器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

26話 新たなる神との邂逅

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 目を覚ますと、ルネスはどこか見知った場所にいた。そこは自分以外の全てが白で埋め尽くされた空間。かつて、エカテと出会った空間だった。
「何でまたここに…。」
「そらあ、俺が呼んだからな。」
 困惑するルネスに向けて呼びかける声がある。ルネスが声の方を向くと、そこには燃え盛る球体を背負って立つ男がいた。男の背負う球体は、竜が雄叫びを上げながら飛び交うようにフレアが舞い、まるで太陽のようだった。
「ん?どうした?不思議そうな顔して。」
「いや、後ろのそれが太陽のような気がしただけなので。気のせいだろうから大丈夫です。」
「あー、後ろのこれなら太陽だぞ?」
 男が背中の球体を指差しながら答える。ルネスは男の発言を聞き天を仰ぎ頭を抱える。
「…お前、あれか、神様か何かか。」
「ああ。俺は太陽神、ラーだ。宜しく頼む。」
 気さくに名乗るラーは、ルネスに向けてずいっと手を差し出す。ルネスはそれを見て溜息を吐きながらも、握手に応じる。
 ラーの手は大きくゴツゴツとしていて、戦男といった印象をルネスに抱かせた。
「で、そんな太陽神が俺に何の用だよ。」
「いや、セクメトの神核が誰かの身体に移されたって聞いてな。親としてはそれがどんなやつなのか気になったから見に来たんだ。」
 豪快な神だ、とこの時ルネスは思った。今までに会ったことのある神がエカテだけだから比べる基準がそれしかないと言うこともあるが、それにしても随分と大味な性格をしている。
「親って、あんたセクメトの親なのか。」
「まあ俺が産んだって訳じゃないけど、のは俺だから俺が親ってことになるだろ。」
「造った?」
 そりゃああんたは産まないだろ、と突っ込みを入れようとしていたルネスだったが、その後にラーが興味深い事を言った為、そっちへの質問に興味が移ってしまった。
「ああ。地球育ちのお前さんなら聞いたことあると思ってたんだけどな。
 セクメトは、俺の右目を使って造った神だ。まあ愚かな人間共を殺す為に造った奴だからあいつには性格と呼べるものがなくてな。こっちに連れ戻した後は心を覚えさせるのに苦労したぜ。」
 昔を懐かしむように語り始めるラー。そんなラーの話を聞きながら、ルネスは地球にいた頃の記憶を漁る。
「そう言えば、聞いたことあるな。殺戮の女神セクメトと、それを造ったラーの話。」
「あー、多分それだ。
 まあそう言うわけで、あいつは殺す事に特化しててな。神核の扱いには注意しろってエカテには言ってたんだが…。」
 頭を掻きながら愚痴るラー。神様にも色々あるんだな、と心の中で慰めるルネスだったが、唐突にラーがルネスの方を見ながら納得したような顔をした為少し訝しげな顔をする。
「何だよ急に。」
「いやな、お前さん随分色んなものにな、と思ってよ。こりゃあエカテが拾うわけだ。」
 ラーが、何か意味深なことを言う。
「好かれてる?何のことだ。」
「そのまんまの意味だ。
 お前の身体の中にあるセクメトもそうだが、それ以外にも2、いや3体くらいはな。」
 ニヤニヤとにやけ、核心を避けながらも何か重要なことを伝えるラー。世話焼きの叔父さんのような雰囲気で話すラーに苛立ちを覚えつつ、ルネスは更に聞き返す。
「だから、何がいるんだよ。」
「悪いがそれは俺の口からは言えんな。
 …ただまあ、一つ忠告はしておこうか。」
 尚も世話焼き叔父さんの雰囲気を崩さないまま、ラーはルネスに衝撃的な事実を告げる。


