初恋の代償

南 鴇也

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第1章

契り 01 (追憶 2 years ago)

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《perspective:亜矢》


僕は蹌踉としながら、夜の街を歩いていた。

「何?喧嘩?」
「酷い格好……」

すれ違う人達が、僕をギョッとした目で見ていた。無理も無い、この姿を見れば誰だって不憫に思うだろう。
この寒い冬の夜にシャツ一枚、しかもぐしゃぐしゃに汚れた服でいるなんて。

僕は人々の視線を気にすることもなく、ただ俯いて歩いた。

僕には関係ない。世間体なんて……。
いっそのこと終わりにしたい。
生きて、穢れた男たちに抱かれ続けるくらいなら……。

その時大きな橋が目に飛び込んだ。身を乗り出して下を覗くと、そこは月明かりを受けて真っ黒に輝く河川だった。

ふらふらと、河川敷まで降りる。
人影はない。この暗がりなら、見られる事も止められる事も、ないだろう……。

冷たい風が僕の髪を靡かせた。

『まだまだ足りないって思ってんだろ?』
『誰にでも悦がりやがって。お前、ほんと淫乱だな』

先刻の男達の声が頭の中で渦巻いた。それと同時に自分の厭らしい様も……。

イヤダ、キタナイ……イラナイ……。

もう迷いは無かった。
足元から迫り上がってくる冷たい感覚を感じながら、ゆっくり歩みを進める。
1メートルほど行った所でいきなり水深が深くなった。水圧に体をとられてぐらりとよろめき、一瞬にして空を仰ぐ。
眩しいくらいの月が、流れるようにさっと視界に入った。
次の瞬間、痛いほどの冷たさが体中を覆う。
ゴボゴボと水中で息を吐く。苦しい……。必死にもがく自分が情けない。こんな時でさえも、生きようとしているなんて。

意識を手放しかけたその時、強く腕を掴まれたかと思うと、肩を抱えるように引き上げられた。

「ッ……ゴホッゴホッ」

空気を感じた途端、咳き込んで激しく呼吸する。そうしていると、「何をしている」と不機嫌そうな声が上から降ってきた。

徐々に頭がはっきりしてきて、ゆっくりと顔を上げた。
月の光に照らされて男の顔が見えた。
濡れた長い前髪から覗く紺青の瞳に射抜かれて、心臓がドクリと音を立てる。
僕はその瞳から逃れるように、直ぐに視線を外した。

「……僕、これからしなきゃいけないことがあるので……。
 あの……関わり合いにならないうちに、どっか行ってください」

「こんな時間に、こんな冷たい水の中で?……一体何を?」

その人は笑いを含んだ声で訊いた。

「……死ぬんです」

正直な言葉が漏れる。
きっと本気にはしないだろう。そう思っていたのに、今度は笑うこともせず、じっと僕の顔を見つめた。
再び、その瞳に囚われた。金縛りにあったかのように、体が硬直して動けない。

突然、ピカッと空が明るくなったかと思うと雷鳴が轟いた。

「っ……!」
その音に身を固くする。耳を塞いだ手が震えているのが自分でも分かった。

「死ぬことより雷が怖いのか?変な奴だな」

そう言った男の人は、先刻までとは一変して穏やかな微笑を浮かべていた。それを見て何故かドキリとする。

「……おいで。じきに雨が降る。そうすると本当にシャレにならない」

ポンと頭に手を置かれた瞬間、僕は反射的にその手を払い除けていた。

「っ……嫌だぁあ!!気持ち、悪いっ……気持ち悪いっ!!」

言葉が勝手に口をついて出る。全身に走る悪寒が止まらなくて、自分自身の肩を抱いた。

「おいっ……大丈夫かっ……?」
「ごっ……ごめん、なさい……」

荒い息をしながらぎゅっと目を閉じる。
ちゃんと説明して謝らなければ。初対面の人にこんなに酷いことを言うなんて……。
そう思うのに、その先を伝えることができない。
震えを抑え込むように俯いていると、静かに男の人が口を開いた。

「……怖いのか?」

僕は小さく頷く。それは事実。男が怖い……。

「……こわ……い……。自分じゃなくなって……そんな自分も怖くてっ……、嫌いで……。死のうと思った……っ」

言葉が自然と溢れ出る。

「な……のに、貴方のせいでっ……!!」

冷たい肌に熱い涙が滑り落ちた。この思いはなんなのだろう……。どうしようもなく苦しい。

「貴方に出会わなければっ……」

次の瞬間、腕を引かれその人に抱き締められていた。互いに濡れて冷えているはずなのに、体中に温もりが流れ込んできて、その心地良さが何故か怖く思えた。

「……いや、だっ……放して!」

暴れると、回された腕にさらに力が篭る。

「……大丈夫、何もしない」
「……」
「君の恐れている事が何なのか知らないが、これだけは言える」

その人は凛とした目で僕を真っ直ぐに見て、整った唇を柔らかく緩めた。

「君は死ぬにはもったいない……君は、本当に綺麗だ」

その言葉に心臓が跳ねる。
綺麗……?こんなに汚れた僕を、綺麗と言ってくれるの……?

胸の高鳴りが煩い。
今度こそ、この青い瞳から逃れられない。違う、逃れたくない。

初めて人前で声をあげて泣いた。

――傍にいたい。
この人は、僕を愛してくれるだろうか……。

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