器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

10話 久しぶりのクラス

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 ルネスが魔法学園に入学して3ヶ月が経った。
 エレニュスにも夏が訪れ、暑い日が続いている。この世界にはクーラーなんて便利なものはないので、各々が魔法や魔術を使って暑さを凌いでいる。
 相変わらずルネスは授業そっちのけで無属性魔法の修行を行なっている。お陰でたった3ヶ月で無属性魔法のレベルは4まで上がった。他の6属性に比べて一番伸びがいい。
 今日もルネスは無属性魔法の修行をするために演習場へと向かう。しかしその途中でアンリに呼び止められた。
「おいルネス、ちょっと待て。」
「はい?」
「今日は演習場か?それともギルドか?」
 実のところ、ルネスはここ最近演習場とギルドを行ったり来たりしていた。修行によって修得した魔法を実践で使うためにギルドへと赴く。それがルーティンになっていた。
「今日は演習場に行く予定ですが、どうしました?」
「いや、演習場だろうがギルドだろうがどっちでもいいんだが、今日は授業に出ろ。」
 ちなみに、アンリはその後無事にDクラスの担任に復帰した。なのでルネスの修行に付き合ってくれる機会は前に比べて大分減ってしまったが、暇があるときはちょくちょく見にきてくれていた。
「先生、珍しいですね。何かあったんだですか?」
「お前なぁ…。丸々3ヶ月授業サボって出席日数足りてると思ってんのか?あと一回でも休んだらアウトだからな。」
「いやいや冗談でしょ先生。その辺のことは先生がうまくやってくれてたんじゃないんですか?」
「私がいつお前とそんな約束をした。いいか?伝えたからな。」
 それだけ言い残すとアンリはスタスタと教室に向かう。残されたルネスはガクッと肩を落として演習場へと向いている足を180度回転させた。



 3ヶ月ぶりの教室はルネスが知っているものよりも随分と雰囲気が変わっていた。生徒一人一人の面構えから遊びが消え、真剣さが伺えるようになっていた。
 ルネスが自分の席へ向かうと、まだ朝早い時間にも関わらず既にボーダが席に着いていた。
「あれ?ルネス君おはよう。随分長い間居なかったけど大丈夫だった?」
「おはようボーダ。大丈夫だよ、ちょっと用があって外してただけだから。」
「ちょっと用で3ヶ月も居なくならないと思うのだけれど…。」
 ボーダが困ったような笑顔を浮かべる。ルネスが席に着くのを見計らっていたかのようなタイミングでアンリが教室に入ってくる。
「よし、じゃあ授業を始める。」
 アンリが魔法を構築する際の基礎と注意点を述べている姿をボーっと見つめるルネス。ルネスにとってこの程度のことなら、魔法についての本を読んでいるときに一緒に頭に入っているので今更聞く必要もなかった。
 しかしその姿を見たボーダは別の捉え方をしたのか、ルネスにそっと耳打ちをする。
「ルネス君、3ヶ月も休んでたのに授業ついていけてる?もしよければ私のノート貸すよ?」
「大丈夫、そういう訳じゃないから。」
 ボーダの申し出をやんわりと断るルネス。しかしそれがボーダには気を使われているように映ってしまい、余計にボーダのお節介をエスカレートさせる結果となった。
「そんなこと言ってると、もうすぐある期末テストで点数取れないよ?」
 その姿はさながら世話焼きなお姉さんだった。年はルネスと同じなボーダだが、この魔法学園Dクラスという限定された空間では自分の方がルネスよりも上だという心理が無意識のうちに働いているのだろう。そう思ったルネスはこれ以上の論争は無駄だと判断し、形だけでもボーダの申し出を受けることにした。
「…そう言うことなら、ありがたく貸してもらうよ。今日には返すから、ごめんね。」
「ううん、気にしないで。」
 満点の笑顔を浮かべるボーダと若干引きつった笑みを浮かべるルネス。それを教壇から見て笑いを堪えるアンリという奇妙な光景がDクラス内で起こっていた。



