器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

17話 タダで得られる強さなんて無い

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 翌日、ルネスは見知らぬ場所で目を覚ました。そこは自分の寮のベッドではなく、全く知らないソファの上だった。
 ここがどこなのか調べる為にきょろきょろと辺りを見回していると、一人の人物が窓際にある椅子に腰掛けながら優雅に紅茶を飲んでいる姿がルネスの目に入ってきた。
「うん、やっぱり朝の紅茶はアッサムティーに限る。朝だけに…ね?」
 ちらっとルネスの方を見ながらドヤ顔をする男、それは魔法学園の校長のマーリンだった。
 寝起き一発目にしょうもないギャグを聞かされたルネスは白い目をマーリンへと向ける。それを見たマーリンはひとつ咳払いをすると、ルネスへと話しかける。
「改めて、おはようルネス君。まずはお茶でもいかがかな?」
「…すいません、朝はコーヒー派なので。」
「うん、ならコーヒーにしようか。」
 そう言うと、マーリンは部屋の隅へ行ってコーヒーを淹れ始める。ルネスはその光景を見ながら今の状況を整理しようとしていた。
(ここは、学園の校長室か。なんでこんなところに…?)
 ここに来るまでの経緯を考える為、昨日の出来事を思い返す。
「まあそう難しい顔しないで、コーヒーでも飲みな。」
 しかし、思考をマーリンによって中断されてしまった。少し面白くない顔をしながらも、ルネスは出されたコーヒーを口にする。
「でも少しびっくりしたな、この世界にもコーヒーや紅茶があるなんて。君もそう思わなかった?」
 唐突に、何気なく放たれたマーリンの一言。ルネスは最初、マーリンが何を言っているのか理解できなかった。しかし時間が経つにつれ、マーリンの言葉の意味が分かってくるとルネスは思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「あんた、何言って…!?」
「大丈夫大丈夫。この部屋は今、エレニュスから隔離されている。つまりは覗き見や盗聴なんてことは絶対にできないから。」
 悪戯っぽい笑みを浮かべるマーリン。しかし今のマーリンの言葉はルネスにとっては警戒心を募らせる要因にしかならなかった。
(今こいつ、この世界にもって言ったか?ってことは、こいつも何処かの世界から転生してきたってことか…。それに、まさか俺の素性も知ってるのか?)
「まあ、そう警戒しないでよ。私は君の味方だ。」
 マーリンはニコッと笑うと、その笑顔のまま更なる爆弾を投下してきた。

「私も、君と同じ地球から来たんだよ。夜慆祐樹君。」

 今度こそ、ルネスは完全に静止した。マーリンの言葉の意味を理解できずに脳がオーバーフローしてしまった。
 その場に仰向けに倒れるルネス。それを見たマーリンはやらかしたと言わんばかりの顔をしていた。


