器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

27話 己

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「あんたがセクメトか。」
 自分に語りかける声に向かってルネスが問いかける。
『ええ、私が今貴方の身体を操作しているセクメトです。』
 声の主———セクメトはわざとらしく嫌味を含んだ物言いで答える。そんなセクメトの物言いを対して気にする様子も無く、ルネスは続ける。
「やっと出てきてくれたか…。さっさと俺の身体を返せ。」
 ルネスの言葉にセクメトはクスクスと笑い出す。
『返せ、とはまた面白いことを仰いますね。
 この身体は貴方のものでありながら、同時に私のものでもあるのですよ?』
「何?」
『貴方はここまでの間に既に二度、死にかけています。その窮地を救ったのは誰のおかげだと思っていますか?
 私が、貴方の身体の中に居るからです。貴方の身体機能の一部を私が司っている以上、私にも貴方の身体を使う権利があるとは思いませんか?』
 ルネスに問いかけるセクメト。しかしルネスはセクメトの意見に聞く耳を持たず、尚も抗議を繰り返す。
「そんな御託はいいんだよ、さっさと身体を返せ。」
 そんなルネスに対して、セクメトは困ったような声を出す。
『困りましたねぇ…。貴方がそんな状態ではまともにお話しすることも出来ません。もう少し話の通じる貴方とお話ししたいのですが?』
「十分通じているだろ。」
『…貴方もしかして、ご自分の事をまだ理解されていないのですか?』
 唐突に、セクメトの声色が変わる。今まではどこか茶化すような感じだったのに、ここにきて急にルネスに本気で困惑している。
「…何が言いたい。」
『成る程、お父上が貴方様に自分と向き合え、と言った意味が分かった気がします。』
 1人で勝手に納得するセクメト。そんなセクメトの姿についに苛立ちを爆発させた。
「何なんだお前らは!1人で勝手に分かった気になってこっちには何も伝えないで。言いたいことがあるならはっきり言え!」
 まるで子どものような怒り。セクメトはそんなルネスに呆れたのか、深い溜息を吐いた。
『はぁ…。仕方がありません、少々荒療治かも知れませんが私から助け舟を出して差し上げましょう。』
 凛…という音とともに、今までセクメトが操る身体から得ていた五感の全てがルネスから切り離される。
「何だ!?」
 ルネスの視界がボウっと揺らぐ。次の瞬間、ルネスは水面の上に立っていた。
 ルネスの周りには赤い鳥居がそこかしこに建てられていて、どこからかひらひらと舞う紅葉がより幻想的な光景を際立たせている。
「ここは…?」
 ひとりでに出た呟き。この空間にはルネスしか居ない為、当然これに返ってくる返事はない


「ここは、セクメトが作ってくれた僕たちのための空間だよ。」


 筈だったが、ルネスの呟きに応える声があった。
「誰だ!」
 辺りを見回しながら、迫り来る何かに備える。
「そんなに構えなくていいじゃないか。此処では如何なる戦闘行為。何の意味も為さないし。
 突然、ルネスの目の前に一つの火の玉が浮かぶ。それはユラユラと揺れ動きながら段々と大きさや形を変えていき、遂に人の形になった。
 炎の周りには陽炎が揺れ出し、人型の炎のシルエットを大きく歪ませる。
「っ…。」
 あまりにも強く揺れ動く陽炎を見ていられず、とうとう目を逸らしてしまうルネス。その間も炎はどんどんと姿を変え、遂には完全な人へと変わった。
「やあ、僕。」
 小さかった火の玉は、もう1人のルネス・シェイドへと変わっていた。
「…な、何だお前。」
「だから、僕は僕だよ。ルネス・シェイド。それとも、夜慆祐樹って呼んだ方がいい?」
 ニッコリと笑いながら近づく2人目のルネス。ルネスは自分と全く同じ顔の人間が目の前にいる事実をいまだに受け入れられないでいる。
「お前、さてはセクメトが生み出した幻か何かだろ。いい加減にしろよ!」
「はぁ…。そういうイレギュラーに直面した時にだけ出てくる子どもな僕、正直嫌いなんだよね。」
「俺もそいつはあまり好きじゃないな。」
 ルネスが後ろを向くと、そこには更に2人のルネスが立っていた。
「何なんだよ…これは…。」
 ルネスが頭を抱えて蹲る。
「だから、僕らは僕自身なんだって。
 僕は普段色んな人に見せている外行きの僕。」
「俺は戦闘に入ったときの俺。」
「そして私は、人を殺すときの私。」
「「「僕(俺)(私)らは皆僕(俺)(私)から生まれた。僕らは皆揃って僕なんだ。」」」
 蹲るルネスを囲むように、3人のルネスが立つ。
「僕はずっと僕たちを否定し続けてきた。」
「俺は1人しかいなって。」
「その結果がこれだ。」
「止めろ…。俺は俺だろ!俺以外の何者でもない!!」
 頭を抱えて悲痛な叫びをあげるルネス。そんなルネスの姿を嘆かわしそうに見つめる3人のルネス。
「そうか、どうあれ僕は僕たちを認めないんだね。」
「俺が俺たちを認めないなら、」
「私が私たちを認めないなら、」
「「「今此処で、1人になるしかない。」」」
 突如、3人のルネスが炎に変わる。その炎は蹲るルネスを包み、身体を燃やし始める。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 熱い、痛い、熱い、痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛いアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイイタイアツイアツイイタイアツイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイイタイアツイ
 全身が焼ける。痛みに耐えられるように育てられた筈なのに、痛い。自分の中の何かが燃えていくような感覚を、ルネスは感じていた。
(これは…地球にいた時の記憶?)
 ルネスの目の前には、今まで体験してきた色々な情景が浮かんでは消えていた。
 高校生の頃、友達と遊んだ記憶。皆の顔色を伺いながら常に気を配っていた。陰で煙たがられていたことも分かっていたが、それでも1人にはなりたくなかった。
 任務の時、標的の怯え懇願する記憶。あの顔がいつも脳裏から離れず、任務が終わる度に吐いていた。
(こっちは、この世界に来てからの記憶か…?)
 ギルドでならず者に絡まれた時の記憶。圧倒的な戦闘力の差で相手を捩じ伏せて、それを見て満足していた。
 そんな光景が目の前に浮かんでは、燃えて消える。
(消える…俺が、消える…?)
 炎が身体を蝕むたびに、大切な何かを失っていく感覚。自分という存在がどんどんと焼失していく感覚。ルネスを襲うのは、今まで感じたことのないそんな感覚だった。
(嫌だ、消えたくない!消えたくない!!)
「そう、それが僕。」
「本当は臆病で、ちっぽけでひ弱な俺。」
「人なんて殺したくなかった。1人になりたくなかった。」


「「「お前は、お前が嫌だと思うことを全部僕たちに押し付けた。」」」


(…そうか。)
 消え逝く意識の中で、ルネスはラーの言葉を思い出していた。
(自分と向き合えって、そういうことだったのか…。)
 深い深い後悔。ルネスの目からは、涙が溢れ出ていた。
(俺はこんなにも、俺自身に怨まれていたのか。)
 意識がどんどんと闇に溶けていく。
(今になってやっと気づいたよ…。)



———もう、遅いけどな。
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