ギブス

一宮けい

文字の大きさ
15 / 19

笑いって必要ーー書きあぐねている人のための小説入門

しおりを挟む

 ある日何故か、「純文学を知ろう!」と思い立ち、1時間ぐらい書店をぐるぐるしたあげく、文藝2020年冬号を購入した。ほくほくした顔でページをめくる。

 宇佐見りん、大前粟生、くどうれいん、遠野遥などの今をときめく旬の90年代生まれの作家26人にアンケートしたというページにわたしは釘付けだった。同世代だからだ。
 
 印象的だったのは「なぜ小説(もしくは詩歌)という表現方法を選んだのですか?」という質問に対し、「自分にはこれしかできないから」という回答が多かったのだ。26人中5人が自由回答にもかかわらず同じような回答をしていた。そういう謙遜しているのか、自信がないのかわからない回答は確かに自分と同世代の90年代生まれに多い気がした。遠い存在過ぎて、土方十四郎、フグ田サザエ、堂上篤(全員27歳)と同レベルで年齢が一緒って思っていたけれど、本当に同じ時代を生きている人たちなんだな。ちなみに「得意な分野だからです」と答えたのは上畠菜緒ただ一人だけだった。堂々とそう言ってくれた方がきゅんとする。
 
 そのアンケートの中で、「何度も読み返す小説があれば教えてください(三作まで)」という内容に、岡英里奈の回答が、
「保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』(小説だと思っています)」という回答を見て、この本に興味を持った。さっそく購入。本当に小説なんだろうか?

 
 この本は小説家である保坂和志による、小説入門の指南書であるが、どうプロットを書いていいか、伏線を張るべきか、などテクニックのマニュアルでは決してない。だが決して精神論だけではなくて、具体的でかつ痛快なアドバイスが随所に広がる。
 たとえば、「次のために」ということについては、

「いま書いているものが“第一作”にならなかったら、二作目はない。残しておけるようなネタは、たいしたネタではない。つまり書くに値しない。それが正しく書くに値するネタだったら、いま書いている作品にそれも入れてほしい」
 …そうですね、おっしゃる通りです。このエッセイのネタはまた今度にしようとか思うことがあるが、これを読んで全力投入しようと思い立った。

 実はこの本を読むまで2か月かかっている。そして、読んでいる時こそばちん!と叩かれるようなハッとする言葉ばかり拾っていたが、読了後、他の作品を読んで、じわじわとこの本に書いてあったことを具《つぶさ》に思い出していた。
 その一つが「笑い」だ。保坂和志自身も自分の小説に「笑い」を入れたいという気持ちを常に持っているという。

「ひらすらに深刻なばかりの手記がベストセラーになることがよくあるけれど、そこには深刻さしかない。それは「深刻な話」としてパッケージされた(単純化された)商品でしかない。
 しかし、現実に起こる深刻な出来事はもっとずっと複雑で、その出来事が続いている間、当事者が一度も笑わないわけではない。(中略)
 笑いによって、読み手は現実の複雑さを知る(書き手自身も知る)」
 
 例えば『この世界の片隅に』というアニメーション映画は“戦争”を扱っている作品であるが、随所に“笑い”があり、それがこの作品の深い余韻につながっていると思う。他の戦争映画でも、主人公たちが冗談言ったり、笑い合ったりするシーンはある。彼らだっていつでも暗いことばかりを言っているはずがない。だから笑いがあることはかえってリアルなのだ。

 そして笑いはネガティブなものよりも意識的に書かなければ書けないと著者は断言する。
「「『じゃあ、また』と言って、彼は歩いていった」と書くだけで、小説の中では「じゃあ、また」が二度と来ないように感じられてしまう。小説にはそういうネガティブな“磁場”のようなものがあるらしいことが、書くにつれて強く強くわかってきた」
 今まで気が付かなかったが、確かにネガティブな力が働きやすいかもしれない。だからこそ、意識して、踏ん張って、笑いを入れなきゃいけない。

 著者の全力の、渾身の入門書に尻を叩かれっぱなしだった。でも正直、これが「小説」だと思わなかった。だからわたしはこれは小説ではないにしろ、岡英里奈がそれでも薦めたかった本だとしてメッセージを受け取った。


今回の物語:『書きあぐねている人のための小説入門』保坂和志著

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【作家日記】小説とシナリオのはざまで……【三文ライターの底辺から這い上がる記録】

タカハシU太
エッセイ・ノンフィクション
書けえっ!! 書けっ!! 書けーっ!! 書けーっ!!  * エッセイ? 日記? ただのボヤキかもしれません。 『【作家日記】小説とシナリオのはざまで……【三文ライターの底辺から這い上がる記録】』 カクヨムの週間ランキング1位(エッセイ・ノンフィクション部門)獲得経験あり。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...