1 / 2
変わらぬ日常
しおりを挟む
「ねぇ」
いつもならばまだ寝起きで不機嫌なはずの彼が口を開く。今年の桜は開花が遅く、四月となりやっとちらほら薄紅が目立ち始めたようで、彼はそれらに目をやりながらマフラーで覆われた薄い唇を動かした。
「朔、今年もお花見する?……まだ咲いてないけどこれなら暖かくなった頃に満開になるんじゃないかな、そしたら丁度いいよね。」
彼の口から出たのは何でもない花見の誘いでなぜだか身構えた自分から力が抜けていく。自分はいったい彼からどんな言葉が出ると予想したのだろうか、よく分からないけれど。
「そうだな。去年は花見どころじゃなかったし、天音が寒がりなせいで。」
ほんの少しからかってやれば軽く鳩尾に肘を入れられる。そう来るとわかっていたので痛くも痒くもなかったが一応ここは痛いという顔をしておかなければ。
いつの間にやら開いた身長差。少し見下げなければいけない彼の顔。光に透かされた柔らかな色素の薄い髪の毛は、男子にしては長く右サイドをピンで止めている。髪の毛が掛けられた耳には紅のピアスが一粒。身体に傷をつけるなんてと怒る親が大半だろうけれど彼にはその親がいない。否、傍にはいてくれない。
まだ幼さの残るその顔が悲しみに歪んでいく様を何度も何度も見てきた自分としてはもう二度と涙なんてものを流して欲しくはないのだけれど、その綺麗な紅玉の瞳にはいつも『哀』の色が乗せられており、儚げな雰囲気を醸し出す。華奢な身体と相まってまるで散り際の桜のような危うさと美しさが創り上げられていた。
じっと見つめすぎたのか此方の視線に気がついて彼がふっと顔を上げる。目が、合った。彼は不思議そうに首を傾げてから瞳を細める。やけに大人びていて一見心配なんて無用かのように見えるがそれはただの見せかけに過ぎない。
「なぁに、朔。そんなに熱心に見つめられると流石に僕でも照れちゃうんだけど?」
鈴の音のような声で我に返り、慌てて視線を背けた。
「いや、悪い…。天音は昔から変わらないと思ってな。」
「………変わったよ…………。ちゃんと、変わったよ、ね…朔……?」
嗚呼間違えた。混乱したよう問いかける彼に胸が締め付けられる。そう、彼は変わったのだ。変わったなんてそんな生易しいものじゃなく彼は全てを変えたのだ。無理矢理五感さえもねじ曲げて新しい人間になったのだった。
「ごめん、言葉が足らなかった。顔が、変わらないって言いたかったんだ。ごめんな。」
素直に謝れば彼はぺたぺたと自分の頬に触れてから、すぐいつもの笑みを浮かべた。
「そう?……もー、失礼だなぁ…童顔って意味?まぁいいけどね、それが僕の武器だし。」
彼の地雷に触れぬよう細心の注意を払いながら隣に居続ける。それはとても辛くはないかといつか誰かに問われたが、そんなこと一切ない。彼のそばにいることで存在価値を見出し、自分がそばにいることで彼が壊れることなく生きていける。なにより自分は彼が大切なのだ。大切な友であり家族であり、想い人なのだから。
そんな会話の間にも終業式以来ご無沙汰していた学舎に到着する。校門から少しした場所に張り出されたクラス分け。成績順に振り分けられているから見るまでもないが一応確認。彼は人混みが嫌いなので当たり前のように自分のクラス確認も俺に任せ人だかりを避けて玄関へ先に向かう。
「天音、今年も同じクラスだ。」
教師から手渡された二つのバッジのうちの片方を手渡す。この学校はクラスがSからCまで分かれており自分のクラスのバッジをつけることが校則となっているのだ。Sクラスならばつけて損は無いが彼はこのバッジを嫌う。
「いらない。捨てといて。こんなくだらない格付けなんて不必要でしょ、別にこのバッジがあるからって頭が特別良くなるわけでもないのにさ。」
ひらひら背を向けたまま手を振る彼に溜息を。そうは言われても受け取ってもらわないとこちらとしては困るのだ。回り込んで胸元に手早くつけてやればじろりと睨まれる。
「……受け取ればいいんでしょ、朔は堅物なんだから。校則なんて破るためにあるんだよ~。」
わざわざバッジ外し嫌がらせのように教師の手に握らせる。その教師には見覚えがあった。ああ確か天音が珍しく気に入っている保健教師。
「お~い、天音さ~ん?スムーズにバッジ渡されても困るんだわ、ほら早くつけろ。」
「うわっ、ちょっとせんせー酷くない?制服破れたらどうしてくれるんですかー!」
「わざとらしい敬語を使うなチビ。全くもう何でこんなガキがS組なんだろーな?理事長にまで取り入ってんのか、このやろ~。」
首根っこを掴まれ無理やりバッジをつけられている最中にも友達のような会話が交わされている。噂によれば彼がサボっている時の行き先は大体保健室らしい。どうやら餌付けされているよう。
楽しそうな彼の笑顔は自分にはなかなか向けられないものでどこかで胸が軋む音がした。
