初恋の代償

南 鴇也

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第2章

独占 02

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課題が切りのいいところまで終わり、帰ろうと外へ出ると、辺りは既に真っ暗になっていた。
練習時間が過ぎたのか、グラウンドでは部活動生が片付けをするために忙しなく動いていた。


情事後、後始末をしてから、俺は課題レポートの作成に取り掛かった。
亜矢は最初それを眺めていたが、用事があるので、と言って先に帰ってしまった。

別に恋人同士ではないから、一緒に過ごすことを要求するわけでもない。ただ、ずっと亜矢に傍に居てほしいと思うたびに虚しくなる自分がいる。

――きっとまた、誰かと一緒に居るんだろう。

そんなことを考えながら歩いていると、前を行く男子学生の声が聞こえてきた。

「あの噂知ってるか?宮白が男と住んでるって」

……何?思わず聞き耳を立てる。

「あーなんか聞いたことあるわ。誰だっけ、確か、一ノ瀬グループの……」
「一ノ瀬結月だろ。俺、そのヒトのインタビュー記事読んだことある。やたら顔キレーなんだよな。モデルかっつー」
「いいよなぁ。宮白を好き放題できるなんて」
「馬鹿。まだソッチって決まってねーだろ。もしそうだったら幻滅だわ。俺ちょっと憧れてんだよね、あのヒト」
「まー、若いのにマーケの最前線立ってるもんな。カッコいいわ」

足を止める。男達の声が遠ざかっていく。
暫し呆然として、その聞き覚えのある名前の記憶を呼び起こしていた。

一度だけ会ったことがある。一ノ瀬グループの次期代表取締役社長と言われている、一ノ瀬結月。
一ノ瀬グループは、近年不動産開発に力を注いでいて、ここの大学との共同プロジェクトもあるらしく、うちの研究室を視察に来ていた。

ふと、以前聞いた亜矢の言葉が思い出される。

『……知人が不動産デベロッパーでマーケやっていて――』

いや、これは偶然だ。
一ノ瀬と住んでいるというのも、きっと何かの間違いだ。信憑性も無いわけだし。
それに、亜矢は特定の男はつくらないはずだ。
何故なら、俺にも言った。

『……カラダだけ。心はあげられません。誰であっても』

その時の表情は真剣そのもので、俺はそれを承知してあいつを抱いた。
男と一緒に住むなんて、ある訳がない。

ぼうっとしたまま、帰宅ラッシュで人が溢れ返っている通りを抜け、駅へと繋がる高架下の暗い路地に出た。
静けさに落ち着きを取り戻した時、今最も見たくないものが俺の視界に入った。


“一ノ瀬結月”に抱きつく、亜矢だ。

咄嗟に暗闇に身を潜めた。
――何をしているんだ、俺は。別に隠れる必要なんてないじゃないか。

「亜矢、やめなさい」
「嫌です……。ずっと待ってたんだから」
「遅くなって悪かった。近くに車停めてある。帰ろうか」

自問自答している合間にも、俺に気付くこともなくそんなやり取りが繰り広げられる。

「……キスして?じゃなきゃ帰らない」

聞いたことのない甘い台詞に、どくりと心臓が音を立てた。

「どうした、そんなに甘えて。2日会ってないからか?……それとも、あいつの後だから?」
「解っているくせに……」
「しょうがないな、亜矢は」

一ノ瀬が頬に軽く唇を寄せてすぐに顔を離すと、亜矢は唐突に背伸びをして両肩に手を置き、強引に口づけた。半開きの口から、ちろ、と舌が覗いたかと思うと、一ノ瀬は亜矢の腰に左腕を回して引き寄せ、頭を右手で支えた。

「んっ、……っふ……」

漏れる吐息が、離れていても十分に分かる。その姿をまるで見せつけるように照らす、街灯の明かりが憎い。
瞳を閉じて深く唇を重ねる亜矢の顔は、あまりにも……。

「っ……亜矢っ!!」

官能的なその情景に見兼ねて、思わず叫んでしまった。

二人はバッと体を離し、俺のほうに目を向けた。

「……沙、雪さん?」

驚いたように目を見開いた亜矢を見て、はっとする。
キスのせいか唇が腫れたように赤く濡れて、微かに目が潤んでいた。
亜矢は戸惑いがちに俺から目線を外した。そんな様を見て、抑えきれないほどの憤りが一気に込み上げてくる。

「……一ノ瀬、さん」
「ああ、久しぶりだな」

亜矢の腰に手を回したまま、静かにそいつが言った。アップバングにした長い前髪が垂れて、その間から目が覗く。それは鋭く、明らかに敵意を示していた。

その目をキッと睨む。此処で一ノ瀬に遇ったのは、逆に好都合かもしれない。
確かめたい。本当のことを。

俺は一ノ瀬をじっと見つめて言った。

「話が、あるんですけど。……貴方に」
「――分かった」

少し間をおいて一ノ瀬が答える。何かを察したらしく、その声は笑いを含んでいた。しかし目は冷たいままだった。

「亜矢。先に電車で帰っていなさい」
「……え?」
「早く、行きなさい」

そいつは強く命令するような口調で亜矢を促した。
亜矢は戸惑ったような表情で俺と一ノ瀬を交互に見つめ、暗闇に消えた。

一ノ瀬は亜矢が行ってしまったのを確認し、ゆっくりと俺に近づいた。

「さて……何の用かな、沙雪隆大たかひろくん?」

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