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真面目で金は返せない
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駅中にある珈琲のチェーン店の隅。俺は、単刀直入に切り出した。
「いくらいるの?今日のバイト代」
「あ、それは…やっぱり大丈夫です」
彼女は、遠くにいる客を少し気にしながら畏まった。
「大丈夫って、家賃は?」
「明日以降でなんとかします…」
「なんとかって、また無茶する気?」
「その、やっぱりこれ以上お金を借りる訳には…」
それ以降、彼女の口は塞がってしまった。注文した飲み物に、一切手を付けないまま時間は過ぎていく。俺は、彼女の言葉を頭の中で復唱していた。
これ以上、借りる訳には…?
「もしかして、借金結構ある感じ?」
「え!?あ、いえ…」
「どこからどれだけの額を金利いくらで借りてるか把握してる?」
俺は葛藤した。
彼女のこれまでの言動をみる限り、今ここで踏み込めば、きっと内側に入れるだろう(弱みに付け込めるだろう)。
でも、入った先に引き返せない地獄が待っていたら……
すると彼女は、あやふやな説明を始めた。はっきり言って、俺は彼女よりも金利の仕組みを知っていた。どこで間違えを起こしているかも、納得した。
彼女は、額こそ致命的でないものの、多重債務者であり、利子の支払いだけで、一杯いっぱいだということが分かった。
それを安っいバイト代で、倒れるまで掛け持ちして、真面目に返そうとしているのだ。
「契約書みたいなのは取ってある?」
「はい…一応取ってあります」
気が付けば、彼女への一歩を踏み出していた。灰色の醜炎が心の内に噴き上がる。不思議なことに、チャンスとしか思えなかった。
「明後日の土曜日だけど、それ見せてもらえない?」
「これは…!?」
俺は机の上に諭吉を出して、彼女のほうへ滑らせる。
「とりあえず家賃、払うんでしょ?」
「いえこんなに頂くわけには…」
彼女の体は正直だ。前のめりになりながら、必死に腕を抑えている。
「代わりにといったら何だけど、書類とか、部屋とか見たくてさ」
「……」
「ほら、家賃とかぼったくられてないか、気になったから」
下心の隠れた純粋な興味。警戒されているかと思うと、ついつい早口で捲し立ててしまう。
「嫌なら嫌でいいんだ。それなら俺はもう関わらない様に…」
「いいですか?」
「え?」
「私なんかの相談に乗ってもらってもいいんでしょうか?」
******
アパートの二階にある一室。
板張りのドアを開けると、もわっとした熱風が頬を掠める。想像していた女子の部屋とは違い、こじんまりとしていた。
聞いていた家賃との相違は特になかった。にしても、浪費している人間の部屋でもなさそうだが。まさか、ネトゲ廃人という訳ではないよな?
彼女は律儀な事に、あらかじめ机の上に書類を置いていた。数万から数十万の金額が記載された借用書。
ん?これは奨学金?
俺は驚いた。てっきりフリーターだと思っていた彼女は現役大学生だったのだ。どうやら借金の返済に、奨学金を充てているらしい。
そもそも大学生が、奨学金返済にバイトを詰めて勉強しないのは本末転倒である。ウチのような中小企業ではなく、優良企業に入ってから返すために、勉強すべきなのでは?
「あの…こんなのしかなくて、ごめんなさい」
彼女は気を使ってかペットボトルのお茶を持ってきてくれた。ただし、常温でぬるい。
「それよりエアコンってつけないの?寒がりだったりする?」
「あ、あの、故障してて…」
えぇ…
セミの合唱が、次第に五月蠅くなってきた。午前中から室温は軽く30℃を超えているだろう。俺は人生で初めて入った女子の部屋から、逃げ出したくなっていた。
「水風呂に入ったりして、なんとか過ごしてます」
ひょっとしてこの子、暑さに頭をやられてないか。それならそれでも捗るだろう…といった悪魔の囁きは、滴り始めた汗に流されていく。
「大家さんの連絡先は?修理してもらったほうが良いよ」
******
それから大家に電話を掛けたのだが、反応はよろしくなかった。むしろ、滞納している家賃を催促されてしまった。なぜか代わりに怒られる羽目になった俺は、通話を切った。
「よし分かった、引っ越ししよう!」
「……」
「あの大家はダメだ。話が全く通じない!」
「でも、どこに?」
「どこって」
俺は言葉に詰まる。確かにこの状況でどこにあてがあるというのか。それでも沸騰していた脳は、理性を投げ捨てたまま、新たなる秘策を口に出していた。
「お、俺が住んでるアパート…とか?」
「…あの」
「ダメ?」
「ちょっと考えさせて頂けませんか?」
彼女のほうが冷静に言葉を紡ぐ。
「その、私、あなたの名前も知りませんし…」
「……」
「確かによく帰りに見かける方だというのは分かるのですが…」
それ以上、聞こえなかった。全身から噴き出す汗に、思考を奪われた気がした。完全敗北。俺は当たり前の事実と暑さに打ちのめされた。
「そ、そうだね。じゃ、俺帰るよ」
そういって、財布を取り出し中身を見つめる。千円札しか入っていなかった。
「あの、大丈夫です!一昨日あれだけ頂いたのに」
「今日もバイト休んだんでしょ?」
「本当に助かったので…」
手切れ金さえ満足に払えない。格好悪い別れ方であった。
「いくらいるの?今日のバイト代」
「あ、それは…やっぱり大丈夫です」
彼女は、遠くにいる客を少し気にしながら畏まった。
「大丈夫って、家賃は?」
「明日以降でなんとかします…」
「なんとかって、また無茶する気?」
「その、やっぱりこれ以上お金を借りる訳には…」
それ以降、彼女の口は塞がってしまった。注文した飲み物に、一切手を付けないまま時間は過ぎていく。俺は、彼女の言葉を頭の中で復唱していた。
これ以上、借りる訳には…?