 放課後、ルネスは何故かボーダと一緒に図書館に来ていた。授業が終わって演習場へ行こうとしたところ、勉強をしたいとボーダ申し出てきたのだ。なんと言って断ろうかとルネスが悩んでいるうちに押し切られて結局諦めてしまったのである。
 お互い無言で向かいあって座りながらただただ勉強をする。ルネスからしてみれば非常に居心地の悪い時間が流れていた。
(…どういう状況なんだこれは。)
 心の中でぼやくルネス。ちらっとボーダの方に目をやると、真剣な顔で横に置いた本の内容をノートにまとめている。ルネスは諦めて自分のために時間を使うことにした。
 魔法学園のテストは筆記と実技の2つがあり、1対1の比率で点数を出す。つまりどちらかが良くてもどちらかが悪ければ意味がない、という事だ。これは、知識なく力を無駄持つ人間を生み出す事で新たな悪を生まないようにする為だと言われている。
 しかしルネスは今回の筆記テストの範囲でわからないことは正直無い。なので今からやる事は授業中にアンリが偶に教科書に載っていないことを言うらしいので、ボーダのノートに書いてあるそう言ったアンリの呟きを頭に入れるだけである。ペンを動かす必要すらないのでノートをただ眺めていたのだが、何もせずに止まってしまったルネスを不安に思ったのか、ボーダから声を掛けられる。
「ルネス君、どこか分からないところあった?」
「ん?ああいや大丈夫。どうやって纏めようかなって考えてただけだから。」
「そっか。分からないことがあったら聞いてね。」
 ニコッと笑って再び自身の勉強に戻るボーダ。ルネスはボーダにこれ以上お節介を焼かせない為にペンを動かす振りをする。
 直後、ルネスは自分たちの方に何者かが近づいてくる気配を感じる。実のところ、放課後教室でボーダに話しかけられた時からずっと自分に付きまとう嫌な視線を感じではいたが、実害がないので無視していた。
 しかし今は明らかな敵意を剥き出しにしている。避けられないトラブルに心の中で溜息をつきながらルネスは来たる敵意に身構える。
「こんにちは、ボーダさん。テスト勉強?」
 近づいてきたのは同じDクラスの男子生徒だった。男はルネスには目もくれず、ボーダへと話しかける。
 最初はどう穏便にお帰り頂こうか悩んでいたが、これなら自分が消えれば済む話だと思ったルネスはボーダに気づかれぬように立ち上がり図書館を後にすることにした。
 この場を離れる為に立ち上がろうとした直後、ボーダの口から軽い爆弾が落とされる。
「うん、ルネス君と一緒に勉強していたの。」
 ボーダからしてみれば何気無い一言、しかしルネスからしてみればせっかく存在感を消していたのに名前を出されたことでより男からの反感を買うことになった。鋭い視線をルネスに向ける男だが、直ぐに視線をボーダに戻し柔和な表情を浮かべる。
「ボーダさんは優しいんだね。でも、3ヶ月も学園に来ていなかったような奴をわざわざボーダさんが面倒見てあげる事はないんじゃないかな?こんな奴と勉強するより、僕と一緒に勉強した方がボーダさんの為になると思うけどな。」
 言葉の節々に隠しきれない敵意を滲ませている。ルネスからしたらその程度のことはどうでも良かったのだが、ボーダは違ったらしい。ルネスを『こんな奴』呼ばわりした時にボーダの眉がピクリと震えたのをルネスは見逃さなかった。
「メルト君、そんなことないと思うよ。確かにルネス君は3ヶ月も授業に出てなかったけど、それはルネス君なりの事情があるんじゃないの?それなのにそんな風に見捨てるような事を言うのは私どうかと思う。」
 やんわりとした口調だがかなり棘のある言葉をボーダは言う。ルネスの第一印象ではこんな事を言うような人ではないと思っていただけに、ルネスは内心意外だった。
 そんな呑気な事を考えているルネスとは裏腹に、メルトと呼ばれた男は驚き、その直ぐ後に怒りの表情でルネスの方をぐるりと向く。
「おいお前、ボーダさんに何をした!」
「は?」
 あまりにも脈絡のない言いがかりに言葉を失うルネス。
「とぼけるな!ボーダさんはこんな事を言うような人じゃない。お前が彼女に何かしたんだろ!」
「メルト、だったっけ?お前さ、自分の中の勝手なイメージを他人に押し付けるなよ。お前が今俺に言った事はボーダの人間性の否定になっていることが分からないのか?」
「黙れ!訳の分からない事を言って話をはぐらかそうとするな!」
 ルネスはこの時点でメルトとの対話を諦めた。メルトの理解力の無さ、聞く耳を持たない態度、傲慢さが滲み出ている物言い。少なくとも今この時点ではメルトに関わるのは無駄だと判断したルネスはボーダを連れて図書館を出ることにした。
「ボーダさん、場所を変えて勉強の続きをしよう。ここだと目立ってしまって居心地も悪いし。」
 何かされる前にさっさと退散しようと考え、ルネスはボーダの手を取って図書館を出ようとする。
「汚い手でボーダに触るなぁ!」
 ボーダの手を取った直後、メルトが物凄い殺気と共にルネスに向けて魔法を放つ。
 メルトが開く掌に浮かぶ魔法陣の中から出てきたのは直径30cm程の火球だった。しかしその火球は普通の炎ではなく、青白い炎だった。
(蒼炎球ブルースフィアって、こんな所でそんな魔法放つなよ!)
 ただでさえ図書館という静かな場所で騒いでいたせいで周りから注目を集めていたのだ。この火球がどこかに着弾すれば大騒ぎになるのは目に見えている。ルネスは数瞬迷って火球を避けるのではなく事にした。
(蒼炎球自体はレベルの高い魔法だけど、使われてる魔力は必要最低限。それなら…。)
 掌に魔力を集めるルネス。魔法を構築するのではなく、集めた魔力を鋭い棘の形状に変換するようイメージする。魔力捌のおかげで簡単に形状の変更に成功したルネスは、それを火球に数本、それとその後ろで魔法を構築している魔法陣に数本投げる。
 するとメルトが作った蒼炎球はまるで何もなかったかのようにその場から消え、同時にメルトの魔法陣も消えた。
「なっ…!?」
 驚愕の表情で自分の掌を見つめるメルト。彼からしてみれば突然自分の魔法が消えたのだ。何が起こったのか分からないのは当然のことである。
 その隙をついてルネスがメルトを拘束しようと動く直前、メルトが地面に向かって。メルトの上には魔法陣が浮いていて、それが原因でルネスは地面に叩きつけられたのだとわかった。
「風紀委員会の者です。騒動は途中からですが見ていました。すいませんが事情聴取の為、御同行願います。」
 ルネスの前方から歩いてくる女性がルネスを含める3人に話しかける。腕には『風紀委員会』と書かれた腕章をしている。尚終わる気配のない厄介ごとに巻き込まれたルネスだが、最早ルネスの頭の中では全く関係ない事を考えていた。
(こっちにも風紀委員会なんてあるんだ。)
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