「お前さん、後1回でも死んだらセクメトに身体乗っ取られるぞ。」


「…は?」
 長い時間をかけて、漸くルネスが返した言葉はそれだった。ラーはルネスの反応をずっと待っていたのか、更に言葉を続ける。
「今回お前が敵の攻撃をまともに受けたせいで、今はお前の生命活動をセクメトの神核が肩代わりしている。つまりはお前さんのを、セクメトが使っているわけだ。
 これは自動消除の時の身体の操作権限の譲渡とは訳が違う。お前さんの身体に宿る魂そのものが今はセクメトに成り代わってるんだ。つまり、」
 ずい、とルネスに顔を寄せ、更に話を続けるラー。
「今回の一件で、お前さんの精神は大きくセクメトに飲み込まれた。後一回でも死にかけて自動消除が発動すれば、お前の魂はセクメトに完全に喰われる。そうなれば、お前さんは殺戮マシーンと化して、あの世界…エレニュス、だったか?そこにいる人間を全員殺し尽くすぞ。」
 ドクン、と心臓が跳ねる。
「後一回で…俺が、消える…?」
 自分が周りの人間を、アンリを、マーリンを、ボーダを殺す姿を想像してルネスの身が震える。呼吸が荒くなり、その場に蹲ってしまう。
 そんなルネスに対して、ラーは茶化すような言葉をかける。
「あーあー、そんなに小ちゃくなっちゃって。お前さん、案外肝は小さいのな。
 まあ地球にいた頃も、殺し屋って仕事にいつもいつも疑問を抱いていたくらいだしな。」
 ラーの言葉を聞き、ルネスは鋭い視線をラーに向ける。
「なんで…その事を知ってる…!」
「俺はセクメトの神核とリンクしているからな。今回の一件でお前の記憶を覗き見ることもできたってわけ。」
「勝手に…見てんじゃねぇ…。」
 苦しそうに肩で息をしながら、ルネスが抗議する。
「過呼吸は治ったか?それなら良かった。」
 悪びれもなく、ルネスを気遣う素振りを見せるラー。諦めたルネスは、呼吸を落ち着かせるとラーに向き直る。
「…で、何が言いたんだお前。」
 ルネスの問いに悩む素振りを見せるラー。やがて、ラーはルネスを指差してこう言った。
「お前さん、もう少し自分と向き合ってみたらどうだ?」
「は?」
「いやな、お前さんって人を殺す時自分の心に嘘をつくだろ。それをやめてみたらどうだって。
 別に人を殺すのを好きになれとは言わねーけど、人を殺すのに慣れておいた方が後々楽だと思うぞ。」
 ラーの言葉に、ルネスは本気で困惑した。殺し屋という過去がある人間に対して人を殺す事に慣れろとはどういうことなのか、全くわからなかった。
「その顔、俺の言ってる意味がわかってねえだろ。だから、自分と向き合えって言ったんだよ。」
 ルネスの頭の上にポンと手を置くラー。そのままガシガシとルネスの頭を撫でる。
「何だよ。」
「こうしたかっただけだ。
 お前さんが本当の意味でセクメトを使いこなせる日を楽しみにしてるぞ。」
 ここで、ルネスの意識は闇に落ちた。



 再び目を覚ますと、ルネスの目の前にはボロボロのアンリがいた。
(な…)
 何で、と言いかけたところで異変に気付くルネス。声が出ないのだ。それどころか、体を動かそうとしても自分の意思通りに動く気配がない。
(今、俺の身体を操っているのがセクメトだから…か。)
 冷静に自分の状況を確認するルネス。視界は自分の目で普段見ているものと同じだが、目は自分の意思で動かせない。耳も、腕も、足も、何かが聞こえている、何かに触れている感覚はしっかりとあるが自分の意思で身体を動かせないでいる。
(どういう状況なんだ?)
 セクメトが見る景色を視ながら状況を理解しようとするルネス。しかし自分が目を動かしていないせいで上手く認識できない。
(所々の視覚情報があやふやだな。もっとしっかり確かめないと。)
 それから暫く辺りを確認して、漸く今の状況を理解した。
(俺とアンリ先生が戦っている?何で!?)
 今目の前にいるボロボロのアンリ。その状況を作り上げたのが自分だと分かり、即座に攻撃を止めるよう意識を集中させる。が、ルネスの身体は止まること無く、尚もアンリを攻撃する。
 アンリは口から血を吐きながらルネスの猛攻を必死にいなしている。
(止まれ、止まれって!おいセクメト!聞いているなら返事をしろ!)
 ルネス自身、どこに向かって叫んでいるのか、そもそもこの声が届いているのかすら分からなかったが、叫ばずには居られなかった。
(これ以上アンリを傷つけるのはやめろセクメト!俺の意識は戻ったんだから、俺に身体を返してくれ!!)
 一体この行為に何の意味があるのか。ルネスは心のどこかで冷静に自分を見つめていた。
 自動消除が発動した以上、対象を殺すまでセクメトが止まることはない。それはハーメルンとの戦いの時に分かったことじゃないか。だから、アンリとメルトを殺すまでこいつは止まらない。もう、アンリのことは諦めるしか無いんだ。そう思う自分が居た。
(…待て、ちょっと待て。)
 ルネスは自分の思考にストップを掛ける。
(今の、おかしくないか?)
 先程の思考の中で、ルネスは明らかな矛盾を見つけた。自動消除の解除解除条件はだった。
(何故、俺が自動消除の詳細を知っている?)
 ルネスが自動消除のスキルを慧眼で視たとき、そこには発動条件しか記されていなかった。勿論、マーリンから聞いたということもない。なら、


『あら、案外勘が鋭いのですね、ルネス・シェイド。』


 その時、虚空からルネスのもとへと声が届いた。
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