悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り

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16 夫が出ていきました4

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 常に厳しい顔つきのジェラートが、妻を想い、儚げな表情を見せている。
 月夜に照らされた銀髪が、星の川のごとく幻想的で。その場にいた近衛騎士たちは、ふわもこ雲ひつじの毛を刈るのも忘れて魅入った。

 王太子夫婦の結婚事情についての噂は、決して良いものではない。けれどジェラートは、妻を大切に思っていたようだ。

 次第に驚きが感動へと変わった近衛騎士団は、士気が一気に頂点へと達する。

「うぉおお! 王太子殿下のお気持ち、我らは感動いたしました!」
「一刻も早く毛を刈り、王太子殿下の想いを王太子妃殿下の元へお届けいたしましょう!」
「皆も手伝ってくれるのだな。感謝する」

 ちなみに魔獣である『ふわもこ雲ひつじ』は、毛がない状態だと大人しいが、毛が増えるにつれて狂暴になっていく。
 狂暴化したふわもこ雲ひつじは、人間をもふもふで懐柔し、毛の中へとおびき寄せる恐ろしい魔獣なのだ。

 もふもふな誘惑に負けることなく毛を刈れるのは、心身ともに鍛え上げた強者のみ。
 強い夫であることを見せるという目的は果たせているが、せっかく鞘用の装身具をもらったのに、剣が必要ない討伐だったな。と、フランは野営地の準備を整えながら思っていた。






 侍女にジェラートの行き先を調べてもらったが、聖女が住んでいる地域ではなかったようだ。ほっとしたシャルロットは、次の計画を実行するために、ドレスのデザイナーを宮殿へと呼び寄せていた。

「聖女誕生祭で着るドレスを、このデザイン画と合うように変更したいの。時間もないから、できる部分だけで良いのだけれど」

 シャルロットにデザイン画を渡されたデザイナーは、それを確認して目を輝かさせた。

「まぁまぁ! こちらはもしかして、王太子殿下が着用される衣装でございますか?」
「えぇ、そうなの。できそうかしら?」

 このデザイン画は、ジェラートたちが出立する前に、こっそりとフランから借りたもの。聖女誕生祭で、ジェラートが着用する予定の衣装が描かれている。

 いつもは雰囲気が被らないようにするため、デザイン画を確認させてもらっているが、今回は逆の目的で使わせてもらう予定だ。

 社交の場では、パートナー同士が服装を合わせることはよくある。基本は色合わせだが、装飾を合わせたり、デザイン自体をペアに見えるようにしたり。
 パートナーとの親密度を主張することも、貴族社会では重要な場合がある。

 しかしシャルロットは、これまでジェラートと雰囲気が合わないように配慮してきた。服装について話し合うような夫婦仲ではなかったし、勝手に合わせてジェラートに嫌われるのが怖かったから。

「ついに、この日がやってきたのでございますね! 必ずや、ペアに見えるドレスに仕上げて見せますわ!」

 シャルロットの専属デザイナーは、夫婦ではよくある『合わせ』依頼がないことを、ずっと気にかけていた。
 別居したという噂を耳にして心配していたが、夫婦仲はむしろ進展したようだ。
 シャルロットが十五歳の頃からデザインを担当しているデザイナーは、自分の娘のことのように嬉しくなった。

「感謝するわ。あまり無理はしないでね」

 シャルロットとしても、夫とお揃いの衣装で夜会に出席するのは、ずっと夢だったので、デザイナーが一緒に喜んでくれるのは嬉しい。

(けれど、これもジェラート様への嫌がらせなのよね。私って、やっぱり悪女なのだわ……)

 お揃いの衣装で聖女誕生祭へ出席したら、貴族たちは『王太子夫婦の関係が進展した』と勘違いするだろう。ジェラートは当然、勘違いをされて怒るはず。
 これが引き金で、一気に離婚まで持ち込めるかもしれない。


 
 ジェラートの留守中。デザインの変更を頼んだ以外は、取り立てて急ぎの用事もなかったシャルロットは、久しぶりにのんびりと過ごしていた。 
 ジェラートに「留守を頼む」とお願いされたので、伯爵家へは戻らなかったが、友人とお茶会をしたり、弟のクラフティを宮殿に呼んで一緒に食事をしたり。

 今までは、ジェラートが聖女探しで苦労しているのに、自分だけのんびりできないと思い、夫の不在中はいつも以上に働いていた。
 王妃には「聖女探しは、半分息抜きみたいなものだから」と、シャルロットも休むように言われていたが、前世の記憶が戻ったことでシャルロットもようやく、『息抜き』の意味を理解した。

 小説の中では、『王太子妃との生活で、常に心が休まらないジェラートは、久しぶりに宿で安らぐことができた』という一文がある。

(ジェラート様は、私といると息が詰まるのね……)

 彼の言動から、嫌われているとは理解していたが、こうして文章にはっきりと書かれるのは悲しい。けれど離婚すると決めたシャルロットは、くよくよするつもりはない。
 息が詰まるのは結構なことだ。それはシャルロットの計画が、有効であることの証でもあるのだから。



「王太子妃様、明日の朝には王太子殿下が戻られるとの、連絡がございました」
「朝に戻るなんて、変ね。何か急ぎの用事でもあるのかしら」

 夫の不在最終日の夕方にそんな報告をアンから受けて、シャルロットは首を傾げた。
 朝に戻れる距離に宿泊するとなると王都になるが、王都まで来たなら遅くなっても宮殿へ帰ってくるはず。その手前の街で宿泊することにしたとしても、朝に宮殿へ到着するには夜中に出発する必要がある。どちらにせよ、朝に戻るということ自体が、不自然だ。

「理由はわかりませんが、今回は『ふわもこ雲ひつじの毛』のお土産があるそうですよ。そちらの輸送の問題かもしれませんね」
「きっと聖女様への、お誕生日の贈り物ね。誕生日までに、急いで毛糸にするつもりなのかもしれないわ」

 マドレーヌは編み物が好きなので、貴重なふわもこ雲ひつじの毛は喜ぶだろう。今回、ジェラートが急いでいたのは、それが理由だったのかもしれない。

 ジェラートは日頃から、マドレーヌを大切にしている。
 代々、王太子の役目とされてきた聖女探しも、本来なら半年に一度の役目。けれどジェラートが役目を受け継いでからは、月に一度は必ず聖女探しに出かけていた。

 ジェラートが唯一、優しさを惜しまない存在がマドレーヌだ。シャルロットにとっても、マドレーヌは大切な存在だが、ジェラートに大切にされているマドレーヌを、うらやましいとも思っている。
 親族だからこの程度の感情で収まっているが、ヒロインが現れたらこの程度ではすまないのだろう。シャルロットは未来の自分自身に対して、寒気を感じた。



 翌朝。久しぶりにジェラートに会うので、シャルロットが念入りに身支度を整えていると、ジェラートたちがそろそろ到着すると知らせが入った。
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