初恋の代償

南 鴇也

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第5章

真実 20

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それから俺は、度々亜矢と寝るようになった。
自分の奥底に眠っていた加虐的嗜好のせいなのか、それとも今更優しく出来ないと自棄やけになっていた為なのか。とにかく情事とは決して言い難い、身勝手な行為だった。
亜矢はそれを拒否することなく、好き勝手に愛撫する手を、ただ受け入れた。

『人形』という言葉を、どう捉えたのか解らない。唯ひとつ言えるのは、その行為に愛がないことを、亜矢は知っている。

それを知りながらも、きっと俺から離れることができなかったのだろう。
その証拠に、俺が指示したことはどんなことでも必ずやる。コーヒーの淹れ方から、行為中の戯れまで。

一度、冗談交じりに強要した、行為前後の頬へのキスも、それが義務であるかのように毎回欠かさなかった。これから自分を乱暴に抱こうとしている男に対して、そして心身をぐしゃぐしゃにいたぶった男に対して、そんな甘い事をするなど普通ではありえない。余程のマゾ体質でなければ。
頬に唇を寄せた後、俺に向ける瞳にはまだ微かに熱が宿っていた。
所詮、簡単に想いを消すことなど出来ないのだ。
この俺と同じように。


亜矢が高校に進学し、そこが一ノ瀬の母校であることを知った時、真新しい制服を着せたまま行為をした。色欲に乱れた亜矢の姿を前にして、一ノ瀬の幻像を見ることは無かった。
そのことに、どこかほっとしている自分が居た。
そして、その日から「はすみ」と呼ばせることはなくなった。


結局、カラダを強引に奪ったあの日から1年近くが経っても、「好き」という言葉すら与えることなく、亜矢を縛り付けたままだった。

キスは性的な快感を感受するだけのもの。そして前戯もそこそこに、自分の欲望をぶつけた。それでも、行為の度に、亜矢のカラダは、まるで俺自身に馴染むかのように変わっていった。
とうとう、中心を弄らずとも後ろだけで達するようになり、荒く抱いても与えられる快楽に従順で、誘うように甘い声を出し、濡れた瞳を向けるのだ。
それを見て、次第に怖くなった。亜矢が、ではない。あんなにも純真だった子供をこの手で穢していることに、性の概念までも変えてしまっていることに、今更ながら自分自身が怖くなったのだ。


シカゴ支部への異動が決まった日、俺は亜矢をいつも以上に激しく抱いた。
全身を揺さぶられ悦楽に浮かされた亜矢が、珍しく俺の背中に手を回してきた。それを抱き締め返すこともせず、乱暴に唇を重ねながら対面から反転させ、自分が果てるまで後ろから容赦なく突いた。

最後まで、恋人紛いの行為を一切しない俺のことを、亜矢はどう思っていたのだろう。


「暫く日本には戻らない」
シャワーを浴びて衣服に身を包みながら、ベッドに横たわったままの亜矢にそう告げた。

修士過程あがりの入所2年目の身ながら、重大な任を託された嬉しさよりも、亜矢から離れることができることに、先ず安堵したのは何故だろう。

あの日、亜矢は俺のことを好きだと言った。
しかしそれは単に、幼心の「好き」を拗らせただけのものなのだ。一人の男の手によって未知の快楽を仕込まれた為に、それが恋心なのだと勘違いをしてしまっただけの偽り。
それを説くこともなく、本当の恋を教えることもなく、穢したことの罪は重い。

それを償うには、一生をかけて、亜矢を愛してやることしか方法がないのかもしれない。
だが、今の自分では、償うどころか壊してしまう。
情はあっても、それは“愛情”ではないのだから。

だから、再び会うときには――

「俺はお前を愛してはいない。お前ももう、気づいてるだろ?」

無言で俺を見つめる榛色の瞳に、光はなかった。

「これからお前が、どんな奴と寝ても構わないが」

柔らかな頬に手を添え、耳元で告げる。

「次また会うときは、全部、俺のものにする。……一生離さないから」

大きく見開かれた目から、静かに涙が溢れた。
その涙のわけは、恐怖か喜悦か。


“何年経とうが、亜矢は俺を忘れないに違いない”。
その言葉を自分自身に言い聞かせるように、4年の時を過ごした。初めに抱いていた悔悟の念は、次第に純粋な恋しさへと変わっていった。

背徳的な行為を繰り返して、手に入れたのは、このどうしようもなく歪んだ愛だったのだ。



第5章 終

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