器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

16話 闇夜の攻防戦 ―リベンジ―

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※この話には残酷な描写が含まれています。苦手な方はご注意ください。


 ルネスとアンリの修行が始まってから3週間近くが経ったある日の夜、ルネスが街中に張ったに反応があった。
 前回の戦闘以降、ルネスは街中のの索敵範囲にハーメルンの魔力も追加していた。それが今夜、引っかかったのだ。
(来ちゃったか…。)
 憂鬱な気持ちを抑え、ルネスは反応がある地点へと向かう。今回はすぐに突撃するようなことはせず、まずは相手の出方を伺うことにした。
(俺は対人戦闘能力はそこまで高くない。でも、前世でやってた技術はまだ頭に残っている。まずはそっちで勝負だ。)
 遠目でハーメルンの動向を確認する。久し振りに現れたハーメルンは前回来た時と同じように笛を鳴らしながら子どもを集めている。ただ、今回はどこか周囲を警戒しながら行っていた。
(何かを警戒している?というよりは何かに怯えている様子だな。)
 時折キョロキョロと周りを見ながら、前回よりも控えめな笛の音で街を歩くハーメルン。ルネスはハーメルンの索敵範囲に入らない位置で魔力の糸を編み始める。
 魔力を多めに流しながらなるべく細く、そして強固に編み込む。これは無属性魔法の1つ『魔力鋼糸』である。自身の魔力量、魔力捌のレベルによって作れる糸の強度や長さが異なる。
(よし、こんなもんか。)
 糸を編み終えたルネスは、次にハーメルンを中心にするように家の屋根の上を駆け回る。視認することも難しい糸が静かに、しかし確実にハーメルンの逃げ場所を奪っていく。
(よし、そんじゃ行くか。)
 下準備を整えたルネスは、前回と同じようにハーメルンの前へと無防備に躍り出る。
 最初、ハーメルンはビクリと身体を震わせて大袈裟に驚いていたが、現れたのがルネスと知るや否や急に態度を舐めきったものに変えた。
「おやおや、また貴方ですか。折角救われた命だというのに、また捨てに来たのですか?命は粗末にするものではないですよ。」
 ゲラゲラと笑いながらルネスに話しかけるハーメルン。ルネスはハーメルンの言葉に一切反応することなく、初撃を叩き込むためにハーメルンに一歩踏み込む。
「おっと!少しはお話ししようとは思わないのですか?」
 ハーメルンはルネスの一撃を敢えて大袈裟に躱す。しかしルネスは躱されることを見越していたため、ハーメルンが避けた方向に向かって回し蹴りを繰り出す。
「おらっ!」
 大袈裟に躱したせいで二撃目を躱し切れず、ハーメルンの左脇腹にルネスの踵が突き刺さる。
「ぐあっ!」
 身体強化を掛けた全力の蹴りを食らって無傷でいられるはずはなく、そのまま壁に向かって吹き飛ぶハーメルン。ルネスはそれを追いかけることはせず不意打ちに備えながら少しずつハーメルンとの距離を詰める。
 土煙の中から拳サイズの黒い弾丸が二発、ルネスに向かって飛来する。警戒していたルネスはそれを難なく躱す。
「少しはやれるようになったみたいですね。なら、こちらも少しは本気で戦ってあげましょう。」
 ハーメルンが笛を吹く。するとまたしてもルネスとハーメルンを中心に闇で出来たドームが地面から2人を包み込む。
(来た!)
 ルネスは予め張って置いた罠を起動する。空中に張り巡らされた糸がハーメルン目掛けて襲いかかる。ハーメルンは何かを感じ取ったのか、起動していた魔法を中断してその場を飛び退いた。
 見えるはずのない糸を避けたことに内心ルネスは驚いたが、さして気にすることもなく再びハーメルンへの攻撃を再開する。
 魔力をパチンコ玉くらいの球状に練り上げ、それを指で弾く。簡易的な『魔弾』をハーメルンに向かって撃ちながら肉薄する。
 ハーメルンは先程の糸を無理に避けた為に少し体勢を崩してしまっていた。確実に避けられないタイミングでの魔弾がハーメルンの眼前まで迫る。
 しかし魔弾がハーメルンの顔面を貫く直前、弾とハーメルンの間に闇の壁が地面からせり上がって弾の進路を妨害する。ルネスはそれを確認するや否や真っ直ぐにハーメルンへ向かって突進する。
 闇の壁が消えた直後、ハーメルンの腹にルネスの手刀が深々と突き刺さる。
「ぐぅ…。」
 ハーメルンの口から血が吹き出る。その光景を見たルネスはハーメルンの催眠魔法に掛かった子どもたちを解放するべく、子どもたちの方へと向かう。

