9 / 37
09 叙任式4
しおりを挟むリーゼルが目を覚ますと、心配そうにのぞき込んでいるカイの顔が目に映った。
「リー! 大丈夫?」
「カイ……。ここは……?」
「ここは医務室だよ。陛下の獣姿に驚いて倒れたリーを心配して、陛下がわざわざ運んでくださったんだ」
「陛下が……?」
リーゼルは次第に頭がはっきりとしてきて、先ほどの出来事を思い出した。
突然に狼へと変化した陛下が、リーゼルの頬を舐めたのだ。
どうやら、食べられてしまうかもしれないと恐怖して、気絶してしまったようだ。
(素敵な陛下だと思っていたのに、勘違いするなんて。結局は私も、他の獣人と変わらなかったのね……)
なぜ陛下が、リーゼルの前であのような姿になったのかは想像もつかない。
ただ、自分だけは陛下の気遣いに寄り添いたい。そう思っていたのに叶わなかったことが残念でならない。
そこへ、医務室のドアをノックして入ってくる者がいた。
「目覚めたようですね、シャーフ卿。具合はいかがですか?」
彼は、控え室で配属先を発表していた官吏だ。わざわざ様子を見に来てくれたようだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。もう良くなりました」
「それは良かった。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は陛下の首席補佐官を務めておりますレオン・ツィーゲと申します。気軽にレオン卿とお呼びください」
主席補佐官にしては随分と気安い人だ。リーゼルは釣られて笑みをこぼした。
「ふふ。農林省の新人が、陛下の首席補佐官様を気軽には呼べません」
「それを連絡しに参りました。シャーフ卿の配属先が変わりまして、陛下の侍従をお願いしようと思っております」
「私が、陛下のお世話を……? 陛下に近しい家門でもないのになぜ……」
それに先ほどは、無礼を働いたばかり。罰を受けるならまだしもなぜ、重要なポストに据えるのか。
「実は陛下が、シャーフ卿をお気に召したようで。初めは補佐官にとご所望されたのですが。……さすがに新人には、荷が重いでしょう?」
成人したての地方貴族の後継者には、過分な役職だ。リーゼルは勢いよく首を縦に振る。
「ですから、私が侍従に推薦しました」
最大限の配慮をしたように、レオンはにこりと微笑む。しかしそれですら、リーゼルには荷が勝ちすぎている。
「ご配慮に感謝申し上げます。ですが私には、侍従も務まるかどうか……」
「せっかくシャーフ卿と一緒に陛下のお世話ができると思って、楽しみにしていたのですが……。レオン卿と呼んでもくれないですし……?」
ちょっと拗ねた感じで、レオンはリーゼルをチラ見する。首席補佐官ともなると、相手を口説き落とすための手札が豊富なようだ。ますますリーゼルにはついていけない世界。
「リーの心配も分かるけど、陛下のご命令に背くわけにはいかないよ……」
カイの指摘に対して、レオンは「いえいえ」と首を横に振る。
「アイヒ卿。それは誤解です。陛下はシャーフ卿にお願いしているだけで、こちらは命令ではありません。どうしてもということでしたら、予定どおりに農林省で調整いたします」
(陛下はやはり、お優しい方なのね。もう一度、お会いしてみたいわ)
「あの……。陛下が私をこちらへ運んでくださったそうで。直接、お礼を申し上げることは可能でしょうか?」
「ええ。もちろんですとも。陛下の執務室へご案内します」
まずは、お礼と謝罪が先だ。そう思いながらリーゼルはベッドから出た。
「陛下。リーンハルト・シャーフ卿をお連れいたしましたよ」
無遠慮に陛下の執務室へと入るレオンに驚きつつ、リーゼルは彼の後に続いて「失礼いたします」と断りながら入室した。
執務机で書類仕事をしていたディートリヒは、その声に気がつき顔を上げた。
「シャーフ卿。具合はもう良いのか?」
「はい。陛下が直々に運んでくださったと伺いました。心から感謝申し上げます。それから、陛下に対してあってはならぬ無礼を働いてしまいました。どうか、罰をお与えくださいませ」
深々と頭を下げると、隣にいたレオンは驚いたように声を上げた。
「シャーフ卿っ。陛下はそのようなつもりなど――」
「待て」
遮るようにディートリヒが椅子から立ち上がると、リーゼルの前までやってきた。
「謝罪しなければいけないのは、俺のほうだ。あの時はどういうわけか、身体のコントロールができなくて、シャーフ卿に恐怖を与えてしまった。どうか許してほしい」
(えっ?)
