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19 真夜中の真実
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夕方になる頃には吹雪はだいぶおさまり、雪も小降りになってきた。
けれど再び吹雪になる恐れもあるので、移動は控えたほうがよい。レイモンドの提案によって今夜もリリアナは、公爵家へお泊りさせてもらうことになった。
「やはりリリアナ嬢がいると、食卓が華やかで良いな」
「本当に。リリアナちゃんには、ずっとここにいてほしいくらいだわ」
夕食の席。公爵夫妻は揃ってそんなことをしみじみと呟いた。
「私も、いつも一人なので楽しいです」
モリン家は華やかさを計る以前に、親子で接する機会があまりない。
一人での食事には慣れているが、やはりオルヴライン家にお邪魔すると、家族団らんの温かさがあり、羨ましいと思うことがある。
いつか自分が結婚する時は、公爵夫妻のように仲睦まじい夫婦になりたい。リリアナの密かな目標だ。
「毎日通勤するのも面倒でしょうし、派遣期間が終わるまで、リリアナに部屋を提供してはいかがですか?」
レイモンドが急な提案をするものだから、リリアナは飲み込んだスープが気管に入り咳き込んだ。
「大丈夫? リリ」
レイモンドはリリアナの背中をさすりながら、先ほどの件の同意を求めるようににこりと微笑む。
(大丈夫は、レイくんのほうよ!)
婚約者を家に住まわせたら、ますます話が大きくなるではないか。この国では普通、婚約者を家に住まわせるということは、結婚間近で準備している段階だ。
けれど公爵夫妻も、うんうんと同意の意思を示す。
「それは良い考えね。リリアナちゃん。どうかしら?」
「遠慮しなくてもいいんだよ、リリアナ嬢」
(うっ。拾ってほしいと目で訴えている捨てられた子犬が三匹いるわ……)
この人たちには、婚約事情など関係ないようだ。ただ純粋に、リリアナと一緒にいたいだけというオーラが、ひしひしと伝わってくる。
断れない。いたいけな子犬を断る勇気は、リリアナにはない。
「……ご配慮に、感謝申し上げます」
(どんどん、公爵家のペースに巻き込まれている気がするわ……)
真夜中。短期間に色々なことがありすぎて、考えごとをしていたら目が冴えてしまった。
気分転換にベッドから起き上がったリリアナは、そっと窓へと近づく。カーテンの隙間から外を覗いてみると、雪はすっかりと止み、雲一つない夜空には無数の星が瞬いていた。
(はぁ……。やっと終わった)
ひとまず最大の懸念事項は過ぎ去った。リリアナは大きく安堵のため息をついた。
っと同時にお腹の虫が、ぐぅ~~~っと盛大になる。
「うっ……。お腹空いた」
ずっと緊張していたので食事も控えめだったし、ティータイムを楽しむ余裕もなかった。
「そういえば、レイくんが用意してくれたお菓子があったわ」
気晴らしにと用意してくれたが、その気晴らしをする余裕がなかったのでテーブルに置いたままだ。
そのお菓子と一緒にお茶を用意して、真夜中のティータイムでも楽しもう。そう思いついたリリアナはショールを肩にかけ、ポットを持って廊下へと出た。
(それにしても、しばらくは公爵家にお世話になるのよね。何日もお泊りするのは久しぶりだわ)
リリアナにとっては自分の家のごとく慣れた廊下を、迷うことなく厨房に向かって歩き出す。
公爵家にはリリアナ専用の客間まで用意されているほど、幼い頃から頻繁にお泊りしていた。
けれど、リリアナが最も長くお泊りした部屋はレイモンドの部屋だ。子ども同士で一緒に寝たくてそうしたことも多いが、一番の理由はレイモンドが情緒不安定な時期があったから。
リリアナが誘拐された事件の後。レイモンドはその時の恐怖が忘れられず、夜中に悪夢を見てうなされるようになってしまった。
医者に診せたり、両親が一緒に寝ても改善されず。魔術師にも頼ったが、解決方法は見つからなかった。
彼はいつも悪夢にうなされ、リリアナに謝っている。
リリアナがそばにいれば安心するかもしれない、と公爵夫妻にお願いされ、リリアナはしばらく公爵家に住んでいたことがある。
公爵夫妻の予想どおりに、リリアナが一緒に寝るとレイモンドは悪夢を見なくなり、順調に彼の症状は改善していった。
(けれど、今度は私が寂しくなっちゃったのよね……)
レイモンドと一緒の日々は楽しかったが、やはり何か月も家の者に会えないと寂しさが湧いてくる。
三か月ほど経った頃にとうとうリリアナは限界に来て、家が恋しい、と泣き出してしまった。
『僕はもう大丈夫だから、リリちゃんはお家に帰って』
レイモンドがそう告げたことで、公爵家滞在は終了となった。
その後からだ。レイモンドが本格的に大人ぶり始めたのは。
リリアナが泣いたことが、彼にとっては考えさせられるきっかけだったのかもしれない。
(ふふ。今では私より、しっかりしちゃって)
弟の成長を喜ぶ姉のように微笑みながら廊下を歩いていると、微かに人の声が聞こえてきた。そこはちょうど、レイモンドの部屋。
(レイくん……?)
公爵家の部屋は、話し声が外に漏れるほど薄い壁ではない。声が聞こえるということは、そこそこ声を張り上げている証拠。
誰かと議論しているにしても、時間が遅すぎる。心配になったリリアナは、彼の部屋の扉に耳を当てみた。
すると、部屋の中からレイモンドの苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「レイくんっ!」
慌てて部屋へと入ると、レイモンドはベッドで寝ていた。けれど、その様子はお世辞にも安眠とは言えない状況。顔からは汗が滴り、呼吸も荒く苦しそうだ。
そして、うわごとのように何度も繰り返している言葉。
「リリちゃんを、つれ……て、いかな……で!」
リリアナはその姿を目にして愕然とした。とうの昔に改善されたと思っていたレイモンドの悪夢が、再び彼を苦しめている。
(どうして……。私が吹雪を怖がるから、思い出しちゃったの?)
「レイくん起きて! 私はここにいるよ!」
一刻も早く悪夢から開放しなければ、レイモンドが苦しみ続ける。リリアナは彼を起こそうと、懸命に彼の肩を揺する。
「レイくんっ……きゃっ!」
けれどレイモンドはもう、あの頃の小さな子どもではない。力強くリリアナの手首を掴み上げた彼は、そのままリリアナをベッドの中へと引き込んだ。
レイモンドの腕の中に納まる形で、ベッドへと倒れ込んだリリアナ。一瞬なにが起きたのかわからず、呆然とレイモンドの胸板を見つめた。
彼は未だ、眠りから目覚めていない様子。だが、うめき声は収まり、荒かった息は次第に落ち着き始める。ばくばくと揺れ動いていた胸板は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
昔と同じだ。
リリアナが傍にいることで、彼は安心したようだ。
「良かった……。レイくん、もう怖くないからね」
彼の背中に腕を回して、ぽんぽんと背中をさする。本当は頭をなでてやりたかったが、手が届かない。昔は簡単にできたのに。
改めてレイモンドの成長を感じていると、彼の瞳から涙が溢れ出しこぼれ流れた。
「リリちゃん……ごめん……ね。ごめん……なさい」
レイモンドがあの事件で、負い目を感じる必要はないのに。彼は未だにあの日のことを悔いている。
普段の彼からは、そのような雰囲気は感じられなかったが、心の奥底にある気持ちがこうして、無意識の状況で溢れ出ているようだ。
「レイくんは悪くないよ。いつも私を助けてくれるでしょう? だから謝らないで……」
私たちはいつまで、過去に振り回されなければいけないのだろう。
なす術もなく終わってしまったあの事件に対して、悔しさがこみ上げてくる。
せめてレイモンドだけでも、楽にしてあげたい。
後悔する毎日から開放されて、リリアナのことなど気にせず自由に生きてほしい。
リリアナはそう考えながら、朝を迎え。
レイモンドが起きる前に、静かに彼の部屋を後にした。
朝食の席では、レイモンドはいつもと変わらぬ様子で食事をしていた。
あれだけうなされていた割に、疲れの色一つ見せていない。
彼の完璧主義のおかげで、リリアナは今まで大切なことに気づけていなかったのかもしれない。そのことが心配になってくる。
「リリ。さっきから俺ばかり見てどうしたの? 朝から婚約者に見惚れてる?」
けれど再び吹雪になる恐れもあるので、移動は控えたほうがよい。レイモンドの提案によって今夜もリリアナは、公爵家へお泊りさせてもらうことになった。
「やはりリリアナ嬢がいると、食卓が華やかで良いな」
「本当に。リリアナちゃんには、ずっとここにいてほしいくらいだわ」
夕食の席。公爵夫妻は揃ってそんなことをしみじみと呟いた。
「私も、いつも一人なので楽しいです」
モリン家は華やかさを計る以前に、親子で接する機会があまりない。
一人での食事には慣れているが、やはりオルヴライン家にお邪魔すると、家族団らんの温かさがあり、羨ましいと思うことがある。
いつか自分が結婚する時は、公爵夫妻のように仲睦まじい夫婦になりたい。リリアナの密かな目標だ。
