器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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入学編

9話 修行は大事

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「とりあえず、そのまま歩いてみろ。」
 身体強化を発動しているルネスに、アンリが言う。
 しかしルネスは額に脂汗を流しながらその場に立ち尽くしたまま一歩も動かない。
「無茶言わないでくださいよ、先生。これ、保ってるだけで精一杯ですよ。」
「あのなぁ、その魔法は身体強化だぞ?それで全く動けなかったらただの置物じゃないか。せめてこれくらいは動けるようにしておけ。」
 そう言うと、アンリが自身の体に魔力を集めて身体強化を発動させる。そしてそのままルネスを腰に抱えると、ものすごい勢いで外へと飛びだす。屋根のないところまで来ると、アンリはルネスを抱えたまま真上に向かってジャンプした。
「せめてこれくらいはできるようにならないと。」
 そう呟いた時、アンリとルネスは既に雲に手が届きそうなほど天高くに跳び立っていた。
 ルネスはその光景に終始圧巻させられていた。音速レベルのスピードでの疾走にただ跳んだだけとは思えないほどの跳躍力。ルネスがイメージしていた身体強化とは桁が違った。
「て言うか先生、身体強化使えたんですか?」
「言ってなかったか?私も無属性魔法が得意なんだ。まあお前ほどの魔力量がないからそこまでは出来んがな。」
 アンリの言葉は、暗にルネスにはこれ以上のことができると言うことを示していた。ルネスはアンリの言葉に興奮を隠しきれなかった。
 しかし、アンリの次の言葉でルネスの上がりきったテンションは地に落ちた。
「ただ、身体強化を発動できても使えなきゃ意味がないがな。」



 学園に戻ったルネスは、再び身体強化の魔法の練習を始める。魔力を集め、身体中に流し、力とする。こうして身体全体に魔力が満たされたことを感じたルネスは一歩を踏み出すために足をあげる。
 が、その直後全身に流れていた魔力が空中に霧散する。その勢いで、ルネスは地面につんのめってしまう。
「あーだめだだめだ、いきなりそんな量の魔力流して動けるわけないだろ。もっと少ない量から始めてみろ。」
 アンリは戻ってくるとルネスの監督役として付きっ切りで修行を見てくれている。
「ルネス、お前は魔力の扱いは上手いが魔法の扱いが下手くそだ。魔力と魔法は全くの別物だ。魔力を扱う感覚で魔法を扱っても上手くいかないのは当然だ。」
 アンリのアドバイスを聞いて、先程まではギリギリまで集めていた魔力の半分くらいの量まで集める。そこで魔力を集めるのを止め、体内に魔力を循環させる。
「そう、いい感じだ。そのまま歩いてみろ。」
 アンリに言われる通り、ルネスは一歩を踏み出す。すると先程は一瞬で霧散した魔力が今度は体内に止まったまま、しっかりと一歩踏み出すことができた。
「おぉ…。」
「そんなことでいちいち驚くな。次はそのまま歩いてみろ。」
 ぎこちない足取りで、アンリは歩き始める。しかし数歩歩くとすぐにルネスの中の魔力が霧散した。
「あはは、最初はそんなもんだ。徐々に時間をかけて慣らしていくしかない。まあ、最初にしては上出来だと思うぞ?」
 アンリの褒め言葉を聞き流し、ルネスは再び身体強化を始める。
「おい、今日はもうやめておけ。慣れていない状態で無理に連続使用すると身体に負担がかかるぞ。」
 アンリの忠告に対し、ルネスはチラリと視線を向けただけでまた歩く特訓を始める。
「何をそんなに焦っているんだお前は。まだ12歳だろ?そんなに急ぐ必要もないだろ。」
「まだ12歳じゃなくて、もう12歳なんですよ。
 敵がいつ来るのかは誰にもわからない。何としてでも強くならなきゃいけない。もう、は嫌なんですよ。」
「敵…ねぇ。確かにその考え方は殊勝なことだが、無理はするなよ。私はそろそろ寝る。」
 アンリは手をひらひらと振りながら演習場を後にする。既に太陽は沈み月明かりと魔法によって灯された明かりが演習場内を包んでいた。
 ルネスは1人、静かに修行を再開する。



 翌日、アンリは心配になり朝一で演習場を訪れる。そこには限界ギリギリまで魔力を溜めながらもしっかりと歩くルネスの姿があった。
「お前…まだやってたのか。」
 呆れ声でルネスに声をかけるアンリ。ルネスはアンリの方を見向きもせずにアンリのぼやきに答える。
「やっと限界まで魔力を溜めながらでも動けるようになりました。アンリ先生のアドバイスのおかげです、ありがとうございます。」
「とは言え、まだ動ける程度だな。」
 アンリの鋭い指摘に、ルネスも苦笑いを浮かべる。
「はい、許容量マックスで動けるようになったのがついさっきのことなので、まだ慣れないですね。」
「身体強化もそうだが、魔法を使うことにおいて、慣れることは大事なことだ。反復練習を繰り返すことで身体に魔法を刷り込み、より強い威力の魔法を放つ。剣の修行と同じなんだよ、魔法も。」
「痛感しましたよ。」
 身体強化を解き、ルネスは壁際まで行ってドサリと座り込むと大きく息を吐き出す。
「あれからずっとやってたのか?」
「そうですよ。」
「とんでもないスタミナだな、それでよく倒れないものだ。」
「一回倒れましたよ。ただすぐ復活しましたけど。」
「何だそれは…。」
 呆れ混じりに笑うアンリと、それにつられて笑うルネス。朝日が差し込んできた演習場には2人の笑い声が響いていた。



「私は授業があるからそろそろ行くぞ。」
 あれから再び修行を再開したルネスに、横から野次を入れながら監督をやっていたアンリが立ち上がる。
「ありがとうございました、先生。」
「というか、お前も本来は授業に出るべき何だがなぁ…。」
 頭をポリポリと掻きながら愚痴るアンリだが、ルネスはまるで他人事のように聞き流す。
「はぁ…。まあいいけど、出席日数足りなくなる前に戻ってこいよ。」
「はい、ありがとうございます。」
 アンリはそれだけ言うと、教室へと戻っていった。残されたルネスは休憩を終えると再び身体強化の修行を始める。休憩を挟んだおかげで大分余裕が出てきたルネスは、先程までよりもスイスイと歩けるようになっていた。
(けど、まだ走ったり跳んだりは程遠いな…。)
 心の中で呟くルネスは、黙々と修行に没頭することにした。



 それから1週間、ルネスはひたすら身体強化を使って移動するという動作を繰り返し、遂に身体強化しながら自由に動くことが出来るようになった。
「やっと…出来た…。」
「お疲れさん。」
 地べたに寝転がるルネスに、アンリが近寄る。
「正直ひと月はかかると思っていたぞ。まさかここまで早いとは思わなかった。」
 ルネスの横に座りそう喋るアンリ。しかしルネスはアンリの言葉に不服そうな顔をする。
「本当は、3日くらいで終わらせたかったんですけどね…。まだまだ修得していない魔法が多すぎます。これじゃ時間が足りるかどうか…。」
「正直無属性魔法は身体強化ができれば後は割と簡単だぞ。ただまあどの魔法も馬鹿みたいに魔力を使うから並の人間は身体強化くらいしか使えないけどな。」
 疲れた笑みを浮かべていたルネスだったが、アンリの口から興味深い言葉が出てきたので急に起き上がってアンリに尋ねる。
「先生、もしかして並の人間にも身体強化って使えるんですか?」
「ん?ああ、個人差はあるが基本的には誰でも使える。ただ魔法使いとそれ以外の人間が使う身体強化には明確な違いがあるがな。」
「違いですか?」
「そう。私達魔法使いは自分達で好きなだけ魔力を集めて好きなように魔法を構築する。それに対して一般人、というより魔法使い以外の人間だな。こいつらが使うのは決まった量の魔力を自動で集めて発動する『魔術』だ。魔術は魔法を誰でも簡単に扱えるように固定化したものだから仕方のないことなんだが、そんな訳で明確な違いがあると言ったんだ。」
「魔術と、魔法…。」
 アンリの話を聞き、ルネスは考え込む。もしかしたら使、と。
「一応言っておくが、今使える魔法を魔術としてストックするなんていうことは出来ないぞ。
 確かに魔力を自動で集めると言ったが、それは魔法を構築する際に個人の魔力量と発動する魔法に必要な量を自動で計算して集めるという意味だ。魔法自体の構築は常にその場で行わなければいけないから、普通に魔法を撃った方が早いし強い。」
 アンリの先読みした発言にルネスが苦い顔をする。「なんで俺の言いたいことがわかるんだ。」と言いたげな顔でアンリを凝視する。
「お前の考えることなんてお見通しなんだよ。」
 ドヤ顔で答えるアンリに、ルネスが若干イラっとしたのは言うまでもない。
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