BODY TALK ―初恋の代償―

南 鴇也

文字の大きさ
4 / 111
第1章

契り 01 (追憶 2 years ago)

しおりを挟む
《perspective:亜矢》


僕は蹌踉としながら、夜の街を歩いていた。

「何?喧嘩?」
「酷い格好……」

すれ違う人達が、僕をギョッとした目で見ていた。無理も無い、この姿を見れば誰だって不憫に思うだろう。
この寒い冬の夜にシャツ一枚、しかもぐしゃぐしゃに汚れた服でいるなんて。

僕は人々の視線を気にすることもなく、ただ俯いて歩いた。

僕には関係ない。世間体なんて……。
いっそのこと終わりにしたい。
生きて、穢れた男たちに抱かれ続けるくらいなら……。

その時大きな橋が目に飛び込んだ。身を乗り出して下を覗くと、そこは月明かりを受けて真っ黒に輝く河川だった。

ふらふらと、河川敷まで降りる。
人影はない。この暗がりなら、見られる事も止められる事も、ないだろう……。

冷たい風が僕の髪を靡かせた。

『まだまだ足りないって思ってんだろ?』
『誰にでも悦がりやがって。お前、ほんと淫乱だな』

先刻の男達の声が頭の中で渦巻いた。それと同時に自分の厭らしい様も……。

イヤダ、キタナイ……イラナイ……。

もう迷いは無かった。
足元から迫り上がってくる冷たい感覚を感じながら、ゆっくり歩みを進める。
1メートルほど行った所でいきなり水深が深くなった。水圧に体をとられてぐらりとよろめき、一瞬にして空を仰ぐ。
眩しいくらいの月が、流れるようにさっと視界に入った。
次の瞬間、痛いほどの冷たさが体中を覆う。
ゴボゴボと水中で息を吐く。苦しい……。必死にもがく自分が情けない。こんな時でさえも、生きようとしているなんて。

意識を手放しかけたその時、強く腕を掴まれたかと思うと、肩を抱えるように引き上げられた。

「ッ……ゴホッゴホッ」

空気を感じた途端、咳き込んで激しく呼吸する。そうしていると、「何をしている」と不機嫌そうな声が上から降ってきた。

徐々に頭がはっきりしてきて、ゆっくりと顔を上げた。
月の光に照らされて男の顔が見えた。
濡れた長い前髪から覗く紺青の瞳に射抜かれて、心臓がドクリと音を立てる。
僕はその瞳から逃れるように、直ぐに視線を外した。

「……僕、これからしなきゃいけないことがあるので……。
 あの……関わり合いにならないうちに、どっか行ってください」

「こんな時間に、こんな冷たい水の中で?……一体何を?」

その人は笑いを含んだ声で訊いた。

「……死ぬんです」

正直な言葉が漏れる。
きっと本気にはしないだろう。そう思っていたのに、今度は笑うこともせず、じっと僕の顔を見つめた。
再び、その瞳に囚われた。金縛りにあったかのように、体が硬直して動けない。

突然、ピカッと空が明るくなったかと思うと雷鳴が轟いた。

「っ……!」
その音に身を固くする。耳を塞いだ手が震えているのが自分でも分かった。

「死ぬことより雷が怖いのか?変な奴だな」

そう言った男の人は、先刻までとは一変して穏やかな微笑を浮かべていた。それを見て何故かドキリとする。

「……おいで。じきに雨が降る。そうすると本当にシャレにならない」

ポンと頭に手を置かれた瞬間、僕は反射的にその手を払い除けていた。

「っ……嫌だぁあ!!気持ち、悪いっ……気持ち悪いっ!!」

言葉が勝手に口をついて出る。全身に走る悪寒が止まらなくて、自分自身の肩を抱いた。

「おいっ……大丈夫かっ……?」
「ごっ……ごめん、なさい……」

荒い息をしながらぎゅっと目を閉じる。
ちゃんと説明して謝らなければ。初対面の人にこんなに酷いことを言うなんて……。
そう思うのに、その先を伝えることができない。
震えを抑え込むように俯いていると、静かに男の人が口を開いた。

「……怖いのか?」

僕は小さく頷く。それは事実。男が怖い……。

「……こわ……い……。自分じゃなくなって……そんな自分も怖くてっ……、嫌いで……。死のうと思った……っ」

言葉が自然と溢れ出る。

「な……のに、貴方のせいでっ……!!」

冷たい肌に熱い涙が滑り落ちた。この思いはなんなのだろう……。どうしようもなく苦しい。

「貴方に出会わなければっ……」

次の瞬間、腕を引かれその人に抱き締められていた。互いに濡れて冷えているはずなのに、体中に温もりが流れ込んできて、その心地良さが何故か怖く思えた。

「……いや、だっ……放して!」

暴れると、回された腕にさらに力が篭る。

「……大丈夫、何もしない」
「……」
「君の恐れている事が何なのか知らないが、これだけは言える」

その人は凛とした目で僕を真っ直ぐに見て、整った唇を柔らかく緩めた。

「君は死ぬにはもったいない……君は、本当に綺麗だ」

その言葉に心臓が跳ねる。
綺麗……?こんなに汚れた僕を、綺麗と言ってくれるの……?

胸の高鳴りが煩い。
今度こそ、この青い瞳から逃れられない。違う、逃れたくない。

初めて人前で声をあげて泣いた。

――傍にいたい。
この人は、僕を愛してくれるだろうか……。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

処理中です...