「毎日通勤するのも面倒でしょうし、派遣期間が終わるまで、リリアナに部屋を提供してはいかがですか?」
レイモンドが急な提案をするものだから、リリアナは飲み込んだスープが気管に入り咳き込んだ。
「大丈夫? リリ」
レイモンドはリリアナの背中をさすりながら、先ほどの件の同意を求めるようににこりと微笑む。
(大丈夫は、レイくんのほうよ!)
婚約者を家に住まわせたら、ますます話が大きくなるではないか。この国では普通、婚約者を家に住まわせるということは、結婚間近で準備している段階だ。
けれど公爵夫妻も、うんうんと同意の意思を示す。
「それは良い考えね。リリアナちゃん。どうかしら?」
「遠慮しなくてもいいんだよ、リリアナ嬢」
(うっ。拾ってほしいと目で訴えている捨てられた子犬が三匹いるわ……)
この人たちには、婚約事情など関係ないようだ。ただ純粋に、リリアナと一緒にいたいだけというオーラが、ひしひしと伝わってくる。
断れない。いたいけな子犬を断る勇気は、リリアナにはない。
「……ご配慮に、感謝申し上げます」
(どんどん、公爵家のペースに巻き込まれている気がするわ……)
真夜中。短期間に色々なことがありすぎて、考えごとをしていたら目が冴えてしまった。
気分転換にベッドから起き上がったリリアナは、そっと窓へと近づく。カーテンの隙間から外を覗いてみると、雪はすっかりと止み、雲一つない夜空には無数の星が瞬いていた。
(はぁ……。やっと終わった)
ひとまず最大の懸念事項は過ぎ去った。リリアナは大きく安堵のため息をついた。
っと同時にお腹の虫が、ぐぅ~~~っと盛大になる。
「うっ……。お腹空いた」
ずっと緊張していたので食事も控えめだったし、ティータイムを楽しむ余裕もなかった。
「そういえば、レイくんが用意してくれたお菓子があったわ」
気晴らしにと用意してくれたが、その気晴らしをする余裕がなかったのでテーブルに置いたままだ。
そのお菓子と一緒にお茶を用意して、真夜中のティータイムでも楽しもう。そう思いついたリリアナはショールを肩にかけ、ポットを持って廊下へと出た。
(それにしても、しばらくは公爵家にお世話になるのよね。何日もお泊りするのは久しぶりだわ)
リリアナにとっては自分の家のごとく慣れた廊下を、迷うことなく厨房に向かって歩き出す。
公爵家にはリリアナ専用の客間まで用意されているほど、幼い頃から頻繁にお泊りしていた。
けれど、リリアナが最も長くお泊りした部屋はレイモンドの部屋だ。子ども同士で一緒に寝たくてそうしたことも多いが、一番の理由はレイモンドが情緒不安定な時期があったから。
リリアナが誘拐された事件の後。レイモンドはその時の恐怖が忘れられず、夜中に悪夢を見てうなされるようになってしまった。
医者に診せたり、両親が一緒に寝ても改善されず。魔術師にも頼ったが、解決方法は見つからなかった。
彼はいつも悪夢にうなされ、リリアナに謝っている。
リリアナがそばにいれば安心するかもしれない、と公爵夫妻にお願いされ、リリアナはしばらく公爵家に住んでいたことがある。
公爵夫妻の予想どおりに、リリアナが一緒に寝るとレイモンドは悪夢を見なくなり、順調に彼の症状は改善していった。
(けれど、今度は私が寂しくなっちゃったのよね……)
レイモンドと一緒の日々は楽しかったが、やはり何か月も家の者に会えないと寂しさが湧いてくる。
三か月ほど経った頃にとうとうリリアナは限界に来て、家が恋しい、と泣き出してしまった。
『僕はもう大丈夫だから、リリちゃんはお家に帰って』
レイモンドがそう告げたことで、公爵家滞在は終了となった。
その後からだ。レイモンドが本格的に大人ぶり始めたのは。
リリアナが泣いたことが、彼にとっては考えさせられるきっかけだったのかもしれない。
(ふふ。今では私より、しっかりしちゃって)
弟の成長を喜ぶ姉のように微笑みながら廊下を歩いていると、微かに人の声が聞こえてきた。そこはちょうど、レイモンドの部屋。
(レイくん……?)
