をしていたので、鍵を掛けずに出て行ったのだろう。
だから俺は、そのまま扉を開けた。引き戸だったので、扉を思いっきり横にスライドさせてやった。
すると、その刹那。
「ぶっっ!!」
俺の鳩尾付近に、童女の拳がめり込んだ。
扉が悲鳴をあげるほどのあの力を、抑えられることなく、そのままの勢いで、俺の方へと飛んできたのだ。
彼女の力が剛力だったかといえば、そうではなかったのだが、しかし急所を突かれたがために俺は体を屈曲させ、鳩尾の部分を庇うように両手で抑えた。
「うわぁっ!!?ち……チハにい!大丈夫!?」
目の前の童女が、俺を気に掛けて急いで寄り添ってくる、だが。
「うおわああああああっ!!」
彼女はその引き戸の、僅かに出っ張っているレールのような部分に躓き、そして盛大に、腹から倒れ込もうとしたところを、正面に居た俺に支えられて、なんとか床との正面衝突は避けることができた。
「いっつつ……ったく、相変わらずだな」
「へへへ……久しぶりだね、チハにい」
前のめりになっていた体勢を立て直し、風見はにっこりと笑ってみせる。
そのあどけない笑顔を見ることによって、童女であることを再確認することができるが、その背丈はこの年代の女の子にしては高く、おそらく百六十センチは軽く超えているだろう。
プロポーションを見る限りでは、中学生もしくは高校生と間違われてもおかしくない。
黄色のタンクトップに、カーキ色のショートパンツ、そして黒のスニーカーと、ファッションよりもおそらく、機動力を重視した容姿をしているのだろうけれど、それが小学生であり、田舎少女である雰囲気を醸し出している。
まあ当の本人はおそらく。動きやすい服なら何でもいいって感じの発想だろう。この子は、そういう子なのだ。
「チハにい、ハジハジは?」
『ハジハジ』というのは、言わずもがな元のニックネームのようなものであり、ちなみに先程から呼ばれている、『チハにい』とは俺こと、岡崎千羽矢のあだ名である。
「んん?元ならあっちの居間でテレビ見てるよ。あいつに用事があるのか?」
「いやいや、今からみんなで釣りに行こうよって誘いに来たんだ!」
「ああ……釣りね、釣りかぁ……」
外の気温諸々のことを考えてしまい、躊躇い気味に返事を返してしまう。
もう少し幼い頃なら、快い返事をしていたのだろうけれど、俺はここ数年で完全なるインドア派となってしまった。
必要以上の外出は避けたいところなのだが……。
「俺は別にいいけど……元はどうだろうなぁ~。アイツ、ずっとテレビ見てやがるからなぁ~」
どうせアイツも、このクソ暑い日光に照らされながら釣りをすることなど、どうせ拒むだろうから、だったらアイツに、無垢なる女子小学生の切なる願いを蹴るという、汚れ役をなすりつけようではないか。
さっきのジャンケンの報い、今ここで受けてもらおうじゃあないか!
「そうなの?よっしゃあ!それじゃあハジハジに直談判だっ!」
「直談判って……よくそんな難しい言葉知ってるな」
「チハにい、わたしももう来年は中学生だよ?いつまでも、ただの無邪気な子供みたいな扱いしないで欲しいなぁ?もう一人前のレディなんだから!」
こんなクソ暑い日に、川に釣りに出かけようとする淑女などいてたまるか。
自分のことをレディなんて言ってる内はまだガキなのさ。
「いいからいいから!ハジハジぃっ!ちょっとハジハジぃっ!!」
風見は履いていたスニーカーを、足を振る力だけで脱ぎ捨て、そのまま家の中へとずかずか入り込んでいく。
「こらああああっ!人の家に入る時は、靴を脱ぎ捨てないでちゃんと揃えてから入りなさいっ!」
俺の苦言などまったく耳に入れる様子は無く、風見は居間の方へと歩いて行ってしまった。
別に俺が几帳面だということではないのだが、風見によって脱ぎ捨てられ、バラバラに散らばったスニーカーがあまりにも無残だったため、仕方なく俺はそれらを手に取り、玄関の端に揃えてから居間へと向かった。
「ハジハジお久しぶりぃっ!」
「久しぶり」
風見は片手を挙げて、俺にしたように元気よく、あるいは幼げに、元に挨拶をしていたようだが、対する元は俺がこの居間を出た時と変わらず、ずっとテレビの画面の前で高校球児たちの接戦に注目し、ということは当然、風見には見向きもしていなかった。
「ねえねえハジハジ、今からみんなで釣りに行きたいんだけど一緒に行かない?」
風見は早速本題を、にこやかに元に向かって問う。
未だに元は、風見の方に見向きもしていない。この光景を、先程の二人の掛け合いを見ていれば、ここは元が風見の誘いを蹴ることなど当然、自明の理のように思えた。
だがコイツは、岡崎元の決断はそうではなかった。
「釣り?ああ、いいよ」
元の決断は、二つ返事。しかも、迷うことの無い、曇りない返事だった。
「えっ?」と思わずそんな声が出そうになったが、それでは俺が謀っていたと怪しまれかねないので、ここはどうにかその声を喉元辺りで押し殺した。
「やったー!チハにい、ハジハジ行ってくれるんだってさっ!」
笑顔全開、元気全開で風見はその場で、畳がぎしぎしと軋む音をたてるほど、飛び跳ねるようにして喜ぶ。
「そっかそっか、じゃあ早速釣りに行くかぁ」
内心肩を落として溜息を吐いていた俺だったが、風見のこんな天真爛漫に喜ぶ様を見せられては、そんな反応などとるわけにもいかず、俺はその場で腹を括り、釣りに行く決死をつけたのだった。
しかしまさか、元が行く気でいるとは思わなかった……単なる気まぐれなのだろうか?
「……そう思うならお前が行けばいいだろうがよ」
仕方なく、やむなしに、俺は重い腰を上げ、その場から立ち上がり、玄関へと向かった。
風見はまだ、ドアをドンドン叩いている。この家自体が古い建物であり、玄関の引き戸もまた古いものであり、もしこのまま叩かれ続けたら穴でも空くんじゃないかと、本気で心配になるくらいに、扉は悲鳴をあげていた。
「ああ分かった分かった!今開けるから!」
施錠はされていない。両親と祖父母は近くにある親戚の家に顔合わせに行っているが、俺と元が留守番をしていたので、鍵を掛けずに出て行ったのだろう。
だから俺は、そのまま扉を開けた。引き戸だったので、扉を思いっきり横にスライドさせてやった。
すると、その刹那。
「ぶっっ!!」
俺の鳩尾付近に、童女の拳がめり込んだ。
扉が悲鳴をあげるほどのあの力を、抑えられることなく、そのままの勢いで、俺の方へと飛んできたのだ。
彼女の力が剛力だったかといえば、そうではなかったのだが、しかし急所を突かれたがために俺は体を屈曲させ、鳩尾の部分を庇うように両手で抑えた。
「うわぁっ!!?ち……チハにい!大丈夫!?」
目の前の童女が、俺を気に掛けて急いで寄り添ってくる、だが。
「うおわああああああっ!!」
彼女はその引き戸の、僅かに出っ張っているレールのような部分に躓き、そして盛大に、腹から倒れ込もうとしたところを、正面に居た俺に支えられて、なんとか床との正面衝突は避けることができた。
「いっつつ……ったく、相変わらずだな」
「へへへ……久しぶりだね、チハにい」
前のめりになっていた体勢を立て直し、風見はにっこりと笑ってみせる。
そのあどけない笑顔を見ることによって、童女であることを再確認することができるが、その背丈はこの年代の女の子にしては高く、おそらく百六十センチは軽く超えているだろう。
