真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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輝石の国へ

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「アヤカシというのは、正体不明の魔物だよ。見境なく人々を襲う。一度村の外に出たら、どこで遭遇するか分からない」
「ま、魔物?」
「いろんな種類がいてね。それらから人々を守るために、私たちが志士となって、依頼を受けて用心棒になったり、村の中を巡回したりしているんだ」
「は、い……」

 真珠は、再び混乱し始めた。受け止めようにも、現実には存在しないはずのものを、はいそうですかとすぐに理解できるわけがない。ここが異世界であるというには、充分過ぎる理由にはなったが。

「ああ、村の中にいれば、よっぽどのことがない限り遭遇することはないよ。村の外には防衛線があるし、もし遭遇しても私たちがそばにいるから。心配しないで」

 真珠が頭を抱えているのは怖がっているからだと思ったのか、瑪瑙は包み込むような優しい声で、そう言ってくれた。

(そっか、遭遇する可能性がゼロではないなら……気をつけなきゃ)

 気を奮い立たせ、真珠は瑪瑙の言葉に頷く。そういった魔物から守るためにも、せっかく用心棒をつけてくれたのだから。アヤカシは、実物を見るまで信じられそうもないが、できるならば出逢いたくはない。

「そのアヤカシが近年増加してね。人間を食べられないからか、このところ村の外の農作物を荒らすんだ。収穫直前の食べごろを狙ってやられてしまうから、食料が不足して価格が高騰している」
「それが、もう一つの問題、ですか?」
「うん。根本からアヤカシを絶やしたいんだが、生態が分からない。どこで発生して、どこからやってきているのかも、未だ判明していない」
「ええっ!」

 事情を聞いてみると、アヤカシは、絶命すると砂のように粉々になり、最後にはその粉々になったものすら消えてなくなるらしい。故に、生態研究ができず、国も困っているのだとか。

 人間や動物とは違う、不可解な生命体。人を襲うことから、魔物という位置づけになり、アヤカシという名前がついた。それを、巫女にはらってほしいということだ。

 真珠は、自分が本当に巫女だったらどうしようと悩み始めた。

(少子化の解消に、アヤカシの根絶……できる気がしない)

 目の前がぐるぐると回る。ここから逃げ出したいほどだ。でも、行く宛てがない上に、村の外に出たら襲われる危険がある。ならば、彼らに頼るのがやはり一番安心だ。

「君も、突然ここに呼ばれて、混乱しているだろうから。今日はゆっくり休むといい」
「……はい」
「聞きたいことがある時は、いつでも来るといいよ。私は、ここで仕事をしていることが多いから」
「分かりました。ご親切にありがとうございます」

 瑪瑙の温かい言葉に、真珠はほっと息を吐いた。頭も身体も、疲れ始めている。早くどこかで休ませてほしい。できれば、羽織以外の、何か着られるものも借りたい。しかし、自分は何かを忘れていないだろうか。

「あっ!」
「どうしたの?」
「さっきのお話なんですが、今夜は、どなたかの家にお世話になってもいいでしょうか……?」

 話が終わる頃になって、後回しにしていたことを思い出した。瑪瑙の家でもいいと言ってくれたが、甘えてもいいものかと、真珠は逡巡しゅんじゅんする。

 自分で言うのもおかしいが、結婚適齢期の女性が、恋人でもない男性の家に泊まるなど、倫理に反しているような気がしてならなかった。

「そうだったね。じゃあ、今日は私の家でいいかな?」
「ありがとうございます……何もかも、甘えてしまってすみません」
「来客用の部屋が一つ空いているから、そこを使ってもらおう。緊急なんだから、深いことは気にしなくていいんだよ」

 真珠が迷っていることを汲み取った瑪瑙は、微笑を浮かべてそう言った。真珠の心が、じんわりと解れていく。

(瑪瑙さん、優しい人だな)

 彼の言葉に頷いた直後、間髪を入れずに玻璃が咳払いをした。真珠は何事かと思い、隣に座る玻璃を見上げる。

 玻璃は、口角を上げ、目も細めて笑っていた。しかし、それがどこかわざとらしいようにも見える。

「僕の家も、部屋が一つ空いています。そこで受け入れましょうか。首長は仕事がお忙しいでしょうし」
「そうかい? 私はどちらでも構わないよ。真珠が選ぶといい」
「あっ……えっと」
「真珠さん。僕たちの家だったら、二人も用心棒がいますから。より安心ではないですか?」

 どうしてこうなった。瑪瑙の家の方が落ち着けそうだ、というのが真珠の本音だったが、せっかく名乗り出てくれた玻璃に断るのも気が引けた。ただ、真珠は、女性慣れしている玻璃が、少し苦手だ。

(どうしよう……)

 なぜ玻璃は、ここまで真珠にこだわるのか。首長室までついてきたことにしても、手の甲にキスをしたことにしても、彼が真珠に興味を持っていることは確かだった。

 恋愛経験値の少ない真珠には、玻璃の心情が理解できない。真珠があたふたと迷っていると、次に声を上げたのは、意外な人物だった。

「どちらかを選びづらいなら、俺のところに来い」
「えっ……銀さんの家、ですか?」
「ついでに、その羽織も返してもらう」

 羽織のことはとってつけたような理由だったが、いずれは返さないといけないものだ。真珠が戸惑っているのを見て、銀が助け舟を出してくれた。

(近くに寄られるのも、用心棒をするのも、嫌そうだったのに……)

 瑪瑙とはまた違う、そっけなく乾いた言い方なのだが、その根底には思いやりが溢れている。それだけで、真珠の心は簡単に大きく傾いた。

「じゃあ、銀さんの家にお世話になりたいです。よろしくお願いします」
「……分かった」
「うまくまとまったようだね。では、あとは銀に任せよう」

 瑪瑙は心配するまでもなく、真珠の返事を受け入れたが、問題は玻璃の方だった。真珠はそろりと隣を盗み見て、ぎょっとする。玻璃の笑顔は崩れていない。むしろ、興味津々といった様子で、銀を見つめていた。

「銀さん」
「……なんだ」
「もしかして、真珠さんを見つけてきたのは自分なのにって、嫉妬しました?」
「そんなわけないだろう。こいつが困っていたから……」
「そうですか。でしたら、明日は僕の家に招いても構いませんよね?」
「……は?」
「銀さん、仰っていたじゃないですか。四六時中、守るのは無理だって」

 そこから、二人の応酬が始まった。最も驚いたのは真珠だ。突然始まった睨み合いに、どうしたらいいか分からず瑪瑙を見ると、「この二人は、いつもこうなんだよ」と返された。

 廊下で遭遇した時、銀が玻璃を煙たがっていたのは、二人が好敵手ライバル同士のような関係にあるからのようだ。そして恐らく、玻璃が真珠にこだわるのは、その好敵手が連れてきた女性に、好奇心をくすぐられたから。ちょっかいを出したとき、銀がどんな反応を示すのかを見たいのだろう。

(そういうこと……)

 出会ったばかりの自分に、玻璃が馴れ馴れしかった理由が分かり、真珠はようやく腑に落ちた。玻璃の言葉は、その真意を疑ってかかった方がいいかもしれない。

「はあ……こいつがいいって言うなら、好きにしろ」
「よかった。では、真珠さん。明日は僕の家でいいですか?」
「えっ! あ、はい……」

 玻璃は、嫌とは言わせない圧力を纏い微笑んだ。真珠も特段断る理由がなく、了承の返事をした。
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