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金の継ぎ目は縁の継ぎ目
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俺の悪運は強いのだろうか。
憂鬱で気まずい月曜日の帰り際、なんと彼女のほうから声をかけてきたのだ。
「この前はありがとうございました」
「え?あぁ」
「名前、七坂さんで合ってますか?」
「そうっすね」
「私、臼井夢花って言います。夢に花でゆめかです」
誰かに聞いたのだろう。
今になって、提案を受け入れようとしているのだろうか。正直言えば、今の俺はあの時ほど乗り気じゃなかった。
冷静に考えて、借金まみれの女子大生を善意だけで家に住まわすなんて恐ろしい事が、出来るのか不安であったのだ。
損得勘定しか出来ない自分に失望しながら駅へ向かっていた。それでも同時に、俺の心の中にギラギラしたものが再び渦巻き始める。
臼井夢花。
隣を歩く夢花の僅かに膨らむ胸から目を逸らす。間近だからよく見えてしまった。今日も黒色は透けていた。
「今度の土曜日、服でも買いに行かないか?」
「え?」
俺は正直に言うことに決めた。これでダメならダメでいい。
そりゃ職場での立場は色々と怪しくなるかもしれないが、元々、立場なんてあってないようなものである。
「シャツ、結構使い古しでしょ?透けてるよ?」
「…はい」
案外あっさりだった。まるで初めから分かっていたように。
「服は引っ越し祝いってことで、俺が払うよ」
「あの、そのことなんですが…」
あぁ?この流れでやっぱダメだったのか?滅茶苦茶恥ずかしいはずなのに、なぜかどうでも良くなっていた。
「どうしても先に相談しないといけない事がありまして…」
「……」
「この前すぐ返事できなかったのはその事もあるからなんです」
真剣な眼差しで見上げてきた夢花に、気圧される。なるほど、やはり他に隠されていた何かがあった訳か。俺は本気で人生のセーブポイントに差し掛かったような気がした。
「ここで話してもいいこと?」
「え、いえ、あの」
夢花はハッとして周りを見渡した。既に駅構内に入っており、少ないなりにも通勤客とすれ違う。
「じゃ、とりあえずウチ来る?」
「…はい」
こうして俺の進むべき道は決まった。醜欲的な期待と、恐怯的な不安を抱えて電車に乗り込んだ。
******
アパートのドアを開けると、涼しい玄関で一息ついた。背後には借金まみれの女子大生。
俺がこんなにもリスキーなことをする目的は、ただひとつ。借金を肩代わりすることによって、対価を求めることである。
嫌という程に冷静な脳内で、作戦が組みあがる。靴を揃えて中に案内すると、夢花を座らせた。
「早速だけど重大な相談って何?」
「あの…実は私、嘘を付いていたんです」
深刻な眼差しだった。目が合った瞬間に夢花の顔が俯く。
「嘘?」
「はい。実は借金…あれだけではないんです」
「なるほどね、で、額は?」
俺は驚きもせず、淡々と聞いた。というのも、夢花の嘘は薄々ながら気付いていたからだ。
最初の話では、利子を返すので生活が一杯と聞いていた。ただ、一昨日みた借用書の額でそこまで追い込まれるようには思えない。生活も質素。だから不思議ではあったのだ。
「500万円です…」
「金利は?」
「え?」
夢花は何事もなかったように質問を返され戸惑った。
「あ、金利ですね。金利は確か…15%です」
「そっか」
正直、俺はホッとしていた。貯金を全額叩けば、払える額で収まっていたからだ。それでも、500万は重たいが。
500万の15%だと、年に75万を利子として余分に支払う必要がある。月々6万の返済だ。しかもそれだけでは借金は減らない。
「ごめんなさい。やっぱりダメですよね」
「……」
彼女の目元は、明らかに揺れていた。それでも懸命に堪えている様子が、俺の心に刺さる。
「いったん考えさせてくれる?」
「はい…」
******
次の日、俺は駅までの道を夢花の後ろから歩いていた。彼女から関わってくることはなく、ただ、以前のように軽い挨拶を交わすと、別々に歩き出しただけだった。
俺は、とてつもなく汚い人間だ。
このまま他人事で終わらせてしまえば、いずれ夢花は蒸発して消えていくだろう。
だが、俺はとてつもなく汚い人間なのだ。
会社入口の近くにある自販機でジュースを2本買っていた。そしてこのクソ暑い中、ダッシュ。前を行く夢花の腕に、冷たいジュース缶を当ててやった。
「ひゃっ!」
「ごめん、びっくりした?」
「はい…」
この程度で怒る人間でないことは分かっていた。そして、思い通りの反応に安心した。
「そういえば大学には行ってないの?」
「今は…そうですね」
「なに学部?」
「幼児教育です」
「あー保育士さん?」
すると夢花の顔が少しだけ曇った。
「その、それは…」
「なりたいわけではない?」
「いえ、なりたいです。なりたいんですけど」
「……」
「私みたいなのがなってもいいのか分からなくなって…」
両手で口を抑える夢花。立ち止まり、肩を震わせ始めた。俺は正面に回り込むと、両肩に手を置いた。
覚悟は決まった。それは、白でもなく黒でもない。灰色の覚悟。
「もう一度話したいことがあるからさ」