プロポーションを見る限りでは、中学生もしくは高校生と間違われてもおかしくない。
黄色のタンクトップに、カーキ色のショートパンツ、そして黒のスニーカーと、ファッションよりもおそらく、機動力を重視した容姿をしているのだろうけれど、それが小学生であり、田舎少女である雰囲気を醸し出している。
まあ当の本人はおそらく。動きやすい服なら何でもいいって感じの発想だろう。この子は、そういう子なのだ。
「チハにい、ハジハジは?」
『ハジハジ』というのは、言わずもがな元のニックネームのようなものであり、ちなみに先程から呼ばれている、『チハにい』とは俺こと、岡崎千羽矢のあだ名である。
「んん?元ならあっちの居間でテレビ見てるよ。あいつに用事があるのか?」
「いやいや、今からみんなで釣りに行こうよって誘いに来たんだ!」
「ああ……釣りね、釣りかぁ……」
外の気温諸々のことを考えてしまい、躊躇い気味に返事を返してしまう。
もう少し幼い頃なら、快い返事をしていたのだろうけれど、俺はここ数年で完全なるインドア派となってしまった。
必要以上の外出は避けたいところなのだが……。
「俺は別にいいけど……元はどうだろうなぁ~。アイツ、ずっとテレビ見てやがるからなぁ~」
どうせアイツも、このクソ暑い日光に照らされながら釣りをすることなど、どうせ拒むだろうから、だったらアイツに、無垢なる女子小学生の切なる願いを蹴るという、汚れ役をなすりつけようではないか。
さっきのジャンケンの報い、今ここで受けてもらおうじゃあないか!
「そうなの?よっしゃあ!それじゃあハジハジに直談判だっ!」
「直談判って……よくそんな難しい言葉知ってるな」
「チハにい、わたしももう来年は中学生だよ?いつまでも、ただの無邪気な子供みたいな扱いしないで欲しいなぁ?もう一人前のレディなんだから!」
こんなクソ暑い日に、川に釣りに出かけようとする淑女などいてたまるか。
自分のことをレディなんて言ってる内はまだガキなのさ。
「いいからいいから!ハジハジぃっ!ちょっとハジハジぃっ!!」
風見は履いていたスニーカーを、足を振る力だけで脱ぎ捨て、そのまま家の中へとずかずか入り込んでいく。
「こらああああっ!人の家に入る時は、靴を脱ぎ捨てないでちゃんと揃えてから入りなさいっ!」
俺の苦言などまったく耳に入れる様子は無く、風見は居間の方へと歩いて行ってしまった。
別に俺が几帳面だということではないのだが、風見によって脱ぎ捨てられ、バラバラに散らばったスニーカーがあまりにも無残だったため、仕方なく俺はそれらを手に取り、玄関の端に揃えてから居間へと向かった。
「ハジハジお久しぶりぃっ!」
「久しぶり」
風見は片手を挙げて、俺にしたように元気よく、あるいは幼げに、元に挨拶をしていたようだが、対する元は俺がこの居間を出た時と変わらず、ずっとテレビの画面の前で高校球児たちの接戦に注目し、ということは当然、風見には見向きもしていなかった。
「ねえねえハジハジ、今からみんなで釣りに行きたいんだけど一緒に行かない?」
風見は早速本題を、にこやかに元に向かって問う。
未だに元は、風見の方に見向きもしていない。この光景を、先程の二人の掛け合いを見ていれば、ここは元が風見の誘いを蹴ることなど当然、自明の理のように思えた。
だがコイツは、岡崎元の決断はそうではなかった。
「釣り?ああ、いいよ」
元の決断は、二つ返事。しかも、迷うことの無い、曇りない返事だった。
「えっ?」と思わずそんな声が出そうになったが、それでは俺が謀っていたと怪しまれかねないので、ここはどうにかその声を喉元辺りで押し殺した。
「やったー!チハにい、ハジハジ行ってくれるんだってさっ!」
笑顔全開、元気全開で風見はその場で、畳がぎしぎしと軋む音をたてるほど、飛び跳ねるようにして喜ぶ。
「そっかそっか、じゃあ早速釣りに行くかぁ」
内心肩を落として溜息を吐いていた俺だったが、風見のこんな天真爛漫に喜ぶ様を見せられては、そんな反応などとるわけにもいかず、俺はその場で腹を括り、釣りに行く決死をつけたのだった。
しかしまさか、元が行く気でいるとは思わなかった……単なる気まぐれなのだろうか?
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