公爵家の部屋は、話し声が外に漏れるほど薄い壁ではない。声が聞こえるということは、そこそこ声を張り上げている証拠。
誰かと議論しているにしても、時間が遅すぎる。心配になったリリアナは、彼の部屋の扉に耳を当てみた。
すると、部屋の中からレイモンドの苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「レイくんっ!」
慌てて部屋へと入ると、レイモンドはベッドで寝ていた。けれど、その様子はお世辞にも安眠とは言えない状況。顔からは汗が滴り、呼吸も荒く苦しそうだ。
そして、うわごとのように何度も繰り返している言葉。
「リリちゃんを、つれ……て、いかな……で!」
リリアナはその姿を目にして愕然とした。とうの昔に改善されたと思っていたレイモンドの悪夢が、再び彼を苦しめている。
(どうして……。私が吹雪を怖がるから、思い出しちゃったの?)
「レイくん起きて! 私はここにいるよ!」
一刻も早く悪夢から開放しなければ、レイモンドが苦しみ続ける。リリアナは彼を起こそうと、懸命に彼の肩を揺する。
「レイくんっ……きゃっ!」
けれどレイモンドはもう、あの頃の小さな子どもではない。力強くリリアナの手首を掴み上げた彼は、そのままリリアナをベッドの中へと引き込んだ。
レイモンドの腕の中に納まる形で、ベッドへと倒れ込んだリリアナ。一瞬なにが起きたのかわからず、呆然とレイモンドの胸板を見つめた。
彼は未だ、眠りから目覚めていない様子。だが、うめき声は収まり、荒かった息は次第に落ち着き始める。ばくばくと揺れ動いていた胸板は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
昔と同じだ。
リリアナが傍にいることで、彼は安心したようだ。
「良かった……。レイくん、もう怖くないからね」
彼の背中に腕を回して、ぽんぽんと背中をさする。本当は頭をなでてやりたかったが、手が届かない。昔は簡単にできたのに。
改めてレイモンドの成長を感じていると、彼の瞳から涙が溢れ出しこぼれ流れた。
「リリちゃん……ごめん……ね。ごめん……なさい」
レイモンドがあの事件で、負い目を感じる必要はないのに。彼は未だにあの日のことを悔いている。
普段の彼からは、そのような雰囲気は感じられなかったが、心の奥底にある気持ちがこうして、無意識の状況で溢れ出ているようだ。
「レイくんは悪くないよ。いつも私を助けてくれるでしょう? だから謝らないで……」
私たちはいつまで、過去に振り回されなければいけないのだろう。
なす術もなく終わってしまったあの事件に対して、悔しさがこみ上げてくる。
せめてレイモンドだけでも、楽にしてあげたい。
後悔する毎日から開放されて、リリアナのことなど気にせず自由に生きてほしい。
リリアナはそう考えながら、朝を迎え。
レイモンドが起きる前に、静かに彼の部屋を後にした。
朝食の席では、レイモンドはいつもと変わらぬ様子で食事をしていた。
あれだけうなされていた割に、疲れの色一つ見せていない。
彼の完璧主義のおかげで、リリアナは今まで大切なことに気づけていなかったのかもしれない。そのことが心配になってくる。
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