「そんな簡単に、敵に背を向けちゃダメでしょう?」

 ドスン、と何かがルネスの腹を貫通する。ルネスが視線を下に落とすと、そこからは腕が生えていた。ゆっくりと後ろを向くと、そこにはしたり顔のハーメルンが立っていた。
「なん…で…。」
「俺たち魔族を人間と同じ規格でとらえちゃだめだよ。いい勉強になったなぁ。ま、それが生かせる機会はもう来ないけどな。」
 ハーメルンが腹から手を抜くと同時に、地面から無数の棘がルネスの体を貫いた。そのまま空中に持ち上げられ、力なく手をだらんと下に降ろすルネス。ハーメルンはその姿を見て勝った、と確信した。
 しかし次の瞬間、ルネスの身体がビクリと大きく震える。だらんと垂れた手が背中の棘を掴む。すると掴まれた棘がまるで朽ちるかのようにボロボロと崩壊した。そしてそれをトリガーにするように、他の棘も徐々に崩壊していった。
「何だと!?」
 想定外の事態に狼狽えるハーメルン。確かに心臓を貫いたはずのルネスがまるで何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
 ルネスは地面に降り立つと、ハーメルンの方を向く。片方の目は棘に貫かれたのか無くなっていて、そこから血が滴り落ちていた。
 他にも全身の貫かれた穴からは血が溢れるように出ているが、ルネスは倒れることなく立っていた。
「生命維持活動レベル、30%をダウン。セクメトの加護を強制発動。身体の止血を開始します。
 意識レベル低下。自動消除スキル、起動。身体の操作権限をセクメトへと譲渡。目標の殲滅を開始します。」
 ルネスの口から機械的な言葉が発せられる。ハーメルンはルネスの言った言葉が理解できなかった。何故ならルネスの言葉は発せられたものだったからだ。
「何だ?今何と言った!」
 ハーメルンはルネスに詰問するが、ルネスは答える代わりにハーメルンに向かって突進した。
「チッ!」
 ハーメルンは笛を吹き、地面から無数の闇の腕を生やす。その腕はルネスを拘束する為に襲いかかるが、ルネスに触れた直後、闇の腕はボロボロと朽ちていった。
「なっ!?」
 何だと、と言い終わる前にハーメルンの横腹にルネスのパンチがヒットする。ヒットした部分は闇の棘や腕と同じようにボロボロと朽ちていく。
「ぐうっ…。」
 激痛がハーメルンを襲う。朽ちていった部分からは血が吹き出し、地面を赤黒く染めていく。
「な、舐めるな!」
 ハーメルンが再び笛を吹く。するとルネスを中心として地面が大きく沈み込む。ルネスの足元には大きな山が出現し、ルネスを飲み込んでいく。
 しかし次の瞬間、ルネスの足元の闇は綺麗さっぱり無くなった。ルネスは何事もなかったかのように再びハーメルンへと突進していく。
「このバケモノが!」
 ハーメルンはこれに応戦しようとはせず、避けることに専念した。こうして逃げながらハーメルンは自身が催眠にかけている子どもたちの近くまで辿り着いた。
「止まれ!こいつがどうなってもいいんだ!」
 一番手近にいた子どもの首を締め付けるように抱き上げながら叫ぶハーメルン。ルネスはそんなハーメルンを見て立ち止まる。
「そう、それでいい。そのまま動くなよ。動いたら、こいつの命は無いからな。」
 ルネスに背を向けないように、じりじりと後ずさるハーメルン。そんなハーメルンに対してルネスは右手を上げ、人差し指をクイッと持ち上げる。『かかってこいよ』と相手を挑発するときのポーズだ。
 いきなり何だと思ったハーメルンだったが、その答えはすぐに
 ハーメルンの体が、抱えている子ども共々真っ二つに切れたのだ。ハーメルン達を襲ったのは、先ほどルネスが張り巡らせた鋼糸だった。
 上半身と下半身が綺麗に分かれたにも関わらず、まだ逃げようとしぶとく地面を這い蹲るハーメルン。ルネスはそんなハーメルンの進路を塞ぐように立ち塞がると、なんの躊躇いも無くハーメルンの頭を踏み潰した。
 限界まで身体強化を乗せたルネスの足は、いとも容易にハーメルンの頭を踏み抜いた。プチっという頭が潰れる音の直後、凄まじい轟音とともにルネスの足が地面をえぐった。
 ルネスはその後、一番近くにいた男の子に目を向ける。ハーメルンが死んだことで催眠が解けたのか、困惑した表情で辺りをきょろきょろと見回していた。
 ルネスはその男の子の目の前まで移動すると、首を飛ばす為に手刀を振りかぶる。

「はい、そこまで。」

 男の子の首が胴体と永遠にお別れする直前、ルネスの腕が何者かに掴まれる。ルネスが自身の腕を掴んでいる者の方に目をやると、そこには自身が通っている魔法学園の校長、マーリン・ヴァン・クラウドの姿があった。
「駄目だろうセクメト。目標の処分は終わったんだから、これ以上殺すのは。」
「…。」
 ルネスはマーリンに言われるまま、あげていた手を下ろす。
「そう、いい子だ。あとは私がやっておくから、君はもうお休み。」
 ゆっくりと、そして優しくルネスの頭を撫でた後、額を人差し指で軽く叩く。するとルネスはまるで糸が切れた人形のようにその場にドサリと崩れ落ちた。
「さあ、君達ももう寝る時間だ、早くお帰り。」
 マーリンの言葉をきっかけに、子ども達は散り散りに去って行った。
 残されたマーリンはハーメルンと子どもの死体を回収すると、ルネスを担いで学園の方へと歩いて行った。
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