「……」
「ウチで話そう?」
夢花はコクリとだけ頷いたのだった。
憂鬱で気まずい月曜日の帰り際、なんと彼女のほうから声をかけてきたのだ。
「この前はありがとうございました」
「え?あぁ」
「名前、七坂さんで合ってますか?」
「そうっすね」
「私、臼井夢花って言います。夢に花でゆめかです」
誰かに聞いたのだろう。
今になって、提案を受け入れようとしているのだろうか。正直言えば、今の俺はあの時ほど乗り気じゃなかった。
冷静に考えて、借金まみれの女子大生を善意だけで家に住まわすなんて恐ろしい事が、出来るのか不安であったのだ。
損得勘定しか出来ない自分に失望しながら駅へ向かっていた。それでも同時に、俺の心の中にギラギラしたものが再び渦巻き始める。
臼井夢花。
隣を歩く夢花の僅かに膨らむ胸から目を逸らす。間近だからよく見えてしまった。今日も黒色は透けていた。
「今度の土曜日、服でも買いに行かないか?」
「え?」
俺は正直に言うことに決めた。これでダメならダメでいい。
そりゃ職場での立場は色々と怪しくなるかもしれないが、元々、立場なんてあってないようなものである。
「シャツ、結構使い古しでしょ?透けてるよ?」
「…はい」
案外あっさりだった。まるで初めから分かっていたように。
「服は引っ越し祝いってことで、俺が払うよ」
「あの、そのことなんですが…」
あぁ?この流れでやっぱダメだったのか?滅茶苦茶恥ずかしいはずなのに、なぜかどうでも良くなっていた。
「どうしても先に相談しないといけない事がありまして…」
「……」
「この前すぐ返事できなかったのはその事もあるからなんです」
真剣な眼差しで見上げてきた夢花に、気圧される。なるほど、やはり他に隠されていた何かがあった訳か。俺は本気で人生のセーブポイントに差し掛かったような気がした。
「ここで話してもいいこと?」
「え、いえ、あの」
夢花はハッとして周りを見渡した。既に駅構内に入っており、少ないなりにも通勤客とすれ違う。
「じゃ、とりあえずウチ来る?」
「…はい」
こうして俺の進むべき道は決まった。醜欲的な期待と、恐怯的な不安を抱えて電車に乗り込んだ。
******
アパートのドアを開けると、涼しい玄関で一息ついた。背後には借金まみれの女子大生。
俺がこんなにもリスキーなことをする目的は、ただひとつ。借金を肩代わりすることによって、対価を求めることである。
嫌という程に冷静な脳内で、作戦が組みあがる。靴を揃えて中に案内すると、夢花を座らせた。
「早速だけど重大な相談って何?」
「あの…実は私、嘘を付いていたんです」
深刻な眼差しだった。目が合った瞬間に夢花の顔が俯く。
「嘘?」
「はい。実は借金…あれだけではないんです」
「なるほどね、で、額は?」
俺は驚きもせず、淡々と聞いた。というのも、夢花の嘘は薄々ながら気付いていたからだ。
最初の話では、利子を返すので生活が一杯と聞いていた。ただ、一昨日みた借用書の額でそこまで追い込まれるようには思えない。生活も質素。だから不思議ではあったのだ。
「500万円です…」
「金利は?」
「え?」
夢花は何事もなかったように質問を返され戸惑った。
「あ、金利ですね。金利は確か…15%です」
「そっか」
正直、俺はホッとしていた。貯金を全額叩けば、払える額で収まっていたからだ。それでも、500万は重たいが。
500万の15%だと、年に75万を利子として余分に支払う必要がある。月々6万の返済だ。しかもそれだけでは借金は減らない。
「ごめんなさい。やっぱりダメですよね」
「……」
彼女の目元は、明らかに揺れていた。それでも懸命に堪えている様子が、俺の心に刺さる。
「いったん考えさせてくれる?」
「はい…」
******
次の日、俺は駅までの道を夢花の後ろから歩いていた。彼女から関わってくることはなく、ただ、以前のように軽い挨拶を交わすと、別々に歩き出しただけだった。
俺は、とてつもなく汚い人間だ。
このまま他人事で終わらせてしまえば、いずれ夢花は蒸発して消えていくだろう。
だが、俺はとてつもなく汚い人間なのだ。
会社入口の近くにある自販機でジュースを2本買っていた。そしてこのクソ暑い中、ダッシュ。前を行く夢花の腕に、冷たいジュース缶を当ててやった。
「ひゃっ!」
「ごめん、びっくりした?」
「はい…」
この程度で怒る人間でないことは分かっていた。そして、思い通りの反応に安心した。
「そういえば大学には行ってないの?」
「今は…そうですね」
「なに学部?」
「幼児教育です」
「あー保育士さん?」
すると夢花の顔が少しだけ曇った。
「その、それは…」
「なりたいわけではない?」
「いえ、なりたいです。なりたいんですけど」
「……」
「私みたいなのがなってもいいのか分からなくなって…」
両手で口を抑える夢花。立ち止まり、肩を震わせ始めた。俺は正面に回り込むと、両肩に手を置いた。
覚悟は決まった。それは、白でもなく黒でもない。灰色の覚悟。
「もう一度話したいことがあるからさ」
「……」
「ウチで話そう?」
夢花はコクリとだけ頷いたのだった。
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