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物語の始まり
第1話 転移して、いきなり素質がどうのって言われても
しおりを挟む目を覚ますと、知りもしない場所に一人立っていた。
青々とした野原の先に、延々と茶色の道が続いている。
覚えていることは自分の名前が金崎匠で高校二年生だということとここが見知らぬ土地だってことくらいで、それ以外の記憶はさっぱり思い出せなかった。まあ、思い出せないくらい下らない人生だったのかもしれない。
何故か、そんなふうに思えた。
「……ん? なんだあれ?」
俺が立つ道の先に紫色の淀んだ瘴気のようなものが現れていた。生理的に近づいちゃいけない感じがするが、好奇心には勝てず、近づいていってしまう。
手を突っ込んでみると瘴気の流れが一度は変わるものの、すぐに戻ってしまう。これそのものは無害らしい。
「なんなんだ、一体……」
不思議に思った刹那、瘴気からゴゴゴと低い唸るような音が聞こえ、空気が震え始めた。さすがに危険を感じて後ずさる。しかし、振動はどんどん大きくなっていった。
そして、瘴気の中に暗闇が現れ、そこから同じく淀んだ瘴気を放つ狼のような動物が出てきた。しかしよく見てみると、その狼の目は妖しげに赤く光っており、獰猛そうな息遣いで呼吸しながら、こちらを睨みつけていた。
「――今すぐ離れなさい、そこの村人!」
可憐な声に振り向くと、背後に二人の少女が立っていた。
一人は金髪のロングヘアに青い目、白いローブの中に紺のハイウェストスカートと控えめにフリルが施された白いブラウスを合わせている。いわゆる清楚って感じだ。
もう一人はショートの赤毛に栗色の目、オリーブグリーンの短めのケープに臙脂色のプリーツスカートを合わせている。可愛らしいおへそが丸見えになっているうえにスカートの丈が短くて、目のやり場に困る。
どうやら、こっちの女の子が俺に呼びかけたらしい。
俺はそのコスプレ集団を見つつ、顔をしかめた。
「村人……って俺は都会生まれの都会人だ!」
「そんなこと言ってる場合じゃありません! そのレベルの魔駒なら噛みつかれただけで重症に――」
鈴が鳴るような声で話すのはローブの方の少女だ。
少女の声が途切れたのに疑問を持ちつつ振り返ると、先程の狼が飛びかかってきていた。そういえば、昔何処かのニュースサイトで犬に噛みつかれて死んだ飼い主の話を見たっけか。記憶を失った挙げ句、狼に噛まれてコスプレ集団の前で死ぬ、なんて無様な死に方だろう。ダーウィン賞受賞者でも、もっとまともな死に方をしてる。
防御本能が腕で顔を覆う。しかし、恐らく意味はないだろう。時間がコマ送りになったかのようにスローモーションに感じられた。
しかし、次の瞬間、狼は何かに弾き飛ばされ、地面に転がり込んだ。一体何事かと、確認すると狼と俺の間に半透明の板のようなものが現れていた。どうやら、これが身を守ってくれたらしい。
「嘘、オートガードじゃない……!」
「そ、そんなはずありません。自動防御魔法は古代に滅びた高位魔法じゃないですか。何かの見間違いですよ、きっと」
何やらそわそわしだす背後のコスプレペア。二人はどうやらこの半透明の板状のもののことを言っているらしい。
一方、目の前の狼は未だに戦意満々の様子でこちらを睨みつけ、第二の攻撃のチャンスを伺っていた。
「そうね、クレアの言うとおり、まぐれに決まってるわ!」
ローブの少女――クレアというらしい――の言葉に頷き返した赤髪の少女は鋭い視線をこちらに向ける。
「そこの村人! 怪我したくなかったらアタシ達の後ろに下がりなさい!」
「いや、その必要はない」
俺はきっぱりと断る。なぜなら、もう感覚を理解していたから。
地面を蹴り出して、前方に飛び出す。不思議に身体が軽い。狼の方も同時にこちらに飛びついてきた。だが、噛みつかれるすんでのところで、俺は身をひねり、狼の後ろ頭に拳を食らわせた。衝撃で狼は地面に叩きつけられ、一度跳ねて、ぐるぐる転がった挙げ句に倒れ込む。そして、身体の先から、さっきまであった瘴気に還元されるようにして消滅した。
これで一件落着。多分危険は無くなった――と思いきや、戦闘を終えた俺の背後にさっきのコスプレ少女二人が胡乱そうな顔をして、近づいてきていた。
「アンタ、素手で魔駒を倒すってどういうことよ……」
「その魔駒ってのは、何なんだ?」
さっきから言っていることがさっぱり理解できない。だが、そういうと二人は顔を合わせて、さらに怪訝そうな顔をしてこっちを見てきた。
「魔駒も知らないってどんな田舎に暮らしてたら、そうなるのよ」
「あのな、俺は気づいたらここに居て、記憶もないんだよ。あと、俺は都会生まれの都会暮らし、正真正銘の都会人だと言ってるだろうが」
「ふうん、そんなこともあるのね。そういえば、ここじゃあまり見ない服ね……」
そう言われて初めて気づく。今、俺が着てる服はどうやら高校の制服らしい。
「アタシの名前はリアン、こっちはクレア。アンタは?」
「タクミだ、金崎匠」
リアンと名乗った少女の差し出した手を俺が握ると、彼女は向日葵が咲いたような笑顔になった。
「とりあえず、彼をギルドまで連れていきましょう。何か分かるかもしれませんし」
「待て、ギルドって言ったか?」
「そうですが……何か?」
また怪訝そうな顔になるクレア。
しかし、俺の頭の中にはそんなことよりも重要な事実が浮かび上がっていた。
これは――異世界転移という奴だ、という事実だ。
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