「もしかして、借金結構ある感じ?」
「え!?あ、いえ…」
「どこからどれだけの額を金利いくらで借りてるか把握してる?」
俺は葛藤した。
彼女のこれまでの言動をみる限り、今ここで踏み込めば、きっと内側に入れるだろう(弱みに付け込めるだろう)。
でも、入った先に引き返せない地獄が待っていたら……
すると彼女は、あやふやな説明を始めた。はっきり言って、俺は彼女よりも金利の仕組みを知っていた。どこで間違えを起こしているかも、納得した。
彼女は、額こそ致命的でないものの、多重債務者であり、利子の支払いだけで、一杯いっぱいだということが分かった。
それを安っいバイト代で、倒れるまで掛け持ちして、真面目に返そうとしているのだ。
「契約書みたいなのは取ってある?」
「はい…一応取ってあります」
気が付けば、彼女への一歩を踏み出していた。灰色の醜炎が心の内に噴き上がる。不思議なことに、チャンスとしか思えなかった。
「明後日の土曜日だけど、それ見せてもらえない?」
「これは…!?」
俺は机の上に諭吉を出して、彼女のほうへ滑らせる。
「とりあえず家賃、払うんでしょ?」
「いえこんなに頂くわけには…」
彼女の体は正直だ。前のめりになりながら、必死に腕を抑えている。
「代わりにといったら何だけど、書類とか、部屋とか見たくてさ」
「……」
「ほら、家賃とかぼったくられてないか、気になったから」
下心の隠れた純粋な興味。警戒されているかと思うと、ついつい早口で捲し立ててしまう。
「嫌なら嫌でいいんだ。それなら俺はもう関わらない様に…」
「いいですか?」
「え?」
「私なんかの相談に乗ってもらってもいいんでしょうか?」
******
アパートの二階にある一室。
板張りのドアを開けると、もわっとした熱風が頬を掠める。想像していた女子の部屋とは違い、こじんまりとしていた。
聞いていた家賃との相違は特になかった。にしても、浪費している人間の部屋でもなさそうだが。まさか、ネトゲ廃人という訳ではないよな?
彼女は律儀な事に、あらかじめ机の上に書類を置いていた。数万から数十万の金額が記載された借用書。
ん?これは奨学金?
俺は驚いた。てっきりフリーターだと思っていた彼女は現役大学生だったのだ。どうやら借金の返済に、奨学金を充てているらしい。
そもそも大学生が、奨学金返済にバイトを詰めて勉強しないのは本末転倒である。ウチのような中小企業ではなく、優良企業に入ってから返すために、勉強すべきなのでは?
「あの…こんなのしかなくて、ごめんなさい」
彼女は気を使ってかペットボトルのお茶を持ってきてくれた。ただし、常温でぬるい。
「それよりエアコンってつけないの?寒がりだったりする?」
「あ、あの、故障してて…」
えぇ…
セミの合唱が、次第に五月蠅くなってきた。午前中から室温は軽く30℃を超えているだろう。俺は人生で初めて入った女子の部屋から、逃げ出したくなっていた。
「水風呂に入ったりして、なんとか過ごしてます」
ひょっとしてこの子、暑さに頭をやられてないか。それならそれでも捗るだろう…といった悪魔の囁きは、滴り始めた汗に流されていく。
「大家さんの連絡先は?修理してもらったほうが良いよ」
******
それから大家に電話を掛けたのだが、反応はよろしくなかった。むしろ、滞納している家賃を催促されてしまった。なぜか代わりに怒られる羽目になった俺は、通話を切った。
「よし分かった、引っ越ししよう!」
「……」
「あの大家はダメだ。話が全く通じない!」
「でも、どこに?」
「どこって」
俺は言葉に詰まる。確かにこの状況でどこにあてがあるというのか。それでも沸騰していた脳は、理性を投げ捨てたまま、新たなる秘策を口に出していた。
「お、俺が住んでるアパート…とか?」
「…あの」
「ダメ?」
「ちょっと考えさせて頂けませんか?」
彼女のほうが冷静に言葉を紡ぐ。
「その、私、あなたの名前も知りませんし…」
「……」
「確かによく帰りに見かける方だというのは分かるのですが…」
それ以上、聞こえなかった。全身から噴き出す汗に、思考を奪われた気がした。完全敗北。俺は当たり前の事実と暑さに打ちのめされた。
「そ、そうだね。じゃ、俺帰るよ」
そういって、財布を取り出し中身を見つめる。千円札しか入っていなかった。
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