「…何してるんですか。」
 再び目を覚ましたルネスが最初に見たのは、自分を覗き込むように見つめるマーリンの顔だった。自分が寝かされていてその上から覗き込まれている、この姿勢はまさに『膝枕』だった。
「何って、膝枕だよ。」
「すいません、俺にそんな趣味無いんですけど。」
 頭を撫でられながらルネスが抗議するが、マーリンは何処吹く風と聞き流している。ルネスは口で反論するのを諦めて素直に起き上がった。その時にマーリンが少し寂しそうな顔をした事にはルネスは気付かないふりをすることにした。
「で、何で今俺に言ったんですか。」
「膝枕してたこと?」
「…真面目に答えてください。」
 未だにふざけるマーリンに苛立ち声で抗議するルネス。流石にマーリンも度が過ぎたと思ったのか、態度を真面目なものに変える。
「ごめんごめん。それで君の質問の答えだけど、今私が君の過去を知っているとバラした理由は、こちらの計画に大きな変更が出たからだ。」
「計画…ですか?」
「そう。まあこの計画について、詳しいことはまだ言えないんだけど、何で変更するに至ったかは言えるよ。聞きたい?」
 マーリンに対して聞きたいことは山ほどあるルネス。しかし相手が今この場においては完全に主導権を握っている事、それにルネスが聞いたところで答えられない部分に関しては絶対に答えることはないと暗に語っていることからルネスはこのままマーリンに流れを任せることにした。
「聞かせてくれるというのであれば、有難く聞かせていただきます。」
「それじゃあ、少し長くなるけどごめんね。
 まず僕らの計画において、君が生きたままこの世界の脅威を取り除くのは絶対条件だった。死んでしまったら君をこの世界に転生させた意味がないからね。一応君が死んだ場合の対策は用意されていたんだけど、あんまりやりたくなかったんだよね。もしその対策を実行してしまった場合、必ず君を不幸にしてしまうからね。」
 マーリンは口に紅茶を運び、話を続ける。
「でも、君はハーメルンに敗れ、そして殺されてしまった。だから計画の変更、すなわち君の蘇生を行ったわけだ。」
「やっぱり、俺は一度この世界で死んだんですね。」
 ルネスの発言にマーリンが意外そうな顔をする。
「…随分と飲み込みがいいね。」
「一度殺された経験がありますからね。」
 自嘲気味にルネスが答える。マーリンはそんなルネスを見て本当に申し訳無さそうに謝った。
「すまない、そんなつもりはなかったんだ。」
「構いませんよ、続けて下さい。」
 ルネスが続きを促す。
「それで君を蘇生したんだけど、いくら僕でもそう簡単に一度完全に死んでしまった人間を再び五体満足に蘇らせるのは難しい。というか無理なんだ。そこで、僕はセクメト神の力を使った。
 僕はいくつか…あぁ、神核っていうのは神を構成する心臓みたいなもののことね。それをいくつか持っていて、今回はセクメト神の神核を君の心臓に移植したんだ。」
 マーリンの説明を聞いて、ルネスはようやく自分の身体に何が起こったのかを理解した。
「つまり俺の心臓は今、セクメトの神核ってのが代替として機能してるってことですか?」
「うん、そういうこと。」
 マーリンは満足そうに頷く。
「多分目覚めたときに新しいスキルを獲得してたでしょ?自動消除とセクメトの加護ってやつ。あれは君に神核を移した影響で君に宿ったスキルなんだけど…。」
 マーリンは一度そこで言葉を切ると、真剣な面持ちでルネスと向かい合うと、
「ルネス君、自動消除はなるべく発動させないほうがいい。」
 そう言った。
「何故です?」
「一部の神核には、ある程度まで身体に損傷が出ると自動的に防衛機能が作動する仕組みがある。詳しい話は省略させて貰うけど、セクメトのにもその機能が備わってるんだ。それがこの自動消除。
 これをセクメトの身体で発動させるならなんの問題もないんだけど、君の身体で発動させた場合、一時的に君の意識を強制的に昏睡状態にしてセクメトに移し替えるんだ。最初のうちはある程度身体の傷が回復したら意識は君に戻るんだけど、何度も使うといずれセクメトに身体を乗っ取られる。」
「つまり、それって…。」
 ルネスはその先の言葉を口に出せなかった。自分が辿り着いた答えが、あまりにも恐ろしかったからだ。
「多分察していると思うけど、その通りだ。」
 ルネスが口にしなかった言葉を、ハーメルンが続ける。

「君の身体はセクメトに支配され、君は永遠に醒めることのない夢の牢獄に閉じ込められる。」

 それはあまりにも残酷な現実だった。死に瀕した時に自動で発動するスキル。しかしそれを使えば自身の意識が二度と醒めなくなる可能性がある。これはまるで、
「呪いじゃないか…。」
 ぽつりとルネスの口から漏れた言葉。マーリンの耳にも届いたその言葉を否定する声は上がらなかった。
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