リーゼルの前に影が落ちる。まさかと思い顔を上げてみるとそこには、リーゼルと同じように深々と頭を下げたディートリヒの姿が。
「陛下! 私は大丈夫ですから、どうか頭をお上げくださいませ!」
「しかし、怖かっただろう? トラウマになっていないか心配だ」
「恐怖というよりは、驚いただけですので」
リーゼルも、自分で不思議なくらいだ。あの時は確かに、食べられる気がして気絶したのに。その相手が目の前にいても、少しも怖くない。
「やはり、卿は俺が思っていたとおりの人物のようだ」
「それは……?」
「レオンから聞いたと思うが、シャーフ卿には俺の侍従になってもらいたいと思っている」
「なぜ私を……」
リーゼルの疑問を、ディートリヒは柔らかい笑みで返す。
「卿のその態度だ。俺を見ても恐れていないだろう? 今日の叙任式を見ていたなら理解しているはずだ。普通、初対面の者は俺に恐怖する。だがシャーフ卿は、恐れることなく俺を見つめていた。俺に舐められて捕食の危機を感じてからやっと、恐怖心が湧いただろう?」
そのとおりだ。けれどそれだけの理由で普通は、陛下の侍従にはなれない。
不思議な状況すぎて頭の整理がうまくできない。
そんなリーゼルの姿を見たディートリヒは、たじろいだように言葉を続ける。
「いや……。本当に悪かった。いつもはあのようなことはしない。今後も、卿を怖がらせないと誓う。だから……」
どう考えてもおかしな状況だが、どうやら陛下に気に入られたということだけは理解できる。
リーゼルは急に職務への不安が消え、嬉しさがこみ上げてきた。
「私は、草食獣人なのに物怖じしないとよく言われるのです。まさかそれを、陛下にお褒め頂ける日が来るとは思いませんでした」
「シャーフ卿。では……」
「至らない点ばかりでご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯務めさせていただきます」
そう挨拶してから顔を上げてみると、陛下は安心したように微笑んでいた。
「ありがとう。よろしく頼む」
リーンハルトが執務室を去ったあと。レオンは改めてディートリヒへと声をかけた。
「陛下は随分と、シャーフ卿を気に入られたご様子ですね」
官吏たちが思うほどディートリヒは冷徹ではないが、かといって頻繁に喜びを表情に出すような性格でもない。
指摘されたディートリヒは、咳払いしながら緩んでいた表情を引き締める。
「俺を恐れない人材は貴重だろう? レオンもいつも、俺の世話係が不足していると嘆いているじゃないか」
勢いでリーンハルトをそばに置いてしまったが、誰にも言えるはずがない。
彼が、番かもしれないと。
安易に、同性が番だと話してしまえば、番ほしさにとうとう頭がおかしくなったと思われかねない。
もっと確実な何かが必要だし、リーンハルトの気持ちも確かめなければいけない。
初めて番と思える者を見つけたディートリヒは、恋を知った少年のように戸惑っていた。
200
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
蝋梅
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~
小桜
恋愛
ルディエル・アレンフォードは森に住む麗しの精霊守。
そんな彼が、いよいよ伴侶を迎えようと準備を始めているらしい。
幼馴染という関係に甘んじていたネネリア・ソルシェは、密かにショックを受けていた。
そろそろ彼との関係も終わらせなければならないけれど、ルディエルも精霊達もネネリアだけに優しくて――?
「大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
鈍感なネネリアと、一途で奥手なルディエル。
精霊に導かれた恋は、本人だけが気づかない。
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる