屍人と少女、それから化け猫

藤野 要

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三章 桐生家

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 古臭い座敷の一室に少女を寝かせ、ババアから預かった妖を総動員して世話をさせた。まさかびしょ濡れのまま寝かせる訳にもいかず、ましてや自分が世話をするわけにもいかないだろう。妖とはいえ身体は人間だ。後でババアによって丸焼きにされる自分の姿が容易に想像できる。

 僅かに空いた襖の隙間からありったけのタオル類が列を成して運び込まれていく。そんなに必要ねえだろと呆れつつ眺めていると見覚えのある薄汚れたパーカーが目に入った。


「おい、ちょっと待てそれ俺の――」


 慌てて服の袖を掴もうと残った片手を伸ばすも既のところで喉元に圧迫感が生じた。何かが上着の襟を引っ張っている。
 そのまま服とは逆の方向に思いっきり引っ張られ、自分でも情けないと思うくらいに転がった。


「ケチくさいヤツだな、服ぐらい貸してやれ」

「てめえは、金持ちだから分からねえだろうがなあ……あれは俺の、本当に最後の一枚だったんだよ」


 明日から何を着て外に出ればいいんだ。まさか片袖が破れて血塗れのこのパーカーを着続けろということか。冗談じゃない。

 パタンと襖が閉じるのを呆然と見届けながら、疲労が限界に達したのもあってずるずると冷たい廊下の壁に背を預け座り込んだ。
 それをまるで汚いものでも見るかのような視線が降ってくる。
 そもそも誰のせいで着る物がどんどん無くなっていくと思っているんだろうか。
 じっとりと睨むと意図に気付いたそいつはふいと視線を外した。あくまで自分は悪くないと言う姿勢らしい。


(今回は俺がヘマしたんだけどよ……)


 不貞腐れて鈴切とは反対の方向へそっぽを向いた。
 ふと目に入ったのは失くして空の腕。

 残りの護符全てを使い、あのツギハギの屍を破壊するところまでは良かった。
 ただ焦って考えなしに大量に符を叩きつけたおかげで思ったよりも威力が出てしまい、結果着る物よりも大きい代償を払うこととなってしまった。影形がなくなるほどバラバラになってしまったが、果たして修復はできるのだろうか。


(ああ、くそ……なんでこんなことに……)


 思えばあの少女に関わってからだ。やっと訪れたつかの間の平穏が、少女を取り巻く厄介事によって掻き乱されていく。おかげでここ最近ロクな目に遭っていない。

 鈴切に居場所がバレた事だし、もう灯野家に居着くのは止めてとっとと他を探そうか。ただ指名手配されている身としては頼れる知り合いなんてものは限られてくる。どんどん居場所が制限されていく事に息苦しさを感じて、面倒くさくなって考えるのをやめた。

 所在なく残った腕でグシャグシャと前髪を掻き乱すと、何処からか視線を感じて顔を上げる。千李が斜め向かいに座り、今は無い腕を微妙な顔で見ていた。


「……んだよ、腕ならどうしようもねえよ。ババア頼みだよ」

「痛みとか、妖にはないのか」


 心配して言ってるのかと一瞬妙な気持ちになって見返すと、得体のしれない珍獣を見るような目で俺を見ていた。それはそうだ。普通の人間なら激痛に耐えられず動く事もままならないだろう。それなのにただ疲れたように壁に背を預けているのだから不気味に思うのも頷ける。


「感覚鈍ってるからそんなにねえけどよ。よく妖とお前ら相手にあちこち千切れたりするから、慣れてはいるんだけども、今回ばかりはなぁ……」


 布で縛っただけの粗末な処置を見ても溜息しか出ない。死んでから痛覚がさほど働いていないのがせめてもの救いだろう。精神的には結構くるものがあるが。


「灯野当主が、それを修復しているのか……?」

「切ったり縫ったり、貼ったりな」


 なんか子供の工作みたいだな、とぼんやり思い返す。工作とまではいかないものの、あのバアさんからすれば良くて裁縫感覚なんだろうなと他人事のように思えた。
 
 刺さるような視線は相変わらずだが、それがなんだか妙な感じがする。
 顔を合わせれば殺そうと躍起になって向かってくるはずの相手が、同じ空間にいて同じく暇を持て余しているこの状況が非常に居心地が悪い。


「出血多量でも死なないのか」


 どうやったらお前は死ぬんだと遠回しに言われたような気がして返答が億劫になる。
 ただやられっぱなしもなんだか癪だし、いい機会だ。


「お前、俺の事殺そうとしてたのに心配なんかしていーの?」

「だれが、あんたなんかに。灯野の当主に頼まれたからでっ」

「灯野の言う事聞く義理なんて鈴切にはねえだろうに」

「それは……ああ、もう何やってるんだ僕は!!」


 頭を抱えて悲痛な叫びを上げる千李に少しはいい気味だとも思ったが、あまりの声量に耐えられず片耳を塞いだ。
 ちらりと襖を見やり、その奥に意識を集中する。


「起きるだろ、静かにしとけ」

「…………、わかってる」


 口惜しそうに唇を噛むそいつに少しいじめすぎたかと頬を掻く。
 話題を変えようと頭を巡らすもロクな問しか浮かんでこない。仕方無しに口を開いた。


「……お前、家はどうなの」

「なんだよ、突然。家?」


 怪訝な顔をして千李は視線を向ける。


「兄貴死んで、家ん中どうなった?」

「殺しておいて、今更同情か。妖風情が……」

「それで、どうなった」

「どうも何も、滅茶苦茶になったに決まってるだろう。義母は実の子供を亡くし、錯乱して後を追った。時期当主の座を狙って親戚同士争い、酷い所は殺し合い。現当主が諌めて何とか落ち着いたが、いつ同じような事が起こるか……」


 何かを耐えるように唇を噛みしめる千李。全部、お前のせいだとでも言うように睨んでくるそいつに視線を外して重々しく息を吐いた。


「……そうか」

「…………なんで、殺した」

「言ったところで、お前はどうすんだよ。俺を殺す事を止めるワケでもねえだろ」

「理由くらい、聞かせろよ。兄さんだけ何も戻って来なかったんだぞ。身に付けていた物すら、何も」


 怒りを噛み殺し、絞り出すように声を出す千李の言葉に目を見開く。


「……どういう事だ、それ。何にもって、そんなはずないだろ。一部喰われたぐらいで戻らないはずねえ」


 忌々しい過去の記憶。息絶えて地に横たわるその人間。食い散らかされていたものの、大半は残っていた。それがどうして――


「……集さん? 誰……?」


 襖の向こうから怯えたような声がする。
 千李は一瞬襖へと視線を向けた後、何かを言いたげに俺を見る。


「……起きちまった。行って来いよ、俺はコレだから」


 失くした腕の部分をわざとらしく揺すると、苦虫を噛み潰したような顔をして千李は立ち上がった。

「……後で話してもらうからな」


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