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お金に困っているヒロイン
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「お疲れ様ですっ!」
「お疲れ様です」
元気よく挨拶を投げてきた彼女は、従業員出入口のドアを開けたままこちらを伺った。オートロックで閉まるタイミングが重なったので、待っていてくれたようだ。
俺は社員で彼女はバイト。退勤時間はいつも同じだったが、顔なじみという程でもなく、名前すら知らない。
ただそれだけの関係だった。それでも彼女から溢れ出る人の良さは、仕事でロクな結果も出していない俺にとって、眩しい存在だった。
最寄り駅までの一本道。時季は夏真っ盛りだ。先を歩く彼女の後姿に、ついつい目がいってしまう。
使い古されたような薄手の白いTシャツ。努力の証であろう汗が染みた背中。そして、透ける黒色の筋線。
俺は、己の欲と罪悪感の狭間で視線が揺れていた。そんな時、彼女の体が左右に振れて地面に崩れた。
「……!?」
彼女の傍に駆け寄るなり、すぐさま119番。応急手順は知識として、知っている。
安全確保、救援要請、意識確認、気道確保、人工呼吸……
邪な考えは、救急隊員によるアリバイを求めた。
「目の前で女性が倒れました」
『分かりました。ではまず冷静に周りを見渡しましょう』
「はい」
『そこは二次被害の起きない安全な場所ですか?』
「そうですね、歩道です」
俺はいたって冷静だった。応急処置の名の元に、彼女の肩に触れ、顔に頬を近づける。気温のせいか体温のせいか、やたらと熱い。
「呼吸はあるようです」
『そうですか。それでは…』
すると彼女の瞼が開いた。間近で見つめ合う二人。俺の人生史上、最も短い距離間に驚き飛び退いた。アスファルトを滑っていくスマホに、もはや声は届かない。
「すみません…ごめんなさい…」
「いや、こっちこそ、すんませんッ」
「私、倒れて…?」
「そうっスね。一応、救急車は…」
「大丈夫です。疲れていただけなので、本当に大丈夫です!」
俺は画面にいくつもの線が刻まれたスマホを拾い上げた。彼女は、大丈夫だ、迷惑をかけるわけにはいかないの一点張りで、結局救急車を呼ぶことにはならなかった。
このまま一人で帰す訳にもいかないが、さて、どうする。ここでもまた、邪な妄想が膨らみ迷った。
……家まで送りましょうか?
ダメだ。この提案は断られるだろう。救急車の件を思い出せば、答えは明らかである。
「とりあえず近くで少し休んでから、帰ったほうがいいよ」
「はぃ…あの、でも私、次のバイトがあるので」
何を言っているんだ、この娘は。
さすがの俺も、さっきまでのしょうもない妄想が飛んだ。近くの自販機で適当なジュースを買い、座り込む彼女の前に置く。
「今の今、倒れていたんだよ?」
「でも、今日休むと、その…ピンチなんです」
どうやら彼女は、家賃の支払いの心配をしていたらしい。しかし俺には、不思議だった。
バイトとはいえ、彼女は1日近く働いている。その上で別のバイト。そこまで支出が多いのだろうか。
「少し聞きたい事あるんだけどさ」
「はい…」
「場所変えません?」
「で、でも、本当に大丈夫ですから…」
俺は迷った。
これ以上、引き延ばせば付きまといになるだろうか。救急隊員のアリバイも…まだ言い訳程度には使えるだろうが。
いや、そもそも俺と一緒にいること自体が嫌なのかもしれない。それなら最後に、こうしよう。
「今日のバイト代いくら?」
「え?」
「貸すなりあげるなりするから、今日休むってのはどう?」
「それは…」
「ここで無理して、明日ウチの会社で倒れられても困るからさ」
我ながら似合わない決め台詞。そもそも"ウチの会社”と言う程の愛社精神もなければ貢献もない。
本当に困っていたのだろう。彼女はコクリと頷いた。
「貸して…頂けますか?」
「お疲れ様です」
元気よく挨拶を投げてきた彼女は、従業員出入口のドアを開けたままこちらを伺った。オートロックで閉まるタイミングが重なったので、待っていてくれたようだ。
俺は社員で彼女はバイト。退勤時間はいつも同じだったが、顔なじみという程でもなく、名前すら知らない。
ただそれだけの関係だった。それでも彼女から溢れ出る人の良さは、仕事でロクな結果も出していない俺にとって、眩しい存在だった。
最寄り駅までの一本道。時季は夏真っ盛りだ。先を歩く彼女の後姿に、ついつい目がいってしまう。
使い古されたような薄手の白いTシャツ。努力の証であろう汗が染みた背中。そして、透ける黒色の筋線。
俺は、己の欲と罪悪感の狭間で視線が揺れていた。そんな時、彼女の体が左右に振れて地面に崩れた。
「……!?」
彼女の傍に駆け寄るなり、すぐさま119番。応急手順は知識として、知っている。
安全確保、救援要請、意識確認、気道確保、人工呼吸……
邪な考えは、救急隊員によるアリバイを求めた。
「目の前で女性が倒れました」
『分かりました。ではまず冷静に周りを見渡しましょう』
「はい」
『そこは二次被害の起きない安全な場所ですか?』
「そうですね、歩道です」
俺はいたって冷静だった。応急処置の名の元に、彼女の肩に触れ、顔に頬を近づける。気温のせいか体温のせいか、やたらと熱い。
「呼吸はあるようです」
『そうですか。それでは…』
すると彼女の瞼が開いた。間近で見つめ合う二人。俺の人生史上、最も短い距離間に驚き飛び退いた。アスファルトを滑っていくスマホに、もはや声は届かない。
「すみません…ごめんなさい…」
「いや、こっちこそ、すんませんッ」
「私、倒れて…?」
「そうっスね。一応、救急車は…」
「大丈夫です。疲れていただけなので、本当に大丈夫です!」
俺は画面にいくつもの線が刻まれたスマホを拾い上げた。彼女は、大丈夫だ、迷惑をかけるわけにはいかないの一点張りで、結局救急車を呼ぶことにはならなかった。
このまま一人で帰す訳にもいかないが、さて、どうする。ここでもまた、邪な妄想が膨らみ迷った。
……家まで送りましょうか?
ダメだ。この提案は断られるだろう。救急車の件を思い出せば、答えは明らかである。
「とりあえず近くで少し休んでから、帰ったほうがいいよ」
「はぃ…あの、でも私、次のバイトがあるので」
何を言っているんだ、この娘は。
さすがの俺も、さっきまでのしょうもない妄想が飛んだ。近くの自販機で適当なジュースを買い、座り込む彼女の前に置く。
「今の今、倒れていたんだよ?」
「でも、今日休むと、その…ピンチなんです」
どうやら彼女は、家賃の支払いの心配をしていたらしい。しかし俺には、不思議だった。
バイトとはいえ、彼女は1日近く働いている。その上で別のバイト。そこまで支出が多いのだろうか。
「少し聞きたい事あるんだけどさ」
「はい…」
「場所変えません?」
「で、でも、本当に大丈夫ですから…」
俺は迷った。
これ以上、引き延ばせば付きまといになるだろうか。救急隊員のアリバイも…まだ言い訳程度には使えるだろうが。
いや、そもそも俺と一緒にいること自体が嫌なのかもしれない。それなら最後に、こうしよう。
「今日のバイト代いくら?」
「え?」
「貸すなりあげるなりするから、今日休むってのはどう?」
「それは…」
「ここで無理して、明日ウチの会社で倒れられても困るからさ」
我ながら似合わない決め台詞。そもそも"ウチの会社”と言う程の愛社精神もなければ貢献もない。
本当に困っていたのだろう。彼女はコクリと頷いた。
「貸して…頂けますか?」
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