いつもならばまだ寝起きで不機嫌なはずの彼が口を開く。今年の桜は開花が遅く、四月となりやっとちらほら薄紅が目立ち始めたようで、彼はそれらに目をやりながらマフラーで覆われた薄い唇を動かした。
「朔、今年もお花見する?……まだ咲いてないけどこれなら暖かくなった頃に満開になるんじゃないかな、そしたら丁度いいよね。」
彼の口から出たのは何でもない花見の誘いでなぜだか身構えた自分から力が抜けていく。自分はいったい彼からどんな言葉が出ると予想したのだろうか、よく分からないけれど。
「そうだな。去年は花見どころじゃなかったし、天音が寒がりなせいで。」
ほんの少しからかってやれば軽く鳩尾に肘を入れられる。そう来るとわかっていたので痛くも痒くもなかったが一応ここは痛いという顔をしておかなければ。
いつの間にやら開いた身長差。少し見下げなければいけない彼の顔。光に透かされた柔らかな色素の薄い髪の毛は、男子にしては長く右サイドをピンで止めている。髪の毛が掛けられた耳には紅のピアスが一粒。身体に傷をつけるなんてと怒る親が大半だろうけれど彼にはその親がいない。否、傍にはいてくれない。
まだ幼さの残るその顔が悲しみに歪んでいく様を何度も何度も見てきた自分としてはもう二度と涙なんてものを流して欲しくはないのだけれど、その綺麗な紅玉の瞳にはいつも『哀』の色が乗せられており、儚げな雰囲気を醸し出す。華奢な身体と相まってまるで散り際の桜のような危うさと美しさが創り上げられていた。
じっと見つめすぎたのか此方の視線に気がついて彼がふっと顔を上げる。目が、合った。彼は不思議そうに首を傾げてから瞳を細める。やけに大人びていて一見心配なんて無用かのように見えるがそれはただの見せかけに過ぎない。
「なぁに、朔。そんなに熱心に見つめられると流石に僕でも照れちゃうんだけど?」
鈴の音のような声で我に返り、慌てて視線を背けた。
「いや、悪い…。天音は昔から変わらないと思ってな。」
「………変わったよ…………。ちゃんと、変わったよ、ね…朔……?」
嗚呼間違えた。混乱したよう問いかける彼に胸が締め付けられる。そう、彼は変わったのだ。変わったなんてそんな生易しいものじゃなく彼は全てを変えたのだ。無理矢理五感さえもねじ曲げて新しい人間になったのだった。
「ごめん、言葉が足らなかった。顔が、変わらないって言いたかったんだ。ごめんな。」
素直に謝れば彼はぺたぺたと自分の頬に触れてから、すぐいつもの笑みを浮かべた。
「そう?……もー、失礼だなぁ…童顔って意味?まぁいいけどね、それが僕の武器だし。」
彼の地雷に触れぬよう細心の注意を払いながら隣に居続ける。それはとても辛くはないかといつか誰かに問われたが、そんなこと一切ない。彼のそばにいることで存在価値を見出し、自分がそばにいることで彼が壊れることなく生きていける。なにより自分は彼が大切なのだ。大切な友であり家族であり、想い人なのだから。
そんな会話の間にも終業式以来ご無沙汰していた学舎に到着する。校門から少しした場所に張り出されたクラス分け。成績順に振り分けられているから見るまでもないが一応確認。彼は人混みが嫌いなので当たり前のように自分のクラス確認も俺に任せ人だかりを避けて玄関へ先に向かう。
「天音、今年も同じクラスだ。」
教師から手渡された二つのバッジのうちの片方を手渡す。この学校はクラスがSからCまで分かれており自分のクラスのバッジをつけることが校則となっているのだ。Sクラスならばつけて損は無いが彼はこのバッジを嫌う。
「いらない。捨てといて。こんなくだらない格付けなんて不必要でしょ、別にこのバッジがあるからって頭が特別良くなるわけでもないのにさ。」
ひらひら背を向けたまま手を振る彼に溜息を。そうは言われても受け取ってもらわないとこちらとしては困るのだ。回り込んで胸元に手早くつけてやればじろりと睨まれる。
「……受け取ればいいんでしょ、朔は堅物なんだから。校則なんて破るためにあるんだよ~。」
わざわざバッジ外し嫌がらせのように教師の手に握らせる。その教師には見覚えがあった。ああ確か天音が珍しく気に入っている保健教師。
「お~い、天音さ~ん?スムーズにバッジ渡されても困るんだわ、ほら早くつけろ。」
「うわっ、ちょっとせんせー酷くない?制服破れたらどうしてくれるんですかー!」
「わざとらしい敬語を使うなチビ。全くもう何でこんなガキがS組なんだろーな?理事長にまで取り入ってんのか、このやろ~。」
首根っこを掴まれ無理やりバッジをつけられている最中にも友達のような会話が交わされている。噂によれば彼がサボっている時の行き先は大体保健室らしい。どうやら餌付けされているよう。
楽しそうな彼の笑顔は自分にはなかなか向けられないものでどこかで胸が軋む音がした。
0
あなたにおすすめの小説
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる